Day02 喫茶店

 年々上昇する七月の暑さはようやく警報アラートが設置され、街頭スピーカーからは二時間に一回、水分補給をするよう警鐘を鳴らす。

 グラス頭の近藤さんは日課の散歩を一時間のところを三〇分短くし、その近所で見つけた喫茶店に逃げ込む。太陽の暑さで火照った体を冷房の効いた快適な喫茶店で過ごすことにした。

「いらっしゃい、好きな席、どうぞ」

 スプーン頭のマスターすくいさんはコーヒーカップを丁寧に拭きながら近藤さんに挨拶する。店内は明るすぎず暗すぎず、壁の色と電球の色がうまい具合に調和している。というのも、この喫茶店は読書に適するように調整されている。店内の奥に位置する本棚は隙間なくびっしりと並び、近藤さんは一冊取り出して一人席用の丸テーブルに着席した。

「マスター、アイスコーヒー、キンッキンッに冷えたやつね」

「はい」

 救さんは注文が入ると、冷蔵庫からアイスドリンク専用の銅製のカップを取り出す。水出しコーヒーは救さんのオリジナル手法で、苦みが強い豆と相性が良い。近藤さんは本棚から取り出した一冊を開いて、早速本の世界に浸る。救さんは近藤さんの邪魔をしないようにアイスコーヒーとガムシロップとミルクとそっと置いてカウンターに戻る。

 店内にはいつもより客が多く、昼下がりの暑さを凌ごうと入店した客は席の空き具合を見ては諦めるように別の飲食店を探す。何せ、今近藤さんのいる喫茶店は満席なのだ。

 夕暮れ時になると街頭スピーカーは鳴らなくなり、客は帰り始める。近藤さんは日が沈むまで読書を楽しんでいる。救さんは暇になったのか、近藤さんに話し掛ける。

「今日は何を楽しみましたか?」

「……あ、マスター。今日は海外のSF小説を読ませて頂きました。これ面白かったです。地球の表面温度が五〇度を超えていよいよ暮らせなくなった人類が惑星を移住するっていう、とてもわくわくするような物語でした。映画化しないのかなー」

「映画化はおそらく無いでしょう。作者も小説も、ましてや出版社の知名度もないですし」

「で、ですよねー……それこそSF好きの有名な映画監督が見つけてくれればなー」

「世の中、そんな風に願ったことが都合よく叶うといいんですがね」

 救さんは皮肉な笑みを浮かべては、近藤さんが飲み干したアイスコーヒーのカップを持ち上げる。

「おかわりは?」

「もう帰りますんで」

 近藤さんは本を棚に戻し、レジカウンターで支払いを済ませる。

「今日貴方が読まれてた小説の著者、実は海外の有名俳優の甥っ子さんらしいですよ。まあ、つまらないテレビの取材でその俳優が喋っていたことなんで、どうせコネで持ち込みしたんだろうとは思いますけどね」

「へえ、それは知らなかったです。でも映画化したら、きっと壮大な物語が大画面で見られるだろうと、密かに待ち望みますよ。ごちそうさまでした」

「またどうぞ」

 幾分か熱気が収まったコンクリートの道を歩く。日常はどこまでも続くが「その沿道にある店は立ち寄れば別世界が広がっているのにな」と近藤さんは今日読んだ小説の映画化に想いを馳せる。


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