第18話 贈り物



「スレン様〜。ドレス届きましたよ〜」


「やっとか、」


夜会への参加が決まったのが急だったから、ドレスの完成もギリギリになってしまった。

だが日に日に増える公務にちょうど嫌気が差してきた頃だった。ちょうどいい。気分転換も兼ねて彼女に会いに行こう。そう思いカイルからドレスを受け取ろうとしたが。

僕が受け取ろうとした瞬間、こいつはひょいと持ち上げた。そう。こいつ、忌々しいことに、僕より背が高いのだ。


「スレン様、俺との約束、覚えてます?」


覚えてるから、にやにやするんじゃない。


―――――――――


そういえば、彼女の部屋に直接訪れるというのは初めてではないか?


ドレスの入った箱を持ち廊下を歩いている時に気がついた。


彼女の部屋は僕の部屋とは離れている。これは僕からお願いしたのだった。父は僕との約束を忘れるような人だっただろうか。記憶の中の父はそんな人ではない。今もとても優しく接してくれるいい父だ。だからこそ、リトリシエとの婚約はおかしいのだ。

もしかすると、父は僕が長年想っていた女性が、リトリシエだと思っているのでは...?そう思った時、何となく辻褄が合った気がした。父はずっと、婚約について祝ってくれていた。あれは嘘なんかではなかった。

ということは、僕の想い人がリトリシエだという話を流した者がいるのだろうか。


そんなことを考えていると、廊下の奥の部屋から大声が聞こえてきた。


「リトリシエ様にはこちらが似合うと思います!」

「いえ!こちらの方が!!」

「これも捨てがたいです!!!」


あれは...リトリシエの部屋から聞こえてくる。もしかして、ドレスを選んでいるのだろうか。決定してしまう前に贈らなければ。そう思い、少し早足で部屋に向かった。


部屋につくとドアは空きっぱなしだった。だから廊下まで響いていたのか.....。そう思いながら1回深呼吸をして、部屋に足を踏み入れた。


「「「「「スレン様?!?!」」」」」


侍女たちの慌てっぷりは凄かった。まさか僕がここに現れるとは思ってもいなかったのだろう。皆が慌ててぺこぺこしている。その侍女の後ろの方に目をやると、リトリシエがぽつんと立っていた。そして彼女の顔を見た途端、カイルとの約束事を思い出してしまった。

.........とりあえず人払いをしなくては。


「ドレスはこれにしてください。あとお前たち、声が大きすぎる。廊下まで聞こえてきたぞ。」

「はっはい!すみません!ドレスはこちらでご用意させていただきますね!失礼いたしました!」


侍女たちは一斉に部屋を出ていき、ドアをバタンと閉めた。そして...2人きりになってしまった。

どうしたらいいんだ.....。顔はリトリシエだが、中は想い人。とても複雑な状況だ。だが僕から話しかけなければ、彼女は何も言わないだろう。そう思い、僕は覚悟を決めて口を開いた。


「ドレス、僕が勝手に選びましたが、宜しかったでしょうか。」


そう言いながら彼女にドレスの箱を手渡す。彼女はとても驚いているようだ。渡した時に、少しだけ指先が触れた。


(スレン様が直接持ってきたということは、ドレスのプレゼントということですか?!)


誰も彼も、僕が人にプレゼントを贈るというのは、そんなに変なのだろうか。


「すっ、スレン様つ!女性にドレスを送るということは、そういう事ですよ?!?!」


彼女は顔を真っ赤にしながら僕に尋ねてくる。

そういう事というのは.....。愛してる人にドレスを贈るというやつのことだろう。

もちろんそういう事だ。だが急にそれを肯定しても、彼女が混乱するだけではないか?そう思った。


「僕たちは婚約していますから、当たり前ですよ。」


そういうと、納得したように彼女が頷いた。


このとき、僕はカイルとの約束を、完全に忘れていたことに気がついた。


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