第二十四話 夜襲とよる
エドゥアルトたちの旅は順調に陣営へと続いていた。行きよりも物資がたくさんあるおかげで、少し時間はかかったが、無事到着した。
陣営に戻ると、歓喜の声が上がった。
「エドゥアルト王子!よる様!お帰りなさい!!」
そう言われて、よるは陣営を見渡すが、気付いてはいけないことに気付いてしまった。
(明らかに、みんな疲弊してる…。人も少なくなってる気がするし、みんなボロボロになってる…。早速私も動き始めなきゃ!)
エドゥアルトは、陣営を一目見て、これはまずいと感じ取った。これではまるで、よるが来る前の陣営と何ら変わらない。衛生状況は悪化し、負傷者の手当ても行き届いていない様子が見て取れた。
物資の荷解きを手配すると、留守を任せていた隊長に話を聞くことにする。
「留守にしてすまなかった。戦況は?」
隊長から聞こえてくる話は思わしくはなかった。
「留守を任されたのにも関わらずここを守りきれず申し訳ありません、殿下。日に日に戦況は悪化しております。特にディエトロとの兵力の差が大きくなりつつあり、数で押されているのが現状です。いくら士気を高めたとしても、圧倒的な数で押されては、持ちません。殿下には正直なところお戻り頂いて良かったのかと戸惑いを感じております。」
さらに続けたそうな隊長を、エドゥアルトは手を軽く挙げて制する。
「当然だ。この俺が戻ったからには、ディエトロの好きにはさせない。俺はこの戦に、そして国に勝利をもたらすため戻った。幸い我々には聖女よるもついている。何も心配することはない。皆で勝って帰ろう。不安にさせてすまなかったな。ご苦労だった。しばし休むといい。」
そう言って隊長を下がらせると、エドゥアルトは軍議用の天幕に残り、広げられている地図に目を落とした。
「数の問題は如何ともし難いな、それを埋める士気の高さと物資での支援が必要不可欠、だろうな。」
エドゥアルトはしばし思案した。
よるは早速負傷兵たちの元を訪れていた。物資が足りず、傷の手当てもままならなかったらしい。医師と共に、追加された物資を確認して、傷が重いものから優先して手当てをしていくことにする。
よるが聖女として王に認められたという事実は、この陣営にも知らせが届いており、民はますますよるを歓迎した。
「よる様、本当にこんなとこへ戻ってきて良かったのかい?王子と共に王都に留まった方が良かったんじゃないか?」
傷を負った兵たちは口々にそう言ってきた。
「ダメです!エドも、みんなで勝って帰るんだって、ずっと言ってます。何より、得体の知れない私を受け入れてくれたみんなを、私がほったらかして王都に逃げたら、何が聖女なんですか?私は、そんな恩知らずじゃないです。ほら、もうちょっとの辛抱ですから、じっとしてください。」
よるは、エドゥアルトやよるを心配する皆の心が嬉しい反面、戦況の厳しさゆえに漏れ聞こえてくる皆からの弱音を受け止めつつ手当てを進めた。
(皆追い詰められているんだ。何か明るい話題を提供できたらな…。)
そんなことをぼんやりと考えつつ、エドゥアルトに報告しようといつものようにエドゥアルトの元へと向かっていた。
と、病棟として使っている天幕から出ようとしたところで、そのエドゥアルトにぶつかりそうになる。
「っと、エド。どうしたの?」
エドゥアルトも驚いているようで、目をぱちくりとさせていた。
「いや、よるに会いにきたのだが。」
そうなの、と返事をすると同時に、いつものキスをされる。
「っ、エド。通常運転なのは良いけど、今は、その…。」
そんなことしている状況なのか、と言いたかったが、意外にも見ていた兵士たちからは、ヒューヒュー!と冷やかしの声援が飛んできた。
「いよっ、さすがエドゥアルト様。聖女よる様もタジタジってやつですね!」
とか、
「いいぞ、もっとやれ!」
とか、皆言いたい放題である。
「ちょ。皆さんもそんなこと言ってる状態じゃ…。」
と、そこへエドゥアルトが人差し指を唇に当て、よるにジェスチャーを送る。
「こんな状況だからこそ、彼らにはこういう明るい話題が必要なのさ。」
と言ってのけた。
「た、確かに明るい話題は私も考えたけど、こんな話題でいいの??」
よるは皆の前でキスをされたことに動揺もしていたし、明るい話題ではないような気がしてしまい、思わずエドゥアルトに抗議めいたことを言ってしまう。
「ん?もっと明るい話題が欲しいなら、提供できないこともないが、それはまだ前途多難な問題だから、今はダメだな。」
そうあっけらかんと返してくるエドゥアルトに、よるはついていけず、聞き返してしまった。
「もっと明るい話題って?」
エドゥアルトは聞き返してくれるよるが可愛くて、にこりと笑って答えた。
「俺とよるの赤ちゃんとか。」
エリーザベト譲りのその笑みに、よるは背筋が凍ったと共に、なんてことをいきなり、と真っ赤になってエドゥアルトを思わずペチペチと叩いてしまった。
「あ、赤ちゃんって。それってつまり…。」
その問いにニコニコとして何も答えないエドゥアルトをよるは恨めしげに睨む。
(別に私だって考えてないわけじゃないけど。そんなはっきり言わなくても〜〜!)
