第六話 兄妹の企み

 キャロラインは不思議でならなかった。なぜわたくしは拒まれているのだろうかと。やはりわたくしの魅力が高すぎて、素直になれないだけなのかもしれない。だとしたら、あの女はなんなのだろう。わたくしの愛愛愛するあの方に、あんなにも大切に抱き抱えられ。高らかに結婚を宣言されていた。羨ましい。何もかもを手に入れてきたわたくしに、まさか羨ましいなどという感情があったことに驚きだが、その感情は確かにそこに存在した。

 生まれた時から結ばれることが決まっていたそんなデスティニー。なぜ宿命を受け入れて下さらないのか。抗う必要などないのに。わたくしは既にあの方の子を産む覚悟までできているというのに。

 キャロラインは、青い瞳、豊かな金の髪、そして豊満な肢体を再確認してから、また思った。

 

 おかしい。わたくしの方があんなチビの黒髪女より、何もかも優っている。

 

 なぜあの方はあんな女を選ぶような発言を繰り返されるのか。やっぱり当て馬にしてわたくしの愛を再確認しているだけなのでは。

 いや、それにしてはあのラインまでもが味方するような動きをする事に対して辻褄が合わなくなる。

(まさかわたくし、本当に捨てられたの?)

 そんなまさかね。という思いと、エドゥアルトの黒髪女に対する真剣な表情に感情がめちゃくちゃになる。あんな顔、わたくしはされた事ないのに。悔しい悔しい悔しい。わたくしが欲して手に入らないものなどないはず。

 なんとしても手に入れなければ。あの女は排除決定だ。

 キャロラインは真っ先に自分を可愛がってくれる兄の元へと急いだ。

 

 アルフレッドは、エドゥアルトから受けた精神的、肉体的苦痛に呻きつつ、次の打つ手を考えていた。

 可愛い妹のキャロラインが、悲嘆にくれる姿は見たくなかった。アルフレッドもまた、青い瞳に金の髪、体格にも恵まれていて、黙っていれば美丈夫なのだが、女癖も悪く、何せ品性というものに欠ける男だった。

 次第に、よるの顔を思い出し、惜しいところだったのに、あのままめちゃくちゃにしてしまえば、さぞかし愉快だっただろうと、過ぎ去りし日のあらぬ展開を妄想する。

 チビで、胸も大して無かったが、なかなかのものだった、と思い返していく。艶のある黒髪、白すぎない肌で、不思議な雰囲気を纏った女だった。エキゾチック、と言えばいいのか、普段目にする女たちにはない何かがそこにはあったと反芻してだんだん欲しくなってくる。

 と、そこへキャロラインが部屋のドアを叩いた。

「キャロライン、いいところに来たな。お兄様は考えたぞ。今度こそあの女を完全にハメて、めちゃくちゃにしてやるんだ。そうすれば、エドゥアルトだって気の迷いだったことに気づくはずだからな。」

 開口一番、キャロラインにそのことを告げると、キャロラインは、

「まあ嬉しい。お兄様はいつだってわたくしのことを可愛がってくださるわ。エドゥアルト様もそうだったら良かったのだけれど。でもまあ、そうよね。気の迷いよね。」

 ふふふ、と笑うと、キャロラインは続けた。

「異世界人だかなんだか知らないけど、わたくしの方が何もかも上だってこと、分からせてあげないといけないわよね。」

 そうだぞキャロライン、と持ち上げるアルフレッドと、キャロラインは顔を見合わせると、綺麗なハーモニーを奏でて言い放った。

『今度こそ、ぶっ潰す!!』

 不気味な高笑いが、城に響いたと言われている。

 

 

 よるは言い知れぬ悪寒を感じて周りを見渡すが、その不安はすぐに拭われる。

「どうした、よる?」

 エドゥアルトはあれ以来、よるの些細な変化も見逃さないようになっていた。護衛も増え、戦でラインとエドゥアルトが不在の時間は必ず誰かと行動するように組まれていた。それもそのはず、エドゥアルトは先日宣言したのだから。よるは未来の嫁、何かあったら誰であろうとただじゃ済まさないぞ、と言ったのと同じである。元々のエドゥアルトは冷酷なイメージが強かった配下の面々は、よるに対しては『すげー』の一言である。あのエドゥアルト王子にあんな顔させるのはよる様以外にない、流石聖女様、という見方をされていた。

