へら×てぷ

「……なあ、セロテープってエッチだよな」



 図書室での勉強中、海老原がそんな事を言い始めた。また来てしまった。この無生物BL好きの語りの時間が。



「なんだ、シール面がベタベタしてるからみたいな奴か?」

「お、いいねぇ。やっぱりお前にも素質があるんだよ」

「欲しくねぇよ、そんな素質。というか、今は勉強中だ」

「そんな事言うなよぉ。ほら、先っちょだけ! 先っちょだけだから!」

「変な言い方するな!」



 声を潜めながら言ったのだが、それでも少し聞こえてしまったらしく、俺達と席を二つ離して座っていたクラスメートの女子からちょっと睨まれてしまった。



「まったく……わかったから、聞いたらちゃんと勉強するんだぞ?」

「ああ、もちろんだ。それで、今回はヘラとセロテープのカップリングなんだよ」

「ヘラ?」

「ほら、くっついたセロテープを剥がす奴あるだろ?」

「あー……100円で売ってるような奴か」

「そう。俺さ、この前家の手伝いをしてて、その時にそれを使ってテープを剥がしてたんだ」

「まあそんなに変な事でもないな」



 むしろ海老原がしっかりと家の手伝いをしている事に感心していた。



「その時に思ったんだよ……ヘラ攻めのテープ受け、へら×てぷの可能性があるってさ」

「手伝いに集中しろよ」



 感心してしまった自分が悔しくてたまらない。



「因みに、押しピンと針をおさめるケースがあればと思ったんだけど、そういうケースって意外とないんだな」

「あまり需要がないんだろうしな。というか、押しピンなら相手役は壁の方が──」

「なあ」



 その声を聞いた瞬間に震え上がってしまった。今まで聞いたことのない海老原のドスの効いた声にビクビクしていると、海老原は冷たい目で俺を見始めた。



「俺達は推し同士がいちゃつくのが見たくて日々壁になりたいとか空気になりたいとか天井になりたいとか思ってるんだよ。壁越しに何かするならまだしも壁が相手役だと? おい、ふざけるのも大概にしろよ?」

「ご、ごめん……」

「……まあお前はまだこっち側に来て日が浅いしな。そういう考えをしてもおかしくはないのか」

「いや、そっち側に行った覚えはないぞ。存在しない記憶をねつ造するな」

「それで話を戻すんだけど……」

「……お前の情緒が怖くなってきたよ」



 とはいえ、また話し始めるくらいには機嫌も戻ったのは喜ばしかった。いや、正確には喜ぶことでもないが。



「お前が言ったようにテープ君は誰彼構わずにベタついて、相手がドキドキするのをニヤニヤしながら見てる小悪魔系なんだ」

「うわ、やな奴だ。それでいて、見た目がちょっと幼い系なんだろ?」

「それでもいいけど……お前、前から思ってたけど、少し幼めだったり華奢な子の方が好きだろ?」

「……いいだろ、それくらい」



 図星だった。海老原は俺の事を見てからあたたかい目で見てきた。



「まあ好みは十人十色だしな。それでヘラ君は普段はあまり他人とは関わらない寡黙な奴なんだけど、テープ君が誰かにべたついてるのを引き剥がすのだけは天才的な上手さなんだよ。自然に剥がしてそのままどっかに連れてくから、ベタつかれてた奴からすれば安心したようなちょっと残念なようなって感じで……」

「その時点で落ちてるじゃないか。テープの奴、かなりのやり手だな」

「そうそう。で、テープ君的にはヘラ君に嫉妬して欲しくてやってるとこがあって、ヘラ君もテープ君が好きだからベタついてるのを見てモヤモヤしてるから引き剥がすんだ。そして自分がテープ君に対して抱えてる想いに気づいた瞬間、テープ君の思惑にも気づいて、テープ君が勝負を決めようと思って誘い受けした時にヘラ君がこれまで引き剥がす度に磨かれてきたテクニックを活かしてテープ君を……ああ、尊い」

「なんか相変わらずよくわからないけど、お前が幸せそうならそれでいいよ。話は終わりか?」

「ああ。それでさ、今回も聞いてもらったお礼をしたくて……」



 海老原はカバンをガサゴソすると、一枚の絵を取り出した。それはいたずらっ子のような笑みを浮かべながらこちらを見ている少し背丈が小さめな女の子であり、その笑みを見ているだけで何かムズムズするものがあった。



「……欲しいか?」

「……欲しい」



 そして俺は絵を貰い、海老原と一緒に勉強に励んだ。尚、その絵は部屋の引き出しに入れて大事に保管している。

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