第二十五話 エドゥアルト、迫られる
陣営では夕食の時間になる頃だった。
よるが恥ずかしがって姿を見せない、という陣営でのちょっとした噂が流れていた。しかし気が気でないのはエドゥアルトである。
「よるは、まだ見つからないのか?」
言いすぎたのか、と不安になる。
「ちょっと気恥ずかしくなって出てこられないだけですよ、エドゥアルト様。気長に待って差し上げたらどうです?」
衛兵たちは、熱いねえ、とからかい気味にそう言うだけで、本気で取り合ってはくれていないようだった。
(取り越し苦労ならいいが。)
過去こういう時のよるが良い状況だった試しがあまりないため、エドゥアルトは気を揉んでいた。
「ライン。」
こういう時の頼みの綱の名を呼ぶ。
「だめです。よるさんが気がかりなのはわかりますが、ここは戦地なのですよ。王子から離れるわけにはいきません。」
その返答に、エドゥアルトは、珍しく苛立ちをあらわにし、チッと舌打ちをして、天幕の中を動物園のトラか熊のようにうろうろと歩き回る。
エドゥアルトも今すぐ陣営を飛び出してよるを探しに行きたいところだが、陣営の状況が良くない中、将たる自分が飛び出していくわけにもいかなかった。
そんなエドゥアルトの気配を知ってか知らずか、陣営の皆もよるを探していた。
「日も落ちてだいぶ経つし、そろそろ本当に心配だな。」
兵たちも口々にそう言い始めた頃だった。
「おい、あれを見ろ。こっちへ向かっているぞ。大変だ、早く王子にご報告を。」
遠くに松明を見た兵がそう言った。兵たちは陣営へ急いで戻ると、敵襲を知らせて回った。
「大変です、ディエトロの奴らが動いてます。こっちへ向かってます!」
その言葉を聞いたエドゥアルトは陣営の者たちに素早く指示を出す。
「皆、寝静まったふりをしろ、見張りの兵だけ残せ。」
と。
陣営は灯りを消し、敵の動きに気づいていないふりをして時を待つ。
(くそ、こんな時に。よるがどこか安全なところに隠れているといいが。)
やがて、ディエトロの兵もこちらへ近づくと、松明の灯りを消して急襲をかける。
しかし、それは急襲、ではなく、待ち伏せされていたルフトの兵によって返り討ちに遭っていく。
(気付かれていたか。だが。)
ディエトロ兵を伴ってきたカルロは気付かれていたのならば仕方がない、と松明を点けるように言って、ルフトの陣営に夜襲をかけることはやめなかった。予め把握しておいたエドゥアルトの天幕目掛けて兵を突撃させる。
と、そこへ現れたのはルフト最強の騎士と名高いラインである。雑兵の群れを一刀の元に伏すと、ディエトロ兵たちに言い放つ。
「私が誰か知らないはずはないだろう。生きて帰りたければここから立ち去れ。」
その言葉に怖気付くディエトロ兵をカルロは忌々しく思った。
(使えぬ雑魚どもめ。)
「逃げ帰った者は必ずや見つけ出して一族ごと滅してくれるぞ。わかったらさっさと行け!」
その一言に、ディエトロから連れて来られただけの兵たちは、慄く。
「逃げて帰っても一緒なら、今ここで突っ込んで死ぬしかないんだよおおお!!」
その言葉に呼応したように、他のディエトロ兵もラインに突っ込んでいく。
「良いだろう。ただ、その刃我が国の王子に届くことはないと知れ!」
ラインもならば、と相手をする覚悟を決める。
そんなやり取りを聞いていたエドゥアルトは、カルロが自ら赴いていることを知った。
(無策では来ないだろう。何か狙いが?)
エドゥアルトは様子を伺いつつラインが前に出るのを確認して、カルロを挑発する。
「来てたのか、弱腰。ここまで来て俺に挑む度胸もなく兵の後ろに隠れているだけか?」
天幕から姿を現したエドゥアルトに、カルロは鋭い視線を送る。
「ほざけ。今から敗北というものを教えてやろう。」
両者一歩も譲らず、戦いの火蓋は切って落とされる。
「王子!」
カルロと直接対決するエドゥアルトに対し、ラインが声をかける。
「来るな、ライン!お前はそこの掃除が済んだら陣営の皆を頼む。今は俺の事はいい。行け!!」
ラインは少し不満そうにしたが、やがて、
「…かしこまりました。ご武運を。」
と、答えると陣営に消えた。
「余裕じゃないか、そういうところがまたムカつくんだよ!」
苛立ちを隠さないカルロとしばらく刃を交える。
が、剣の腕に差のある二人の勝負は自ずと見えてくる。
「誰が敗北を教えてやるって?残念だが、敗北するのはお前の方だよ!」
カルロの剣を取れるところまで来て、エドゥアルトが勝負をつけようとした。
「くっくっく…。あーっはっはっは!」
首に剣を向けられ、膝を折るカルロは突然笑い出した。
(なんだこいつ。ついに壊れたのか?)
