第2話

「___い_____あいり_____愛梨!!」


 瑠璃さんに肩を叩かれ,私の意識は古書店に戻ってきた。


 途端に,紅茶とスコーンのいい香りがする。

 瑠璃さんは,私名前に紅茶とスコーンを置き,私の隣に腰掛ける。


 致死量になるんじゃないかと心配になるぐらい,ボトボトとコーヒーに砂糖を入れ,牛乳を入れた。

 瑠璃さんは一気にそれをグビグビと飲む。

 私は猫舌なので,対照的にちびちび頼む。


 みかんとか,そういう柑橘系の香りが,鼻から優しく入ってくる。

 ホッと,リラックスして息を吐く。

 そして,瑠璃さん特製の熱々スコーンに手を伸ばす。

 が,思いの外熱くて一度諦める。


「ふふ」


 隣で瑠璃さんが面白そうに笑う。

 そして,瑠璃さんのお皿のスコーンをパカンと2つに割って,私のお皿に載せてくれた。


「どうぞ」


 悪戯っ子のように,猫のような大きな目を優しく細めながら,スコーンを私にすすめてくれる。

 私は,スコーンの片方にお皿に載っている苺ジャムをたくさん載せてから,空っぽになった瑠璃さんのお皿に載せ返す。


「どうぞ」


 小さな声で瑠璃さんと同じようにお返しする。

 瑠璃さんは,ほんの少しだけ驚いたように目を開いたあと,目をすごく細める。


「ありがとう,愛梨。

 __でも私にはジャムがまだまだ足りないわね」


 私にウィンクをしながら微笑む。

 そして,瑠璃さんはスコーンを食べるのか,苺ジャムを食べるのかわからないほど大量にジャムを載せてから,真っ赤なリップで彩られた口を大きくあけて,スコーンを頬張る。


 私も,瑠璃さんの10分の1にも満たないであろう量のジャムをスコーンに載っけて,頬張る。

 さっきの紅茶と似た風味と,苺の味が口いっぱいに広がる。

 サクサクのフワフワで,すごく美味しい。


「さすがあたし,今日も最高のできね」


 瑠璃さんは満足げに呟く。


「お店を開いた方がいいぐらい美味しいですヨ」


 私は指についたジャムをペロリと舐めながら言う。

 今日のスコーンとジャムは瑠璃さんの手作り。

 甘いお菓子を作ることは,瑠璃さんの数ある趣味の内の1つだ。

 他にもたくさんの趣味があるが,それを伝えるには,少し時間が足りない。


 私は,程よく冷めた残りのスコーンをパコんと割り,今度はバターを塗り,いただく。


「あんた,甘いものを食べてる時は年相応の顔するわよね」


 瑠璃さんは,私の顔を見ながら言う。

 私はいつも年相応の顔をしてるけどなと,少し不満を言おうとしたら,残りのスコーンを口に放り込まれた。

 蜂蜜が口の中に広がり,思わず頬が緩む。


 モシャモシャと口を動かし,紅茶を飲む。

 至福の時間。

 バイトをしている中で,1番楽しい時間だ。


 時計をちらりと見る。

 ちょうどカチリと音がして,短針が3時を指した。


 瑠璃さんは,コーヒーにジャムも致死量入れ,静かに啜っている。

 静かな古書店。

 私はいつも通り,本でも読もうかと立ち上がる。

 お客さんが来ていない時は,古本をお店の本を読んでいいというのがこのお店のルールだ。

 私はカウンターの左側に行き,昨日読んだ本の続きを探す。


 いつも通り,お客さんの来ない。

 いつも通り,ベルの鳴らない入り口のベル。

 いつも通り,だらりと過ごしたバイトの時間。

 いつも通り,もうすぐ終わるバイトの時間。


 そんないつも通りは,大きなベルの音で,母が入って,2つに割れた。



 スコーンのように。

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