第8話 幸せのありか
村に着いた馬車から降りると、アレシュは乗客と御者に囲まれた。
「ありがとう!」
「いや、本当に助かりました」
御者の男性はそういって何度も頭を下げる。
「ごめんな、怖い思いをさせてしまって」
オリバーも申し訳なさそうにしていた。
「いや、その……あんなにいっぱい盗賊が出るなんて思わなかったし、危なかったら自分の身を守るのは当然だし」
アレシュはしどろもどろになりながら、なんでもないと手を振るしかなかった。
「でもこの先も何かあるかもだろ。どうだろ、アレシュを護衛に追加しちゃ」
オリバーがそう言うと、御者は気まずそうな顔をした。
「そうしたいのは山々なんだが……予算がなあ」
「そんな俺、お金なんて要りませんよ」
アレシュがそう言うと、オリバーに肩を掴まれた。
「自分を安売りしちゃいけない」
そういうものなのかな、とアレシュは悩んだ。今のところお金には困ってないし、御者のおじさんはお金がないと言う。
「アレシュ、そしたら材料費だけ貰いましょ」
「あ……そうだね。錬金術の材料の費用だけ少し貰おうかな……銀貨一枚あればいいです」
アレシュがそう言うと、乗客の皆が銀貨を出した。
「えっと、貰いすぎです……」
「貰っとけって。皆、感謝してるんだ」
オリバーは笑いながらアレシュの手のひらに金を握らせた。
それから乗客たちは家に帰ったり、宿屋に向かったりした。
「では明日の朝、また」
「ええ。オリバーさん」
アレシュとミレナも宿屋に向かう。
「盗賊怖かったですね。アレシュが飛び出して行ったからびっくりしたわ」
「ごめん」
「アレシュが危ない時は私も戦うから! 私だって魔法使えるのよ」
「……うん」
二人が通された部屋はずいぶん古かった。村の宿屋などどこもこんなもので、ウェルシーの街がそれだけ栄えていたというだけなのだが。
「このベッド固そうね」
自分が寝るわけでもないのにミレナは不満げにベッドを叩いた。
「寝られるだけいいと思わなきゃ」
ミレナの使命はアレシュの面倒をみることなのだ。ふかふかのベッドに美味しいごはんはやはりこだわっておきたいところなのだ。
「それよりさ、錬金釜使ってみようよ」
アレシュは鞄を置き、箱の中から携帯錬金釜を取りだした。
部屋の机の上にそれを置き、アレシュはじっくり眺める。
「凄いなあ。こんなに小さいのに」
コンパクトで無駄のないフォルムを見ていると、アレシュはわくわくしてきた。どれだけの技術がこれに詰まっているのだろうと思うと、胸が高鳴る。
「うちにあった錬金釜もウェルシーの魔道具店で揃えたものだって言ってたから、基本の使い方は同じのはず」
「説明書、ちゃんと読んでね」
ミレナに手渡された説明書を一応見る。やはり使い方は同じだ。
「試しにおすすめの美容石けんでも作ってみるか。ミレナ、手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん」
魔道具店で分けて貰った石けんの材料を並べる。オリーブオイルと桃のオイル、サラード草を焼いた灰、はちみつ、ローズマリーの精油。
「まずは熱湯を用意する、と」
ミレナが魔法で水を出してくれた。それを錬金釜で湧かす。水を湧かすのもあっという間だ。そこに灰を入れて、錬金釜の蓋をして変化させる。それでできた灰汁と油脂を混ぜ、他の材料もいれてまた蓋をして合成。
「できた」
まだゆるい石けんをボウルに移し、型に入れて錬金釜で固定させる。錬金釜の大きさから作業は一個ずつしなければならなかった。
「わぁ、いい香り」
「お姉さんの付けてくれたレシピによると、お肌がしっとりつやつやになるそうだ」
「試してみます?」
「そうだなぁ。自分の体で実験してみないとね」
ミレナはホムンクルスなので人間のように皮脂汚れが出たりしない。なのでアレシュが試すしかない。
「すみませんお風呂に入りたいのですが」
そう宿の人に伝えるとたらいと熱石を貸してくれた。先ほどのようにミレナがたらいに水を張ってくれる。そこに魔力を通して熱を発した石を入れ、ほどよい温度になるのを待つ。
「アレシュ、手伝うわ」
アレシュは服を脱ぐとミレナに手伝って貰って義手を外す。そしてたらいの中で義足も外した。ミレナがそれらを丁寧に横に置き、タオルで石けんを泡立てると、アレシュの体を洗い出した。
「お風呂、久しぶりね」
「うん。しばらく洗浄魔法と拭くだけだったからなぁ」
洗浄魔法でも十分綺麗になるのだが、お風呂に入った方がさっぱり気持ちいい。アレシュは義肢を久々に外してリラックスしていた。
「本当にしっとりしている」
泡を流して義肢を取り付けたアレシュは、自分の顔を触って感触を確かめていた。
「本当? あらお肌もちもち」
ミレナもアレシュの頬を突いて「これは売れそうですね」と嬉しそうにした。
「ねえ、アレシュ」
「なんだい」
「グリムズビーで落ち着いてくらしましょうね。おうちも借りて……」
「そうだね」
ミレナと二人で住む家を探して、静かに暮らす。アレシュもそれを望まないわけではなかった。だけどそれでエアハルトの仇を取れるだろうか。そんな考えが頭をもたげる。どこの誰かも分からぬあの男をどうやって探すのか、それはアレシュにも見当がついていなかったのだけれど。
「アレシュ、怖い顔をしているわ。私、どうあってもアレシュが幸せで居て欲しいの。私はその為にあなたを守るの」
「……うん」
ミレナの気持ちは理解できる。だけど、それをそのまま受け止めるのは、アレシュにはまだ出来なかった。
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