と、陣営のど真ん中でそんなやり取りをしていたせいで、民が集まってきていた。
「なになに?どうしたの??」
ざわざわとするそこに、遠巻きに聞いていた民から語弊のある会話が広まっていく。
「赤ちゃんできたんだって!」
えー!そうなの?!と風の噂に乗って広まっていく誤解によるは慌てる。
「ま、待って待って待って!赤ちゃんはできてないから!」
と、その言葉を受けて、また更なる誤解が生まれる。
「赤ちゃんは、ってことは、そこまでは行ったってこと?」
色めきたつ陣営で、よるはもはや火消しはできないと諦めかけたその時、
「今はまだ、俺も我慢してるけど、将来間違いなく赤ちゃんは生まれるだろう。皆、そういうことだ。いいな?」
慌てふためくよるを後ろから抱き止めながら、パチリとウィンクをして、一気にその場を収めてしまった。
「なんだー。まだなのか。早くくっついちゃえ!」
誰かが発したその一言に、皆がそうだそうだーと頷いている。
そこへ、ラインが一つ咳払いをすると、
「皆さん、荷解きがあらかた終わりました。手伝える方は手伝って頂いていても?」
と言って、皆を誘導し、その場はなんとなく解散した。
「え、エド!なんて事言うのよ!」
ぎゅーっと抱きしめられたままのよるはエドゥアルトに向かってなんてこと言ってくれたんだと抗議する。
「事実を述べただけだが?それとも、俺の子を産んでくれないのか?」
よるは、その問いには首を横に振って答える。
「そういうことじゃないけど、そこまでに至るプロセスっていうもんがあるでしょー!今言うこと!?ばかばか!」
よるはエドゥアルトの腕からもがいて逃れると、顔を真っ赤にしたままどこかへ走り去ってしまった。
「何か間違えたか、ライン?」
ありのままを言っただけのエドゥアルトは、よるの心の機微が読みきれず、思わずラインにそうこぼす。
「いや、普通に乙女心無視しすぎじゃないですか?公衆の面前で宣言することではなかったですね。」
そうなのか、と少し残念な顔をするエドゥアルトには、ラインのいう乙女心というものは今ひとつ理解できなかったらしかった。むしろラインはどこでその乙女心を学んできたのか聞きたかった。
「あー。恥ずかしかった。エドのばか…。」
一人草むらでクールダウン兼反省会をするよるだった。確かにエドゥアルトとは愛し合っているし、王都でもそれを実感させられた。けど、いきなり赤ちゃんは急ぎすぎではないのか、それともあれは例を出しただけなのか。
「でも、確かにあれで少し皆の雰囲気明るくなったよね。そこまで考えてたのかな…。でもあんなはっきり言うなんてデリカシーなさすぎじゃない?」
でも、でも。とよるの思考が止まらない間に、日が暮れようとしていた。
「暗くなってきちゃった。戻らなきゃ。でも、恥ずかしいなあ。それもこれも、皆の為。恥ずかしがってる場合じゃない、かな?」
よるはぶつぶつと呟きながら、陣営への道を戻る。
と、そこへディエトロ国との国境側から、陣営へと向かう無数の松明の炎を確認した。
「大変、早くみんなに知らせないと!」
よるは走り出した。と、そこへ足に何か引っかかり、盛大に転んでしまう。
「いった…。」
何に引っかかったのかと後ろを振り向き、再び走り出そうと前を向いた時だった。
「ごきげんよう、聖女様?」
そこに立っていたのは、赤毛の王子、カルロだった。
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