第26話 負けられぬ勝負

 アレシュはテーブルに並べられた材料を見つめ、心を落ち着けるためにもう一度深呼吸をした。彼の目の前には、様々なハーブ、鉱石、そして特殊なエッセンスが並んでいた。エアハルトの教えを思い出しながら、アレシュは慎重に材料を選び始めた。


 「命のエリクシール」は人の生命力を高め、疲労を癒やし、軽い怪我や病気を治す常備薬だ。そのレシピは多岐に渡り、作る錬金術師によって効果も様々。エアハルトはこれを近隣のお世話になっている村の人々の為にときたま作っては、ゲオルグに持たせていた。


「よし、やるか」


 まず、彼は生命力を高める効果があるとされる「ロウネンソウ」を手に取った。次に、エネルギーを増幅する「ルミナ鉱石」を選び、最後に「精霊のエッセンス」を加えることにした。これらの材料を正確な比率で配合し、錬成することで「命のエリクシール」を完成させる。


 アレシュは手早く材料を混ぜ合わせ、慎重に錬成を始めた。彼の手は震えず、確かな動きで作業を進めていく。周囲の参加者たちもそれぞれの方法でエリクシールを作り上げていたが、アレシュは自分の作業に集中し続けた。


「錬成完了……っと」


 時間が経つにつれ、アレシュの前のフラスコには美しい緑色の液体が輝き始めた。彼は最後の仕上げとして、エリクシールに魔法のルーンを刻み込んだ。これにより、エリクシールの効果が最大限に引き出される。


「時間です!皆さん、手を止めてください!」


 司会者の声が響き、参加者たちは一斉に手を止めた。審査員たちが舞台に上がり、作品を一つ一つ丁寧に見て回った。伯爵夫人もその中にいて、アレシュの作品に目を留めるとにこりと微笑んだ。


 それぞれのエリクシールは測定器にかけられ、その効果を調べられる。その様子を、アレシュは祈るような気持ちで見つめていた。


最初の参加者のエリクシールが測定器にかけられると、効果は予想以上に低かった。次の参加者も同様で、審査員たちは首をかしげながら結果を記録していた。アレシュは自分の番が近づくにつれ、ますます緊張していった。


 ついに、アレシュのエリクシールが測定器にかけられる番が来た。審査員たちは慎重にフラスコを取り扱い、測定器にセットした。測定器が動き出し、エリクシールの効果を解析し始めると、アレシュは息を呑んだ。


「これは……」


 測定器の表示が輝き、エリクシールの効果が明らかになると、審査員たちは驚きの声を上げた。アレシュのエリクシールは、他の参加者たちの作品をはるかに凌駕する効果を示していた。生命力の増強、疲労回復、軽い怪我や病気の治癒効果がすべて高いレベルで実現されていたのだ。


「素晴らしい……」


 伯爵夫人もその結果に満足そうに微笑み、アレシュに向かって頷いた。審査員たちは結果をまとめ、司会者に報告した。司会者は拡声器を握り、結果発表のために舞台中央に立った。


「勝者はアレシュ・フェレンツ!」


 アレシュが一歩進み出ると、惜しみない拍手がアレシュに贈られる。アレシュは観客と審査員にぺこりとお辞儀をした。


「あの隠れた有名錬金術師エアハルトの息子が一歩リードしました! さてでは二回戦に行きましょう!」


 アレシュは他の参加者と共に舞台袖に戻った。ミレナが駆け寄り、彼を抱きしめた。


「アレシュ、本当にすごいわ!おめでとう!」


「ありがとう、ミレナ。でも、まだ終わってない。次のラウンドも頑張らないと。」


 アレシュは気を引き締め、次の挑戦に備えた。二回戦の内容は「錬金術の創造力」を試すもので、参加者たちは与えられたテーマに基づいて独自の錬金術作品を作り上げる必要があった。


「それでは二回戦! 今回のテーマは水! さあはじめ!」


 アレシュは考え始めた。水ということは水を使ったものだろうか。それとも水をイメージしたものだろうか。材料も時間も限られた中で、何が出来るかをひたすら考える。


 すでにテーブルに移り材料を物色している参加者もいる。アレシュは焦っちゃ駄目だ、と両手をこすった。


「そうだ……あれを作ろう」


 アレシュはテーブルに向かい、材料を手にすると、自分の作業台に並べた。


 深呼吸をして心を落ち着けた彼の頭の中には、幼い頃に見た美しい水の結晶のイメージが浮かんでいた。それを再現することができれば、きっと審査員たちを驚かせることができるだろう。


まず、彼は透明なガラスの瓶を取り出し、その中に純粋な水を注いだ。次に、いくつかの特殊な鉱石を取り出し、それを慎重に水の中に入れた。鉱石は水と反応し、ゆっくりと美しい結晶を形成し始めた。


「よし、順調だ」


 とアレシュはつぶやいた。


 次に、彼は小さな炎を使って水の温度を微調整し、結晶の成長を促進させた。時間が経つにつれて、結晶はますます大きく、美しくなっていった。周りの参加者たちも、アレシュの作業に興味を持ち始め、ちらちらと彼の方を見ていた。


 最後に、アレシュは結晶を取り出し、それを特製の台座に乗せた。結晶は光を受けてキラキラと輝き、まるで魔法のような美しさを放っていた。


「さて時間です。それでは作品を披露して貰いましょう」


 時間が来た。それぞれの参加者が作品を台に並べる。


 一人目は、小型の魔導水車。繊細な細工を短い時間に仕上げていた。一人は冷たくなる壺。いつでも冷たい飲み物が作れる。工夫のある品だ。そしてアレシュが作ったのは……。


「これをご覧下さい」


 アレシュは銀の棒で結晶を叩いた。するとキラキラとその場に雪が降る。


「これでいつでも雪を降らすことができます。なんなら夏でも雪遊びが出来ます」


 観客たちは美しい光景に目を奪われた。反応は上々だ。


 アレシュが戻ると、最後の参加者が一歩進み出た。


「私の作品はこれです」


 それはティナという金髪の少女だった。彼女は手に持っていたバレッタを髪につけた。そして手を振ると、頭上に雨を降らす。


「髪飾りには水を弾く魔法陣を仕込んだ魔石が仕込んであります。これを付けていれば、傘を差すことなく雨の日も歩けます」


「あら素敵」


 伯爵夫人がそう呟いた。と、同時に拍手が湧き上がる。


「では二回戦の勝者は! 美しさと実用性を備えたティナ・バレンシア!」


「やられた……」


 アレシュは悔しい思いを噛みしめながら舞台袖へと戻った。


「アレシュ、残念だったけど。次があるわ」


「うん……次こそは必ず勝たないと」


 次に勝たねば優勝はない。アレシュはため息をついて椅子に腰かける。そんなアレシュにミレナは飲み物を持って来てくれた。


「はい。アレシュの好きな林檎のジュースよ」


「ありがとう」


 華やかな酸味と甘みが気持ちも体もリフレッシュさせてくれるようだ。アレシュはそれを一気に飲み干して、最後の戦いに向かった。


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