第一話 出会い
目が覚めると、そこは何故かテントの中だった。
いや、テントというにはあまりにも立派な、天幕、といえばいいのだろうか?雰囲気は中世ヨーロッパを思わせる意匠だ。
(こんな西洋風の死後の世界?とかあるんだ?)
ぼんやり天井を見つめながら、私はそんなことを考えていた。寝かされていたベッドの上で身じろぎをすると、突然冷たい感覚が首を襲った。
「動くな。貴様、どこの国の間者だ?」
えーと、今起きている状況を整理しよう。
知らない男の人から喉元にナイフを突きつけられている。あと明らかに私がいた国の人じゃない風貌なのに、言葉が通じてくる不思議。
(これが噂の異世界転移!?)
孤独だった私を癒してくれた唯一の友、ラノベたちがそう告げている。
いやいや待てよ、ここは地獄という線は…。
「早く答えた方が身のためだぞ、異民族め。」
しまった、声の主を無視しまくってしまっていた。
「すみません、その前に何か着るものを頂けませんか…。」
流石に私だって年頃の女の子だ。男性を目の前にして、真っ裸にされていては、命の危険よりも恥じらいの方が先に立つのは仕方がないじゃないか。
「ダメだ。あれは民族衣装か?あんな破廉恥な格好でいられるくらいなら、今の姿もそう変わりないだろう。それより何をしにきた。素直に吐いた方がいいぞ。」
破廉恥って言われても、ただの学生服(ブレザー)なのだが。何かいけなかっただろうか。
「すみません、全く話が見えません…。あなたは誰ですか?」
とりあえず冷静に問いかける。ここは慌てて暴れたりしては事を悪化させてしまいそうだ。普通の女の子なら、首元にナイフを突きつけられるなんて、パニックものなんだろうが、私は常日頃から母親なる女から刃物を向けられたりしてきたせいで慣れっこだ。
「まさか、俺を知らないだと?とぼけるのも大概にしろ。だが、いいだろう。俺はルフト王国国王の嫡男、王太子のエドゥアルトだ。さあ、俺は名乗ったぞ。次はそちらの番だ。」
やっぱり、そんな国聞いた事ない。間違いない。私は異世界に来られたのだ!人生ゼロスタートでは?
「…よる。私の名前は、よる。」
ぬか喜びしていてはいけない。とりあえずやり直せるならここから順調にスタートしなくては。ひとまず名乗ることにする。
「聞いたことのない名だ。どこの国のものだ?」
確認のため、普通に喋ってみたが、どうやら向こうにも通じているらしい。
「おそらくこことは別の世界の極東の島国です。私は学生です。間者ではありません。ここへ辿り着いたのは、全くの偶然です。よからぬ事は考えていません。」
置かれた状況を全て話したつもりだったのだが、相手は混乱の度合いを深めてしまったらしい。首に突きつけられたナイフが私の体温で少し温もりを持ってしまった頃、埒が開かないと思われたのか、ナイフはしまわれた。
「別の世界?にわかには信じがたい話だが、極東の島国とかやけに具体的だな…。とりあえず害はなさそうだから、服はやる。ただ、あの服はダメだ。これにしておけ。」
そう言ってエドゥアルトと名乗った男性は裾の長い寝巻きを寄越した。
「ライン、入ってきてもいいぞ。」
エドゥアルト王子がそう告げると、別の男性がもう一人現れた。
「王子、あの程度生ぬるいのでは?嘘のうまい間者はいくらでもいます。」
私が着替えていると、鋭い視線を送りながらラインという男性は王子に進言している。
「そうだな…。だがお前の意見も聞こうと思ってな。」
二人は話し合っている。
「よる、と言ったか。何か証拠はないのか?証拠がなければお前を拾ったとはいえ、ここへ置く事はできない。」
え、置いてくれるつもりだったの、と私の中の何かが驚きの声をあげている。私はない脳みそを振り絞って、色々話をしてみた。食べ物の話、学校や日常生活などなど。そのどれもが彼らにしてみれば驚きだったらしく、徐々にではあるが信じてくれているようだった。
「しかし、決定的証拠というものがありませんね…。」
ラインと呼ばれた男性は、王子の側近だということが窺い知れたが、その分疑い深く、はっきりと証明するものをと求めてきた。
「私の荷物の中にあるかもしれないです。」
そう告げると、ラインはより緊張の度合いを高めてしまった。
「自分の荷物の在り処を知ろうとしているのか?その手には乗らないぞ。」
