エセ占い師と異世界の水晶

渋谷ふな

第1話 水晶と異世界

 俺はただの会社員でどこにでもいる青年? おっさん? まあその中間?

 年齢非公表にする理由もないけれど、占い師ってのは謎が多いほうがいいだろう。


「へへ。これで、占い師らしくは見えるか?」


 通販で購入したローブを、通行人の痛い視線を感じながら被ってみる。けれど、どうってことはなかった。時刻は夕刻をとっくに過ぎた終電間際。

 誰もかれも、他人の姿に目を止める余裕なんてありやしない。俺は自由だ。


「はは。何やってんだ、俺」 

 怪しげな水晶玉をさ、怪しげな中古ショップで購入して。

 会社からの帰り道の公園で無造作に捨ててあった椅子を拾って、そんで座って。

 つまり、何の計画性もないわけだ。ただの衝動性。俺が仕事の帰り道に、今夜、占い師でもやってみるかと思ったわけに、大層な理由なんてあるわけない。 


「ほんと……何やってんだ俺」


 駅前のロータリーから歩いて2分。適度な光量が漏れる店同士の隙間、細い路地にこっそりと椅子を置いて、座って。ちらりと両隣の店内を覗いて、やる気がない店員の姿をチェックして、あれなら営業妨害ですよとか言われることもないだろう。


「……今日だけ。今日だけだ。別に、客が来るわけもないし」

 俺に占いの素養なんてあるわけがなく、ただ、サラリーマンとしての暇つぶしに。繰り返される毎日に飽きたから、今夜だけはハチャメチャにやってやろうと。


「ただ、俺は別人になりたいんだ」    

 占い師の真似事で、ストレス発散なんかできるわけがない。けれど今夜だけは、別人になりたかった。占い師の恰好を真似たのに、理由があるわけでもない。

 衝動性に、理由なんていらない。

 誰に語れる特別な理由があるわけじゃない。つまるところ、逃避だ。怪しげな占い師を見よう見まねで演じてみて、今夜の俺は別人になってみたかったんだ。


「5分、5000円。これぐらいでいいだろ」

 油性ペンで、水晶を置いた段ボールの前面に、かきかきと。

 だって安くしすぎたら、本物のお客さんとか、安いからいっちょ話しかけてみるかみたいな冷やかしが来るかもしれないからな。


「はは。笑えてくる。何やってんだ俺」

 俺は、今夜だけは占い師だ。勿論、俺は本物じゃない。占いの勉強なんかしたことないし、タロットなんて「吊るされた男」の絵面ぐらいしか知らない。教養もない。


 フードを被って、両手は中古ショップで購入した水晶にかぶせて。

 これで少しは本物の占い師に見えるだろうか。はは、何やってんだ俺。アーメン、お客が来ませんように。だって、客が来ても何も話せないよ。

 占い師の真似事をしてる素人だから。つまり、エセだ。そして顔を上げた。


「5分5000円~やすいよ~」 

 なんて、蚊が泣くような声で呟いて。さて、何も変わらない。客なんて求めてない。ただ俺は、今夜だけ別人になりたい。それだけだった。


 目の前の鎧を着こんだ男が目を丸くした。とんがり帽子をかぶった魔女の集団が足を止めた。湯気の立つ大鍋を抱えた、角の生えた少女が俺を見ていた。

 俺は、反射的に、角少女に向かって小さく頭を下げた。意味はない。


 耳にうるさい誰かの叫び。

 角の生えた少女は、いつの間にか大鍋を石畳の上に置いていた。随分重そうだ。大鍋の中には、紫色の液体が詰まっていた。

 ……石畳? 地面を見る。石畳だ。何もおかしくはない。

「どどど。どっから、現れた? お兄さん? 悪魔か? 悪魔か?」

 誰かが叫びをあげた。魔女の集団だ。鎧を着こんだ男は、剣を俺に向けていた。剣を俺に向けていた? なんだそれ。そもそも、剣? 銃刀法違反だ。

 角少女は、泡を吹きそうな勢いで。

「悪魔なんだなー!」

 漫画の中でしか見たことのない異世界が、俺を見つめていた。



――――─――――───

幾つかの案件が水面下で進んではいるんですが、まだ情報公開は出来ない。

そんな辛い日々(でもとんでもないクオリティです)

これは短編不定期更新で、現実世界の会社員が異世界の人達を交流する話かも。

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