第2話

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 わたし、倉元くらもと香菜江かなえは24歳のバリバリ社会人だ。証券会社につとめている。学生時代に、なるべく高給取りになろうと勉強を頑張ったおかげで、いいところに就職できたのかもしれない。

 自分が女の子のことを好きだと認識してから、将来、もしもいい相手と出会えたときに、やしなえるようにと思って努力したのだ。


 今こそ、むくわれるときがきたのだろうか。


 そんなことを考えながら仕事をさくっと終わらせ、優香さんの自宅へ辿り着く。これから、彼女と一緒にお買い物だ。

 

「おまたせしました、優香さん」


「お仕事おつかれさまです。香菜江さんって、スーツとっても似合っているし、お仕事もすごくできそうよね」


 ラインで仕事が終わったことを伝えると、優香さんは自宅前に出て待っていてくれた。


 しかも、開口一番にお世辞を投げかけてくれて、頬がゆるんでしまう。優しいし、吐息が届いてきて、甘ったるい。なにもかも最高級の女性なのが優香さんだ。


「え、ま、まあ……仕事といっても、簡単なものですから。今日も、本当は休みだったんですけど、確認してほしいことがあるって呼び出されちゃって。だから、仕事できるとかそんなんじゃないです」


「やっぱり、頼られてるのね香菜江さんって。仕事のできる女性って本当に素敵だわ。私なんて、子育てで手一杯で……」


「子育てのほうこそ、大変だと思いますよ。一人でそんなことができるなんて、偉いですよ、優香さん」


 聞きたいことはいくらでもあった。

 生活費や養育費は大丈夫なのか。日中、仕事はしていないのか。旦那さんとはどうなったのか……。

 どれを質問するにも、前の伴侶はんりょねたみの感情が生まれてしまいそうで、どうにか押し込んだ。


 面倒くさい女だ、わたしは。

 でも、優香さんと長い付き合いをしていれば、いずれ真相に辿り着けるだろう。前の旦那さんと関係が切れていると確信できたとき、わたしは彼女の全てを愛して、想いを告げたようと思う。


 ……がっついて質問しまくっても引かれそうだし、自然とだ。幸いにも、わたしの印象は悪くないみたいだし。ゆっくり歩んでいかねば……。


「では、スーパーまでよろしくね、香菜江さん」


 軽い雑談がすみ、最寄りのスーパーまで移動することになる。


「車、出せずにすみません」


「香菜江さんは、たくさん気遣ってくれるのね。私、そんなに頼りない感じなの? もしかして理沙も、親が一人で不安に感じちゃってるのかしら……」


「あっ、いえ、そんなことないですよ。優香さんは絶対にいいお母さんだと思います。理沙ちゃんだって、いつも安心しきった笑顔してますし」


 必死になって優香さんをフォローする。

 すると、じいっと目を見つめられた。そろそろ、わたしがやましいことを考えているのか疑っているのだろうか。いきなり買い物に付き合ったり、べた褒めばかりして、おかしい行動してるわけだし。


「香菜江さんは不思議ね。無償で私なんかに優しくしてくれて。なにか欲しいものでもあるの?」


 優香さんは、本気でそう問いかけたわけではなく、あくまで冗談っぽく、くすくすとしながら聞いてきた。

 欲しいものを問われたら、優香さん、と答えるしかないのだが。もちろん、口に出すのは時期尚早しょうそうだ。


「その、なんていうか、毎朝挨拶してくれるから……仲良くなりたいな、とは常々つねづね思っていて」


 わたしは、頬をかきながら、しどろもどろになって返事をする。

 女同士だし、この解答でも不自然なことはないと思うけど……。


 優香さんの反応を盗み見てみると――彼女は目を輝かせていた。


「私も、香菜江さんと仲良くなりたいわ。ありがとう、今日は誘ってくださって」


 さらには、両手でわたしの手を包み込むように握ってくれる。

 ……優香さんのぬくもりが伝わってくるかのような、ぽかぽかとした手のひらだ。顔が熱くなる。距離感が、近い。

 優香さんの香りに、周囲が支配されてしまったかのようだ。鼻腔びこう内は甘い匂いでいっぱいになった。


 こんなの、優香さんをさらに好きになってしまう。優香さんって誰からも好かれるタイプなんだろうな。ますます、彼女に悪い虫がつかないか心配になった。わたしも、その虫のひとつなのかもしれないが……。


 ドキドキしすぎて、どんな会話をしたのかも、忘れてしまった。わたしはべらべら喋るタイプではないし、優香さんもおしゃべりってわけではないので、騒がしくはならなかった。でも、お互いに口数が少ない、ってことにもならず、いいムードだったとは思う。

 優香さんも、ありがたいことに、わたしに興味を持ってくれているみたいだったから。質問されることが大半だったけれど、楽しい時間を過ごせた。わたしは終始、あせり気味だったけれど……。


 買い物はつつがなく進み、デート気分を満喫することができた。

 優香さんは、女性的なお買い物をする、ってわけではなく、主婦の義務的な買い物をするだけだったので、あっという間に楽しい時間は終わってしまう。といっても、荷物は両手でパンパンになるくらい買い込んだが。家族で生活するとなると、買い物も大変なんだろうな、って思った。


「あの……。よかったら、この後お茶でも……」


 買い物だけして終わり、を避けたいがために、わたしは咄嗟とっさに誘っていた。

 飢えた狼とでも思われていないか不安になる。ピュアな優香さんのことだから、女の人に襲われるなんて微塵みじんにも想像していないだろうけど。


 優香さんは腕時計に目をやり、考え込む。


「あ、お時間は取らせませんよ。理沙ちゃんが帰ってくるまでにはもちろんお開きにするつもりですし」


「香菜江さん、営業してるみたいね」


 笑われてしまった。必死すぎるの、バレバレか。顔が熱くなってしまう。


「ご、ごめんなさい。また今度、お暇なときにでも、誘い直します」


「あ。ううん、断りたいわけじゃなくって……よかったら、私の家でお茶でも出そうかと思って。香菜江さんって、クールな感じなのに、慌て方が子どもみたいで、なんだか放っておけない人ね」


 う、恥をさらしてしまっただろうか。

 子どもみたい、と形容されてしまった。こんなんじゃ、優香さんの家族を守ることなんて夢のまた夢だ。

 頼りになるところをもっと見せつけて、挽回せねば。


 それに。部屋に誘われたのだから、仕事が休みになったときよりも嬉しくて、飛び跳ねたくなる気分だった。

 優香さんの言葉ひとつで、わたしはいくらでも幸せになることができる。恋の力ってすごい。


「じゃあ、お邪魔してもよろしいですか?」


「もちろんどうぞ。面白いものは何もないけれど」


 優香さんの自宅に入れる。たくさん、優香さんのことを知ることができるチャンスだ。

 嬉しい反面、どんな営業よりも緊張する。

 元旦那の写真とか見つけてしまったら、十年くらい立ち直れなくなるかもだし……。


 行く前からヘコんでどうする!

 わたしは、自分を鼓舞こぶするためにスーツのえりを正した。

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