「お遊びは終わりだ。」
突然カルロが真顔になり、そう言うと、突然松明が灯された。
「んーっ、んんーっっっ!!」
そこに現れたのは後ろ手に縛られ、声を発せられないよう布を噛まされたよるである。
「よる!」
エドゥアルトの勘は的中していた。帰って来ないよるは、やはり捕らえられていたのだ。エドゥアルトがよるを認識したことを確認すると、布は解かれ、よるは何も言えない状態から解放される。
「こんなことは前にもあったな?今日はこの娘の解体ショーでもやるか?」
カルロは有利な状況に立った優越感で饒舌になる。
「くっ、卑怯な…!」
思わずそうこぼすエドゥアルトにカルロは得意げに続ける。
「俺が今から何をするかわかるだろ?まずは、エドゥアルト、お前が自害しろ。」
そう来るか、とエドゥアルトは唇を噛む。
「安心しろ、この娘の首はお前の隣に並べてやろう。俺はキャロライン姫と結ばれてハッピーエンドだ!」
相変わらず痛々しいカルロはよそに、よるがエドゥアルトに言葉を投げかける。
「エド、こんなのに屈しちゃだめ!エドを失ったら私…!」
もちろん屈するつもりなど毛頭ないが、目の前でよるの解体ショーをされるくらいなら自害する気がする。
「さあ、どうするんだ、早くしないと解体ショーより先に飢えた兵士たちの餌になるかも知れんな?」
(そんなことあってたまるか!)
エドゥアルトはカルロの言うまま、よるに恐ろしい体験をさせるくらいならと己の喉に剣を向ける。
「エド!だめ!」
泣き叫ぶよるの声はエドゥアルトには届いてないようだ。と。
コツン。
と何かが当たる音がした。
それはカルロの頭に石ころが当たった音だったのだが、カルロ自身、よるとエドゥアルトを虐めることに気を取られていて、気づいていなかった。
いつの間にか、カルロが包囲されているということにー
こつ。こつこつ。
それはどんどん酷くなっていた。エドゥアルトもその異変に気付き、己の喉に突きつける剣の腕を緩める。
「おい、なんだこれは!やめろ、お前ら全員ー」
ぶっ殺してやる。と言いかけたカルロの意識はそこで一瞬途切れた。
ガツン!!
そこに現れたのは一本のフライパンだった。
「全員、なんだって?聞こえないねぇ。」
そのフライパンの主、すなわち陣営で主に厨房を任されている兵の妻たちの集団がいた。
「みんな!」
よるを解放しつつあるその主婦たちの集団は、皆フライパンなどの調理器具を片手に、陣営の中で戦っていたらしい。
解放されたよるは、フライパンの主に抱きついて泣いている。
「よるちゃんは私たちの聖女様なんだから!軽々しく人質にするなんて許されないわよ!」
そうよそうよ!と集団から口々に同意の声が上がった。
意識朦朧とするカルロは、駆けつけた兵の一人に抱えられ、
「くそ、なんだこの連中は!揃いも揃って!!」
と吐き捨てて、
「作戦失敗だ、退却する!」
と這々の体で撤退して行った。
「ふっふっふ。私たちを甘くみた罰ね!」
「ルフトに勝利あれ!」
その様子を見た主婦たちは、口々にそう言って陣営を称えた。
「みんな〜〜〜!」
いろんな涙でぐしゃぐしゃになったよるを、主婦たちのリーダーが抱き止めて涙を拭ってやる。
「怖かったでしょう?もう大丈夫よ。ほら、せっかくの別嬪さんが台無しよ。」
エドゥアルトはそれを見て、完全にいいとこなしの自分を少し責める。
「ほら、エドゥアルト様も大きな怪我はなさってないわ。ほれほれ。」
そう言って、エドゥアルトの方を向かせると、よるはエドゥアルトの腕へ迷うことなく飛び込んだ。
「よしよし。よる、すまなかったな。怖い思いをさせた。」
泣きじゃくるよるを受け止めて、エドゥアルトは主婦たちに頭を下げた。
「皆、ありがとう。」
それを聞いた主婦たちは、目をぱちくりとさせ、
(あの冷徹と言われた王子が私たちにお礼言ってるわよ?)
と、しばしヒソヒソしたのち、
「愛の力って偉大ね!」
という結論を出した。
「聞こえているぞ。からかわないでくれ。俺は至って真剣だ。」
その言葉を受けた主婦たちは、
「いいえ、どう致しまして。私たちは共にルフトのために戦う者たちだもの、お礼なんていいのよ。」
その答えに、エドゥアルトはふっと笑い、
「見たか、ディエトロの者たち!これがルフトの力だ!!我々を怒らせるとどうなるか奴らは身に染みて知ったことだろう!」
やがて、少し首に傷を負ったエドゥアルトを、ラインを始め、皆が心配して集まってきた。
「王子、ご無事で!?」
顔面蒼白のラインを、エドゥアルトは笑って受け入れ、
「無事だ、こんなもの、かすり傷にも入らん。それに、ほら。よるも無事だ。」
その様子を聞いていた陣営の民たちは、
「おお、王子様も聖女様もご無事だ!」
と、歓喜に湧いた。
「今日は厳しい戦いの中、皆よくやってくれた!まずはこの戦況を立て直し、我々は必ず勝利する!ついて来る者は!?」
陣営の皆を見回したエドゥアルトは、皆にそう問いかけた。陣営からは、
「ルフトに勝利を!!エドゥアルト王子と聖女よるに栄光あれ!!!」
と、返事が返って来た。
彼らのその咆哮は、目下撤退中のディエトロ兵を震撼させたと言われている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます