魔導義肢の錬金術師~魔法の義肢でホムンクルスと共に平穏を掴む。捨て子の俺が救世主となるまで~

高井うしお

第1話 捨てられた赤子

 ――今から三十年前。ある錬金術師が人工生命ホムンクルスの作成に成功した。精霊をコアとし、人工の身体を持った、丈夫で眠らず食べず勤勉に働くホムンクルスは重宝され、瞬く間に世界に広まった。初めにホムンクルスを作った錬金術師は、『人形師』と呼ばれるようになった。




***




 街道を少し離れたところにその館はあった。館の主は人嫌いで、人の出入りはほとんどない。近くの村に住む老人ゲオルグは、チラチラと雪が舞う中を、そのうら寂しい館に向かっていた。


「おい! エアハルト! パンが届いてるぞ。ちゃんとしろ、外は雪だ。カチカチになってしまうぞ」


 ゲオルグが館の入り口に置かれていたバスケットを抱えて、奥の離れの研究所のドアを乱暴に開けると、書類と本と鉱物のごちゃごちゃと積み上がった山から、三十代後半の金灰色のぼさぼさの髪の男が顔を出した。身なりには構わない様子だが、紫の目は理知的だ。


「今日はパンなんて頼んでないぞ」


「じゃあこりゃなんだ」


「誰かがお礼でも持って来たかな」


「こんな日に?」


 ゲオルグは思わず聞き返したものの、そういうこともあるかもしれない、と思った。エアハルトは腕利きの錬金術師で、あの『人形師』の弟子なのだ。


 致命的に愛想が無い欠点が無ければ、今頃王宮のお抱えになっていてもおかしくない。


「じゃあ、空けていいか?」


「ああ、仕舞って置いてくれ」


 そんなことまで人に任せるとは、と半ば呆れながらバスケットの包みを開いたゲオルグは、目を見開き、息を飲んだ。


「なんだこりゃ!」


 ――それは赤子だった。つぶらな若草色の瞳がこちらを見つめている。生後半年くらいだろうか。むちっとした頬は赤く、可愛らしかった。


「赤ん坊……?」


「お前、どっかでこさえて来たんか」


「まさか。身に覚えがない」


 エアハルトはその赤子を抱き上げようとして違和感を覚えた。


「この赤子……手が無い」


「え?」


 エアハルトは赤ん坊のおくるみを剥がした。


「足も無い」


 エアハルトは呆然として、手も足もない赤ん坊を抱いていた。


「なんと……では捨て子か?」


「育てられないって……思ったのかもな」


「だからってこんなところに捨てることはないだろうよ、エアハルト。こんな寒い日に」


 ゲオルグの怒りがエアハルトにも伝わってくる。この子を捨てたのは母親だろうか、父親だろうか。エアハルトは何も分かっていない赤ん坊の顔をじっと見つめる。


「ふははっ……」


 エアハルトが笑い出したのを見て、ゲオルグは気でもふれたかとぎょっとした。


「どうしたお前」


「ならば俺なら育てられると見込まれた訳だな。よし、いいぞ。俺が父親になってやる」


「本気か……?」


「ああ。悔しいじゃないか、この子も……こんな風に捨てられて」


 ゲオルグは本当に大丈夫だろうかと思いつつ、そんな決断をした友人を誇らしく思った。


「分かった。手伝う。お前はとにかく火を焚いて、この子をあっためてやってくれ」


「ゲオルグ、あんたはどこ行くんだ」


「馬鹿! 村に行って貰い乳が出来るか聞いてくるんだよ!」


 バタバタとゲオルグの去った後、エアハルトはそっと赤ん坊をバスケットに寝かせ、自動暖炉を起動させた。


「そうだ、名前を考えなきゃな」


 ふくふくとした頬を撫でると、赤ん坊はニイッとあどけなく笑う。


「うーむ、アレシュにしよう。俺のお師匠様の名前だ。有名な錬金術師だったんだ」


「ああぅ」


「そうか、気に入ったか」


 エアハルトは椅子から立ち上がり、隣の納戸から木箱を持ってきた。その中身は白い魔素石膏のホムンクルスの素体だった。


「いいか、アレシュ。お前の人生は人より不便かもしれない。でもな、俺が友を作ってやろう。決して裏切らない。お前を哀れんだりもしない。……そんな友だ」


 エアハルトは微笑んで、素体の印に血を塗りつけた。こうして精霊を固定させ、ホムンクルスは命を得る。


「こんにちは、マスター」


 桃色の髪に赤紫の瞳の少女はにっこりと微笑んだ。


「何をお命じになりますか?」


「ああ。俺の息子を育て、守ってくれ」


「はい、かしこまりました。マスター」


 窓の外の雪は更に強くなっていたが、暖炉は赤々と燃え、部屋を暖めていた。




***




 少年は庭の東屋でうとうとしていた。春の日差しは柔らかく、そよ風が彼の焦げ茶の髪を揺らす。


「ふわ……」


 大きなあくびをして、アレシュは空を見上げた。若草色の瞳に空が映り込む。麗らかで、気持ちの良い平和な午後だった。


「アレシュ!」


 声がして、アレシュがそちらの方を向くと、小柄な少女がバスケットを抱えて駆けてくる。


「おまたせ」


「待ってないよ、ミレナ」


 ミレナと呼ばれた少女はバスケットの中からクッキーと魔導ポットを取りだし、テーブルの上に並べる。


「おやつにしましょう」


「うん」


 ミレナが抱きかかえるようにしてアレシュの身体を起こす。アレシュは身体のどこも健康そのものだが、両手と両足が生まれつき無い。その分器用に口を使ってなんでも出来ることはするけれども、このように彼の手足の代わりとなっていたのはミレナだった。


