少年と歌姫

忘れられない歌がある。

彼女の澄んだ歌声をまだ覚えている。


彼女の歌を初めて聴いたのは、二年前。

僕と彼女は、同じ吹奏楽部だった。


あの日、たまたま同期達が進路先の見学やら、体調不良やら、病院やら諸々の事情で欠席、早退し、最後まで部活にいたのは僕と彼女だけだった。

同期が少ないと、誰だろうが最低でも正門までは全員で一緒に帰る。うちの学校にはそんな風習がある。その日もそうだった。

2人で、沈みかかる日を窓越しに見ながら、廊下を歩いた。


僕と彼女は滅多に話さない。行動しない。

別に大きな理由などなく、話題が無いからだ。

そして、彼女は人が苦手。僕自身も、例にもれず、苦手対象となっていた。


一度だけ、彼女と二人で話したことがある。

僕は、あの時だけは話題がすぐに出てきた。

彼女の行動が気になっていたからだ。

凄く人に気を遣っているように見えた。

僕がそう言うと、彼女は悲しそうな顔で笑った。


嫌われたくないんだ。


ぽつりと、彼女はそう言った。


無理せず自由に生きなよ。


そう言ったことだけは覚えている。

彼女の本音を、初めて聞いた。

部活の話、学校の話、出身の話。あの日は、彼女と一番しゃべった日だと思う。


さて、人が苦手な少女と一緒に帰ることになった僕は、いつもの「話題がない」ことに困っていた。


結局、正門を過ぎても一緒に帰ることになってしまった。

さて何を話そうか?


そう考えていると、彼女があっ、と呟いた。

「あのね、コンテストに出ることにしたんだ。」

彼女の言うコンテストとは、きっと学校の近隣で行われる、特技披露コンテストのことだと思った。

「そうなんだ。何の演目ででるの?」

「うーんなんだったかなー。」

彼女は微笑んだ。忘れるんじゃないよ。

気になるじゃないか。

本番の日程は明日。祝日だった。


「前に君が、『自由に生きればいい』って言ってたこと思い出して。自分の可能性が広がったらいいなぁって思ったから、参加するんだ。」

彼女が言った。


普段の彼女は、明るく元気で、笑顔が多い。些細なことも気にしない、辛いことも前向きに捉えるポジティブ思考の持ち主。


自分のこと?もちろん好きだよ!


という会話を、聞いたことがある。

僕はどうしても自分のことが好きになれない。

すぐに機嫌は悪くなるし、アクシデントで混乱するし。

「自分のこと、どうやったら好きになれると思う?」

僕は聞いた。彼女は驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑った。

「私も自分のこと嫌いだよ?」

僕はえっ、と言ってしまった。盗み聞いた内容と全然違う。


「好きじゃないの?!」

なんの躊躇いもなく、彼女はうん、と言った。

「前、友達に自分のこと好きか聞かれたなー。嫌いだけど、好きにならなくちゃ。自分のことが好きだから、何をするにも楽しい。」

自分のことが好きって言っていたら、いつの間にか好きになると思う!と、彼女は笑った。


「あ、思い出した!明日、幼なじみの友達と、ピアノとボーカルで出るんだ。」

今から合わせに行くんだ!バイバイ!

と、丁度来た曲がり角で彼女と別れた。


──────────────────────

そして、次の日が来た。僕は彼女に告げず、コンテスト会場に来た。

ついた頃には既に始まっていて、マジックを披露している大学生くらいの男女がステージにいた。

僕は空いていた席に座り、入り口で貰った演目順を見る。

もう後半に差し掛かっていた。彼女の順番はこの三つ後。名前ではなく、ペンネームが載っていた。そのペンネームが彼女だと知っているのは、吹奏楽で配布された楽譜に、彼女はペンネームを刻んでいるから。そのペンネームと同じだった。