そう頑なに元の荷物を隠されてしまっては、提示するものも提示できない。
「わかりました。私の荷物がどこにあるかは私に知らせなくていいので、もし四角い鏡のような物体があったら、それはここにはないと思うので、信じてくれませんか?」
王子とラインは顔を見合わせ、頷くとすぐにラインは天幕の外へと消えてしまった。
「なるほど。この世界にないものか、それは信じるしかなさそうだ。ところで、その四角い物体の名前はなんというんだ?」
そう、このアナログな感じの世界になさそうなもの、それすなわち
「スマートフォン、略してスマホです!」
私は意気揚々とエドゥアルト王子に告げた。程なくしてそれはラインから発見したと報告があり、私は信じてもらうことに成功した。
ラインは発見したので、触れたところ、急にその物体は光を発したので、高度な魔法道具だと思うと報告した。
「とびきり高級な魔法道具なのでどうかそっと寝かせておいてやってください。」
と返答した。
ちなみに、この世界には魔法というものはどこかにあると信じられているが、おとぎ話のレベルで、実際に使える人は存在しないのだそうだ。
かくして、私ことよるは、このルフト国に身を置かせてもらうことになった。エドゥアルト王子の話によると、ここは隣国との戦争の陣営のど真ん中で、森をパトロールしていたところ、私が倒れているのが発見され、ミニスカートで足丸出しがダメだったらしいところを、マントでぐるぐる巻きにして連れ帰ってきてくれたそうだ。
(なんか歴史で習ったな、そういう時代。)
足を丸出しにするなんて、裸で歩いているのと同じ、みたいな時代があったと聞いた気がする。そういうことなら、裸で尋問されてても一緒だろ、という理論は納得はしたくはないが、そういうことなんだろうと思ってしまった。
こちとら花の女子高生なんですけど。
抗議したいところだが、郷に入っては郷に従えという。元々ミニスカートにしていたのも、周りから浮かないようにというだけだったし、愛着はそこまでないので、さよならしておくことにする。
寝巻きでは外に出られないということで、この国での一般的な服をもらって、着替える。ブラとかないのが気になるところだが、贅沢は言っていられない。服が貰えるだけ御の字である。
外に出て、陣営を案内してもらう。真新しい服に身を包んだ、異国の娘に奇異の目が向けられる。目に入ってきたのは、不衛生さである。戦争の陣営ということだから、仮住まい的なものなのだろうが、負傷者が収容されているところも衛生管理が行き届いていない。薬の不足などもあるそうだが、まずはできることがあるはずだ。
私は早速行動に移す。幸い、綺麗な川が近くにあるということで、水を汲んできては、まずは病人のシーツを洗って回った。気温はそれほど暑くもなく、寒くもなくという頃合いで、この国に四季があるのかは謎だが、まだ助かった。雪の日に凍えながらこんなことをしていては、まず自分が力尽きるからである。せっかくお世話になる人々の、何か役に立てればと始めたことだが、徐々に周りの人も手伝ってくれて、話をしてくれるようになった。
傷の手当ても、散々暴力は受けてきたせいで、少しは覚えがあり、医師や看護師らしき人たちに聞きながら、手伝いをしていくようになった。
そんなこんなで数週間を過ごしていると、周りの人からはすっかり頼られるようになり、この陣営に溶け込むことができたようだ。
「ライン、あの娘、どう思う?俺は気に入ったぞ。」
よるの知らないところで、エドゥアルトとラインは密談をする。
「ええ。今の所怪しい動きはないですし。むしろ我が国にとって有益な存在となってくれていますね。」
ふっ、とエドゥアルトは鼻で笑う。
「お前がそこまで言うなんて、入れ込むなよ?」
ふっ、とラインは鼻で笑う。
「そのお言葉、そっくりそのままお返ししますよ。女嫌いとまで言われた貴方が気に入った、だなんてね。まあ、その調子で頑張ってください。せいぜい一部女子の間で騒がれている私との不穏な噂が消えることを願っていますよ。」
相変わらず皮肉屋のラインを、エドゥアルトは不快には思わない。
「さて、どう落とそうか?」
エドゥアルトは不敵な笑みを浮かべながらよるの姿を見つめていた。
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