かぜ×ほの

「主原君。君に話があるの」



 夕焼けが眩しい放課後、俺は女子と二人きりで教室にいた。それだけ見れば青春の1ページなのかもしれない。だが、その女子はクラスメートではあるが、これまでまったく話した事がない上にこの前図書室で勉強していた時に睨んできた女子なのだ。



茨島ばらじま、話ってなんだ?」



 茨島一音いちねに問いかける。クラス委員である茨島はサラサラとした長い黒髪が綺麗だと女子からよく言われているが、そのクールそうな整った顔立ちと少し大人っぽい声、制服を崩さずに着る真面目さから氷結の女帝などと男子から異名をつけられているのだ。そしてそんな女帝様は窓の向こうで輝く夕日を見た後、その血のように赤い唇を開いた。



「……自然ってエッチよね」

「……え?」



 知っている。茨島と話した事がまったくないのに俺はこの展開を知っている。これはあれだ。海老原が無生物BLを語る時と同じ空気だ。



「茨島……お前も海老原と同じなのか?」

「正確には違うわ。この前の話を聞く限り、彼は人工物がメインの無生物BLの語り部。けれど、私はその逆に位置する。自然物がメインの無生物BLの語り部なのよ」

「BLの語り部ってなんだ。そんな異名、男子から言われてる物と一緒にゴミ箱に捨てちまえ」

「…………」

「……なんだよ?」



 茨島は俺を見ていたが、軽く目をそらした。



「……やっぱりこの声、耳が孕むわ」

「は?」

「色々認知してほしいところだけど、今はそれどころじゃないわね」

「待て待て。なんかお前って海老原よりも色々ヤバイのか?」

「まず、今回あなたに語りたいのは、風と炎の無生物BLよ」

「お前も平然と話を進めるよな。っていうか、風と炎の無生物BLってなんだよ? アイツの言うカーテン×窓とかイヤホンの双子とケースよりもイメージが沸きづらいぞ?」



 茨島は耳にかかった髪を軽く撫でてから答える。



「炎はまだしも風は目に見えないものね。けれど、自然物BLはだからこそ良いのよ。目に見える形に囚われず、特性その物から妄想を働かせ、そして尊さを感じられるのだから」

「……はあ、まあいいや。それで、どっちが攻めって奴でどっちが受けって奴なんだ?」

「あら、攻め受けの概念は知っているのね」

「もうアイツの地雷を踏み抜きたくないしな」

「私はかぜ君が攻め、ほの君が受けだと思ってるわ」

「お前も君づけする側か。それにしても、風と炎……そこで水じゃないのは、風なら炎の勢いを色々変えられるからとかそういうのか?」



 茨島は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。顔の綺麗さも相まって俺は一瞬ドキッとしてしまった。不覚にも。



「その通りよ! やはりあなたにもあるのね。無生物BLの語り部としての素質が!」

「あってたまるか」

「かぜ君は飄々とした自由人で静かな時もあれば豪快な時もある不思議な人なのだけど、ほの君はいつも熱い熱血漢といったところ。みず君もその仲間ではあるけれど、みず君はすぐにほの君を静かにしすぎてしまうから今回のカップリングには不向きなの。まさに話に水を差してしまう形ね」

「うまいこと言うな、なんか腹立つ」

「だけど、かぜ君は違う。時には抑えて時にはその勢いを増して、とほの君を自分の好きな風に操りながらもやはりほの君の熱い部分が好きだから余程じゃない限り彼の中の熱意を消す事はない。そんなテクニシャンなのよ、かぜ君は」

「かぜの奴、思ってたよりも厄介だな。相手が好きだからこそ自分の好きなように操りたいと思うなんて。それでいて自分を見せないとかほのからすればちょっとモヤッとしないか?」



 不思議と自分が乗り気になっている事から目をそらしつつ聞くと、茨島は静かに頷いた。



「そうでしょうね。けれど、そんなかぜ君をほの君は受け入れ、自分をうまくコントロールしてくれる頼もしい存在として見ているのかもしれない。だからこそ、彼からの愛を受け入れ、うまいことテンションを上げ下げされながらもその愛と共に生きて、そして二人きりになると……はあ、なんて尊いの」

「お前達って尊さを感じたら話が終わりなとこあるよな。でも、どうして俺に話したんだ? タイプこそ違っても海老原の方が良いだろうに」

「好きなタイプが違う人同士だと意見がぶつかる可能性はあるのよ。でも、あなたは違う。海老原君の話を少し呆れながらも受け入れ、今みたいに返す時は返してくれる。だから、私も安心して話せるのよ。それに……」

「それに?」

「私、結構あなたの事を気に入っているから」

「え……」



 茨島の言葉に驚く中、茨島は携帯を取り出した。



「連絡先を交換しましょう。あなたとはまだまだ語れるはずだから」

「それは……いいけど……」

「あと、トークアプリでもルームがほしいわね。話を聞いてくれたお礼がしたいから」

「お礼……海老原は絵を描いてくれるけど、茨島は何をする気なんだ?」

「そうね……お礼自体は後で送るけど、その前に一つだけ」



 茨島は俺の耳に顔を近づけた。



「……ねえ、お兄ちゃん?」

「んっ……!」

「いっちゃんとこれからもお話してね?」

「ん、はあ……」



 突然の幼い女の子声に俺は思わず悶えてしまっていると、茨島は顔を離して少し得意気に笑った。



「私、これでもこんな風に萌え声を出せるのよ。だから、私からのお礼は声。あなたの好みはこういう声だと思っていたからね」

「はあ、はあ……」

「ふふ、良い顔。でも、あなただって悪いのよ? あなたの低い声、いつも私を悩ませるんだから」

「え……?」

「それじゃあね、主原君。また語り合いましょ」



 そう言うと茨島は教室を出ていき、俺は我慢できずに腰が抜けてその場に座り込んでしまった。その後、茨島とのルームで音声ファイルが送られてきたが、それは少し幼い活発な女の子の声で俺を応援してくれる物であり、茨島にお礼を言った後にそれを大事に保存した。

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