 そもそもよるの存在を、聖女としてすんなりこの陣営の面々が受け入れたのは、何よりよる自身の努力の賜物なのだが、よるは特別なことをしたつもりはないため、よる自身は多少混乱している。

 よるの努力、それは療養所のシーツから始まり、傷ついたものを積極的に見て周り、分け隔てなく看護をした事によって、陣営の信頼をコツコツと築いてきた事に他ならない。そこへエドゥアルトの事故が重なり、ますますよるは信頼されるようになった。献身的な看護をひた向きにこなすよるの姿は、まさに聖女にふさわしかった、というわけだ。

 だが、それはこの陣営に限った話で、それより外の人間には、いきなり聖女って言われても、状態なのだ。それは父王も、キャロラインもアルフレッドも同じである。ましてやいきなり婚約破棄を言い渡された、キャロラインの両親が何より『はあ?』である。

 同盟国として長年付き合ってきたからこそ、美しく生まれた娘を嫁にもやろうという気持ちになったのに、顔合わせでは面子を潰され、今度は婚約破棄と来たものだ。優秀と名高いエドゥアルトを息子に迎えれられるならと、目を瞑ってきたが、さすがに今回ばかりは顔に泥を塗られすぎて、到底許すことはできない。かくなる上は同盟を破棄、と言いたいのだが、同盟破棄したところで、戦に単独で勝てる可能性は皆無だ。かといって、戦が終わるまでずるずると同盟を組み続けるのもごめんだ。どう考えても、突然現れた聖女なるものが目の上のたんこぶなのは間違いない。

「アルフレッド。」

 キャロラインとアルフレッドの母親は協議の結果、アルフレッドを呼び出すと、こう告げた。

「何をしてもいいから、聖女とやらを潰してきなさい。それが私たちへの親孝行でもあり、ひいてはあなたたち兄妹の明るい未来のためでもあるのよ。間違いは正されなければなりません。わかったら、明朝発ちなさい。」

 アルフレッドは言われなくても、という調子で、城を後にした。

 アルフレッドには兄としての矜持があった。妹を幸せにしてやりたいという矜持だ。キャロラインより五つ上のアルフレッドには忘れられない出来事があった。

 それはキャロラインが生まれて間も無い頃。生まれたばかりのキャロラインに触れようと手を伸ばしたその時だった。キャロラインがアルフレッドの指を一生懸命に握り、きゃらきゃらと笑ったのだ。アルフレッドはその時、キャロラインの幸せを生涯願うと決めたのである。

 優秀なエドゥアルトとことあるごとに比較され、陰口をどれだけ叩かれても、キャロラインだけはいつも自分の味方をしてくれた。本当に可愛い妹だ。そんな妹が、恥をかかされ、大切にされず、挙句幸せを夢見ていた未来をも潰されようとしている。黙っていられるわけがない。

(さて…。)

 アルフレッドはエドゥアルトと比較されると、そこまで頭の回る方ではなかったが、考えなしに突っ込む脳筋でもない。まずは、目を覚まさせる意味でも、エドゥアルトとライン、あの二人にちょっとお仕置きしにくか、となんとなく作戦を立てる。

 戦に乗じてちょっとしたお仕置きを『仕込む』事にした。

 ラインとセットで、というのは難しさを感じる。あの二人は絶妙にフォローし合うのだ。こういう時、どう仕込むのがいいのか。

 アルフレッドは名案を思いつき、唇の端をつり上げる。

(あの気取った王子様なら、案外こういう作戦のがいいかもな?)

 これなら、うまくいけば、一泡どころか、三泡くらい吹かせられると思うと、アルフレッドは下品な笑いが止まらなかった。

「これぐらい、キャロラインが受けた苦痛に比べたら、なあ!」

 雨の降りしきる夜空に、アルフレッドは咆哮した。

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