子持ちのお姉さんに恋したら実は◯◯だった百合の話

百合厨

第1話

******



「いってらっしゃい、理沙りさ


「は~い、ママ」


 幼稚園のバスが出発する。

 路地に残されたのは、手を振りながら娘を送り出す美女だ。


 わたしは、その女の人に釘付けだった。

 

 何分間、凝視していただろう。いや、恐らく数秒だったのだろうが、わたしにとっては、彼女を見ている時間が幸福すぎて、時すらもゆったりと感じてしまったのだ。


 わたしの視線が熱烈すぎたからか、彼女もこちらに気が付き、会釈えしゃくしてくれる。

 心臓が射抜かれた気分だ。


「おはようございます。香菜江かなえさんも、いってらっしゃい、かな?」


 ふわふわした髪型と同じく、綿わたあめのようなふわっと甘い声で挨拶までしてくれた。

 

「あ、おはようございます……。今日も元気そうでしたね、理沙ちゃん」


「ええ、元気すぎて困っちゃうくらい」


 わたしと言葉をわすと、人を疑ったことなど一度もないかのような純粋な笑みで返してくれる。

 

 彼女は、優香ゆうかさん。26歳。幼稚園に通うお子さんを持つ、シングルマザーの女性だ。本人に確認したわけではないが、旦那さんは見たことないし、周りの住人たちもそう言っている。


 わたしは……彼女に恋していた。


 彼女が子持ちだからか、はたまたわたしに勇気がないからか、想いは打ち明けられないけれど……。でも、接点など何一つなかった優香さんに、見ず知らずのわたしのことを認知してもらえるようにはなっていた。


 通勤途中に毎朝挨拶をしていただけなのに、彼女はわたしのことをきちんと覚えてくれている。優香さんのことが好きすぎるから、認知してもらえるならば、挨拶だけでは飽き足らず声をかけずにはいられないのだ。

 それが何日か続き、今では世間話だって、軽くならできるようにはなった。


 でも、お話程度じゃ満足はできない……。

 優香さんの柔らかそうなからだに触れてみたいし、抱きついて匂いもいでみたい。

 ちょっと変態な思考かもしれないが、欲望に忠実だからこそ、相手のことが本気で好きなんだ、って自信が持てる。


「優香さんは、今日はお忙しいんですか?」


「んー、そうねぇ。お掃除とお洗濯をしたら、理沙が帰ってくるまではお買い物くらいしか、することがないかも」


「じゃあ……お買い物、ご一緒してもいいですか?」


 優香さんは、わたしの申し出に一瞬おどろく。さすがに、突然すぎただろうか。友人、と呼ぶにも早い間柄なのに。

 でも、距離を詰めないことには、わたしたちの関係は変わらない。


 だが優香さんが驚いたのは、わたしの誘いにではなかったようだ。


「あら。香菜江さんは、今日、お仕事早く終わるのかしら?」


「え、ええ……。理沙ちゃんが帰って来る前には終わります。だから、お昼あたりにでも、行きませんか? 荷物くらいは持ちますよ」


 攻めすぎたかな?

 女同士だし、下心あるようには見えないよね?

 いや。むしろ、下心あると思われたほうが、意識してもらえるのかもだけど。

 ここまでグイグイいっておいて、優香さんに本当は旦那さんがいて、ただ単身赴任してるだけ、とかだったら、わたしは再起不能になるだろう。

 だけど、相手のことをもっと知るためにも、必要な一歩だった。


 わたし、優香さんのこと、本当に何も知らないのだから。


「じゃあ、ご一緒してもらおうかしら。理沙が幼稚園に入ってから、一人でいることが多くなっちゃって。お話相手、けっこう欲しいものなのよね」


 優香さんは、わたしの申し出を、まるでパーティへの招待状を受け取ったようなニコニコとした笑顔で承諾してくれた。彼女の本心なのか、気遣いなのかはわからないが。万が一気遣いだったとしたら、優香さんの人の良さは天使を越えてしまう。


 なんにせよ、一緒に買い物に行ける。わたしはひそかに拳を握り、感涙しそうになった。


「本当ですか? では、お昼ごろこちらに寄りますね。ラインもしましょうか?」


「ええ、お願いします。でも、どうして私と一緒にお買い物に?」


 優香さんとライン交換して幸せなのもつかの間、どう答えればいいか口をつぐんでしまう。下心しかありません、って愚直ぐちょくに言えるわけもなく。


「え、えっと……優香さん、ひとりでお子さん育てていて大変そうだから……。おせっかいだったら、すみません」


「そんなに大変そうに見えるかしら、私。でも、香菜江さんの心遣い、とっても嬉しい。お優しいのね、香菜江さん」


 優しくはないんだけどなあ……。優香さん、純真すぎて、わたしのことをなんにも疑っていない。

 

 それに、どうやらシングルマザーなのは確定みたいだ。にしても、優香さんのような非の打ち所のない女性をひとりにするなんて、世の男性は信じられないな。それとも、他界してしまったのだろうか。若くして未亡人なら同情したくなるけれど……嫉妬もしちゃうなあ。


「あ、わたしはそろそろお仕事に行かないと……。では、またお昼にお会いしましょう、優香さん」


「お仕事頑張ってね、香菜江さん」


 手を振って送り出してくれる優香さん。まるで、新婚気分だ。

 わたしの、理想の未来。

 優香さんと夫婦になって、理沙ちゃんだって一緒に育てる。わたしには、その覚悟があった。優香さんを幸せにできるのならば、なんだってする。家庭を築きたい。彼女との未来を実現するためにも、今日の仕事を頑張れそうだ。

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