かさ×かさ
「なあ、傘ってエロくないか?」
雨の日の帰り道、同じ傘に入っている海老原が言う。今日もなのはもういい。慣れてきたから。ただ、傘を忘れてきた相手が言うことではない。
「……なんだ? 雨の雫が先端から滴ってるのが何か連想させるからか?」
「それもある。それで、今回は傘と傘立てなんだ」
「なんというか、それらしいカップリングみたいだな」
ふとそんな感想が出た。そしてその言葉が普通に出てきた自分に少しだけ困惑した。どうやらだいぶ俺はコイツや茨島に毒され始めているようだ。
「いや、違う……俺はまだ屈しないぞ……」
「まあ今回はわかりやすいよな。とりあえず傘は形自体が中々くる物があるし」
「お前はいっぺん傘の職人に土下座してこい」
「それで、かさ君は少し尖ったところはあるんだけど、時には色々な奴を受け入れるだけの懐の深さがあるおしゃれさんなんだ。それでかさ君が……」
「おい、待て。どっちもかさ君だと混乱するだろ。せめて傘立てはたて君にしてくれ」
「それだとけん×たての時に困るからな。それに、現実でも前二文字が被るカップリングはあるだろうからとりあえず察してくれ」
「けん×たても考えてるのか……」
そこがほこ×たてじゃないところが実にコイツらしい。まあそれはさておき。
「傘立てのかさ君はどんな奴なんだ?」
「お、乗り気だな」
「もう乗らないと話は終わらないしな。とりあえず話したいだけ話してくれ」
「ああ、ありがとうな。それで傘立てのかさ君は基本的に広がる方のかさ君しか受け入れないちょっと閉鎖的なやつだけど、かさ君に対しては饒舌なんだ」
「傘立てに傘以外の物は入れないし、傘立ては何個もあるしな」
「そうそう。けど、広がる方のかさ君は尖ってる時しか相手にしないし、広がってる時はちょっと反りが合わないっぽいんだよな」
「広がってる時には乗っかるしかないしな。反りも合わないだろ、それは」
広がってる時にむりやり傘立てに入れようものなら骨が折れて壊れてしまう。というか、尖ってる時だけ受け入れて、それでいて饒舌な傘立てのかさ君は中々の強者な気がしてきた。
「……傘立てのかさ君、なんかスゴいな」
「だよな。そもそも広がる方のかさ君はあまり傘立てのかさ君には会いに来ないからな。気が乗った時だけ会いに来るんだ」
「雨降る時しか傘は持たないからな。それに、乗ってるのは気がじゃなくて雨の雫だろ。その上、ポタポタさせてくるし」
「そうなんだよなあ……だから、広がる方のかさ君は少し乱暴に求めてはくるし、傘立てのかさ君はそれで少し汚れるけど、広がる方のかさ君の気持ちは誰よりも理解してるから色々声をかけながら求めに応じる。広がる方のかさ君もその事には感謝してるから二人の関係が終わる事はない。でも、梅雨とか冬の時にはわりと広がる方のかさ君が会いに来てくれるから、それを傘立ての方のかさ君が本当に喜んで……はあ、やっぱり尊いなあ。かさ×かさ」
「音だけだとなんか嫌だな、そのカップリング。まあお前が尊さを感じるならいいけどさ」
何か黒い虫のような物が動き回る音に聞こえてしまい、俺が苦笑いを浮かべていると、俺達の横を一台の車が通り、小さな飛沫が飛んできた。
「うわ……!」
「おっと、大丈夫か?」
「ああ、どうにかかわした。まったく……少しは徐行しろよな」
通りすぎていく車を見ながら海老原がぼやく。海老原が動いた事で俺の目の前に海老原が動いた形になり、その背中の広さを間近で感じる事になった。
「……お前ってさ、結構肩幅広いよな」
「まあそうだな。これでも鍛えてるしな」
「そ、そうだよな」
軽く力こぶを作りながら笑う海老原が何故か眩しく見え、俺は少しだけドキッとしてしまった。
「な、なんだこれ……」
「とりあえず帰ろうぜ。このままじゃ濡れちまうしさ」
「あ、ああ……」
そして海老原が更に語るかさ×かさの魅力を聞きながら帰っていたが、俺はさっきのドキッとした何かが気になってそれどころではなかった。
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