 ミレナはアレシュの世話をするために作られたホムンクルスだ。アレシュが赤ん坊の頃から朝から晩まで一緒にいる。アレシュはこの館から外に出たことは無かったが、彼女のお陰で快適に暮らしている。


「今日はナッツのクッキーよ」


 ミレナは手早く魔導ポットからアレシュ用の少し細長く背が高いカップにミルクティーを注ぎ、そこに鉄製のストローを指した。アレシュが吸って飲めるようにお茶の温度は少しぬるくしてある。


「ありがとう。うん、美味しい」


「良かった。マスターが買ってきた本のレシピなの」


「ミレナも食べられたら良かったのに」


「しかたないわ。私はホムンクルスだもの」


 ホムンクルスは物を食べない。時折、水を飲むくらいで飲食を必要としない。消化の為の内臓も無いから、逆に食べてしまうと身体の中で詰まってしまうのだ。


「だからアレシュが美味しいって言ってくれると安心する。……でも美味しく無い時はちゃんと言ってね」


「うーん、でもミレナは料理上手だからな……」


 適温にしたお茶、一口で食べられる大きさのクッキー。そのひとつひとつがアレシュのことを考えてある。それに文句をつけようだなんて、アレシュはつゆほども思っていなかった。


「中にはホムンクルスを殴って言うことを聞かせようとする家もあるそうよ」


「そ、そんなことしないよ!」


「ふふふ。だからこの家で本当に良かった。長いこと固定されているから魔法もいくつか使えるようになったし……」


 ホムンクルスのコアとなっている精霊にはランクがある。初めはふわふわと消し飛びそうな存在だが、年月が経って周囲のエレメントを取り込むことによって位を上げる。ホムンクルスに固定された精霊は特に位が上がりやすく、賢くなったり、魔法が使えるようになったりする。


「よお、アレシュ。ひなたぼっこか」


「父さん、ゲオルグさん」


 離れの研究所からエアハルトとゲオルグがやってきた。ゲオルグは午前の内にやってきて、エアハルトとずいぶん長いこと話していたようだ。


「やあ、アレシュ。元気か」


「うん、もちろんです」


 アレシュはゲオルグ以外の家の外の者を知らない。唯一話す他人であるゲオルグからは世間の常識やこの世の仕組みなど、色々なことを教えて貰っている。アレシュは少しぶっきらぼうなこの老人のことが好きだった。


 エアハルトはアレシュの向かいの椅子にどかっと座って、ぽいっとクッキーを口に放り込んだ。


「アレシュ。問題だ。光魔石の材料はなんだ?」


 エアハルトが突然アレシュに問いかけた。こうした抜き打ちのテストはいつものことだ。


「オオカサヒカリダケの抽出液と石炭、金、月光粉」


「正解だ。では比率は?」


「一対二対一対三。これらを一緒に錬金釜に入れて三十分加圧」


「よし。よく覚えたな」


「魔方陣ももっと書けたらいいのにな。どうしても口で書くとぶれて暴走する」


 アレシュは物心のついた頃からエアハルトの側でその仕事を見て聞いて、錬金術を学んできた。今では在庫の管理はアレシュの仕事だ。


 エアハルトは紫の瞳でじっとアレシュを見つめると、おもむろに口を開いた。


「……アレシュ、錬金術師になりたいか?」


「なりたい。なりたいよ、でも……」


 アレシュは俯いた。助手にならなれる。でも錬金術師そのものとなると話は違う。


「せめて手があればね」


 アレシュは自分を不幸とは思っていなかった。自分が捨て子だったことも知っている。それでもエアハルトとミレナに支えられている今の自分は恵まれてると思ってきた。


 しかし、本当は手足が欲しかった。ペンを掴む手が、大地を踏みしめる足があれば。それはずっとずっと思ってきたことだった。


 それまでずっと黙っていたゲオルグが、アレシュの側にかがみ込んだ。


「アレシュ。もし自分の手足がつけられるとしたらどうする」


「……出来るの?」


 アレシュは思わず前のめりになった。その衝撃でカップが倒れ、中身がこぼれた。


 ゲオルグが視線をエアハルトに送ると、彼はこくりと頷く。


「……ああ。ようやく目処が立った。ホムンクルスの製造の技術を応用して、お前に手足を造ってやれる。魔法の義肢……魔導義肢だ。ただ……」


「ただ、何!?」


「これには恐らくかなりの痛みを伴う。ここ数年、それを改善する為に研究してきたが……俺は不可能だと結論づけた。……それでもやるか?」


 エアハルトは立ち上がり、アレシュを椅子に座り直させた。そしてその髪を撫でる。


 きっとこのことについて、エアハルトとゲオルグはずっと話していたのだ。


「俺はアレシュがこのままでも構わない。そのままでもやれることは沢山あるし、神様がお前をそう造ったんだ。アレシュはアレシュのままでいい」


 鼻の奥がつんと痛む。アレシュは泣きそうだった。でももし涙を流してしまったら、隠れて拭う手はないから、ぐっとそれを堪えていた。


「痛いのはやだな……でも俺、手足が欲しい。耐えてみせるよ、父さん」


 本当は怖い。でもこの機会を逃したらきっと一生後悔する。アレシュは怯えが顔に浮かばないよう、ニッと笑ってみせた。


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