その順番はあっという間にやって来て、一旦会場が暗転した。


その時、後ろから

「おい、おい!俺だよ!後ろ!」

と声がした。

驚いて振り向くと、僕と彼女の共通の友人だった。薄暗い中、僕にしてはよくわかったと思う。

友人はニコニコしながら僕の横に移動してきた。僕は戸惑いながら聞いた。

「え、何でいるの。」

すると、太陽のような満面の笑みで友人は答えた。

「さっきのマジックの人たちいただろ?あれ、俺の兄貴と姉貴なんだよ。」

ああ付き添いか、と僕は納得した。

友人は三人兄弟の末っ子で、その肩書きに恥じず、弟感が拭えない。皆から可愛がられている。

僕がさっきのマジックか…と考えていると、彼は、僕がいることに疑問を感じたようで、聞いてきた。

「じゃあ何でお前がいるんだよ。あ!お前も家族が出てるのか?」

「ちがうよ。見てたらわかるよ。」


その時、ステージが明るくなり、中央に彼女が立っていた。端にはピアノがおいてあり、僕の知らない人が座っていた。女性だ。僕らと同じくらいか、それより少し上くらい。

「えっ?!あいつ出てるの?!」

友人は、驚いたような顔をした。


彼女とその人は、お互いを見つめ合って、頷く。


ピアノが鳴る。

彼女が歌う。


その瞬間、僕と友人はハッとした。

澄んだ、透明な声。哀愁を含んだその歌声は会場内に、響き渡る。

今まで聞いたことの無い、不思議な響きをまとって、彼女の歌は広がる。


何もかも忘れてしまった時の流れに

変わる季節の中で

何も知らないふりしてた あの頃みたいに

lalala

戻りたいな


愛の歌?悲しみの歌?どちらともとれるその歌詞をのせて、彼女は歌う。

こんな歌声を持っていたのか。友人を見ると、呆然としていた。

近くにいた男性だろうか。「やばい泣きそう」と聞こえてきた。

年配の女性は、「新星の歌姫ねえ」と笑っていた。


彼女と目があった。彼女は驚いたような顔をしたけれど、笑ってくれた。


気がついたら、僕は泣いていた。友人にバレていないといいけど。


──────────────────────


その日の夕方、コンテストは無事に終了した。

観客たちは、彼女のことを、「歌姫」と呼んでいた。

だけど、彼女の名前を知っているのは、僕と友人だけだと思う。見る限り、知り合いは一人もいなかったから。

友人は、兄姉と少し話した後、一緒に帰っていった。僕は、しばらく会場の周りをうろうろしていた。すると、関係者専用出口から出てくる彼女と、ピアノを弾いていた人を見つけた。

二人は、しばらく談笑したあと、別れた。彼女は歩き出した瞬間、僕に気付いたらしく、手を振りながら僕の方へ走ってきた。


「きてたの?」

「うん。」

「そっか。」

彼女は笑った。

ピアノを弾いていた人は、彼女の幼なじみで、進学する前の学校までずっと一緒だったという。

歌は、彼女たちのオリジナルで、ここで披露するのが最初で最後だと教えてくれた。

「凄く綺麗だった。君の歌、僕は好きだよ!」

僕がそう言うと、彼女はしばらく固まった後、泣き出した。ありがとう、と泣きながら笑っていた。

そのまま、二人で近くの噴水がある広場まで歩いた。段々日が沈む。


「ねえ、さっきの歌、もう一度聞きたいな。」

僕がそう言うと、彼女は、うまく歌えるかなあと笑いながら、歌ってくれた。


透き通るような、澄んだ声が、黄昏時の空に吸い込まれていく。

だけど、あの不思議な響きだけは、なぜか聞こえなかった。


──────────────────────

あれから、僕たちは、卒業までに仲良くなった。

色んな話をした。

色んな歌を歌った。

だけど、いつもあの歌のことだけは、

「忘れちゃったなー。」

と、濁されてしまった。


卒業した後、僕たちは

違う進路に進んで、当分会っていない。

だけど、黄昏時の晴れた空を見ると、あの歌を思い出す。そして、僕はひっそりと歌う。


何もかも忘れてしまった時の流れに

変わる季節の中で

何も知らないふりしてた あの頃みたいに

lalala

戻りたいな


彼女に、歌詞の意味を一度だけ教えてもらったことがある。だけど忘れてしまった。

もうすぐ、卒業した部員達で、同窓会がある。

現役の時の話で、盛り上がるだろう。

僕は、彼女と話せるかな。その時には聞こう。

彼女は、本当に歌を忘れたのだろうかと。

忘れてしまったのなら、僕が教えるんだ。

彼女の、あの歌を。


そして、僕はまた歌う。


口笛ふいて

思い出したら

everybody's gonna sing for the music

口ずさむのさ

風の便りに

流れた涙を拭っておくれ

歌っておくれ


彼女の声と重なった気がした。

もう一度だけ、歌ってほしい。

歌姫と呼ばれた、少女に。


──────────────────────

あとがき

Mila Holly です。テーマは「歌」です。

歌って凄いですよね。人を泣かせることもできるし、鼓膜を破ることもできます。(有名なアニメのあの少年は代表ですね笑)

あ、因みに作中の歌の歌詞はオリジナルです。

全ての歌詞と、題名が決まってますが、世の中に一生出ません。需要がなさすぎる笑。


そろそろ、考えていた長編小説を書いてみようと思います。

書けなかったらごめんなさい。


それではまたどこかで(*´∇`)

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現実にありそうでなさそうな話 Mila Holly @mila219035

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