9. 【過去回】痛くない……痛くないよ!
「き、君が娘を治してくれるのかい?」
「は、はは、はい!」
カレイの母親は大急ぎで屋敷に戻り、父親のコーンを呼び出した。
カレイの母親相手でも緊張していたのに、ガタイの良い辺境伯家当主が相手ともなれば幼ホワイトの緊張は最高潮。
このままではまともに治療など出来そうに無かった。
「楽にしたまえ。緊張で治せなかったなどとなったら悔やんでも悔やみきれぬ」
どうやらコーンもまた平民に対して特別強く当たるようなことはせず、むしろ幼ホワイトに期待しているかの様子だ。平民蔑視をしないのは元からの性格なのかもしれないが、幼ホワイトに縋ろうとしているということはそれだけ追い込まれているのだろう。
「…………う」
「カレイ!」
「カレイ!」
両親と幼ホワイトが会話をしていたら、カレイが苦しそうに顔を歪めた。
「(すぐにでも治さないと)」
残された時間は残り僅か。
そのことを突き付けられた幼ホワイトは、緊張よりも治したいという想いの方が上回った。
「大丈夫だよ。僕が治してあげるから、もう少し頑張ってね」
「…………うん」
発作は一時的なものだったようで、幼ホワイトが声をかけるとカレイは落ち着いた。
「私達は何も言わん。好きにやってくれ」
カレイの母親もそれで問題ない様子で、二人は邪魔をしないようにと幼ホワイト達から少し離れた所に移動した。
幼ホワイトはまず、カレイに目線を合わせて質問をした。
「カレイちゃん。魔力が怖い?」
「…………うん」
当然だろう。
自分の体を壊し、痛め、死に至らしめようとしている存在だ。
恐れ、憎んでしまってもおかしくはない。
「やっぱりそうだよね。でも、今だけは頑張って魔力を怖がらないで欲しいんだ」
これからその魔力を操作する必要がある。
その時に恐怖に駆られてしまうと、まともに操作できなくなってしまうのだ。
「魔力さんは、本当はカレイちゃんを元気にしてあげたいんだよ」
「…………そう…………なの?」
「うん。でも頑張りすぎちゃって、カレイちゃんの体を傷つけちゃってるんだ。だから、やり方が違うんだよって教えてあげなければダメなの」
「…………そうすれば…………治る?」
「うん」
「…………じゃあ…………がんばる」
本当は話をするのも苦しくて辛いだろう。
魔力に対する恐怖も並大抵のものではないだろう。
だがそれでもカレイは幼ホワイトを信じ、勇気を出した。
「(絶対に治す!)」
そしてその勇気こそが、幼ホワイトをよりやる気にさせたのだった。
「カレイちゃん。魔力が体の中の何処にあるのかって知ってる?」
「…………うん。ここ」
カレイが震える手で指さしたのは、胸とお腹の境目辺り。
病気の治療をするにあたり、魔力に関する知識は嫌でも覚えてしまったのだった。
「そう、そこに魔力がこんな感じで溜まってるんだ」
「…………ボール?」
ホワイトは先ほどの水球を再び生成させて魔力に見立てた。
今度は最初から中に水が詰まっている。
「そしてこれを体の中からお腹の前あたりに取り出すことが出来るんだよ」
「…………え?」
「そのためには魔力を動かさなきゃダメなんだけど、魔力の動かし方って分かる?」
「…………ううん」
「それならまず僕がカレイちゃんの体に魔力を少し流してみるね。流した魔力はお腹に溜まらないですぐに消えちゃうから気にしないで。手を触っても良い?」
「うん」
何故か最後の質問だけ即答だったが、治療に必死の幼ホワイトは気付いていなかった。
「…………あたたかい」
幼ホワイトが触れている手のひらから二の腕付近までを、温かな何かが巡回しているのを感じ取れた。
「どう? これが魔力が動く感じだよ」
「…………何となく…………分かった」
どうやら感覚は掴めたようだ。
「じゃあ次に、自分の魔力は分かる?」
「…………うん…………お腹で…………暴れてる」
「それをさっき僕が腕に流したような感じで、お腹の外に動かしてみよう」
「…………やってみる」
「魔力が溜まっているボールを取り出すような感じだよ」
「…………うん」
カレイは幼ホワイトの手をきゅっと力無く握ると、体内の魔力を動かそうと集中し始めた。
病気を治すためには、この魔力ボールの取り出しが出来なければならない。
しかし口で説明し、魔力の動きを感じてもらったところで簡単に出来るものではない。
色々な切り口で何度も説明してチャレンジしてもらわなければならない。
そう幼ホワイトは考えていた。
例え失敗して失敗して失敗して失敗しても、絶対にあきらめずにカレイを助けるのだと大好きな星空に誓っていた。しかし。
「…………でき…………た?」
「……う、うん。成功だね」
まさかの一発成功に、幼ホワイトは驚きを隠せなかった。
「(病気で魔力を常に感じていたから、イメージしやすかったのかな)」
体の中で何かが暴れまわっている感覚を常に味わい苦しみ続けて来たのだ。
その存在は文字通り痛い位に理解していて、それを操作するということもまた理解しやすかったのかもしれない。
「…………なんか…………怖い」
「大丈夫、怖がらないで」
取り出した魔力のボールは、いまにもはちきれそうなほどにパンパンで、これが弾けることが自分の命が終わる時なのだとカレイは直感的に分かってしまい、押さえつけていた恐怖が蘇ってしまったのだろう。
幼ホワイトはカレイに握られた手を優しく握り返しながら言葉を紡ぐ。
「魔力さんも苦しんでいるんだ。だから助けてあげよう」
「…………うん」
カレイは魔力ボールから目を逸らし、幼ホワイトを見た。
そして彼の優しい微笑みを受けて、ほんのりと頬を染めて落ち着くのであった。
「それじゃあ次はこれを見てごらん」
幼ホワイトは魔法の水球をカレイの目の前に移動させ、ボールの上下に左右それぞれの人差し指を添えた。
「ゆっくりやるからね」
人差し指を同時に水球にめり込ませ、ゆっくりと中央に向けて進めて行く。
すると水球の上下が押されて凹み、やがて人差し指が中央で合流すると、水球は割れて消滅することなく左右二つに分割された。
「魔力もこれと同じで、二つに分けることが出来るんだ」
「…………壊れない?」
「大丈夫。絶対壊れないから安心して」
「……………………うん」
いつもよりも返事までの時間が遅かった。
おそらくは今までで一番怖がっているのだろう。
瞳も明らかに不安で揺れている。
幼ホワイトは両手でカレイの手を優しく包み、穏やかな声色で落ち着かせようと試みる
「僕を信じて」
「…………………………………………うん」
「(あれぇ?)」
先ほどまでよりも反応が鈍くなったから励まし失敗だったかと思ったけれど、瞳の揺れや不安そうな雰囲気は消えている。その代わりに顔がより赤くなっていて、まだ鈍い頃の幼ホワイトにはその反応の意味が分かっていなかった。
とりあえず大丈夫そうなのかなと思い、説明を続けることにした。
「僕みたいに手は使わなくても大丈夫だからね。イメージすれば出来るから」
「…………うん…………やる」
カレイは小さく息を吐き、魔力ボールを見て集中を始めた。
すると徐々に魔力ボールの上下が凹み始める。
それと同時に幼ホワイトが握った手が震え始めた。
「頑張れ」
しかしそう優しく告げると、震えはすぐに治まった。
ゆっくり、しかし着実に魔力ボールは変形してゆく。
そうしてどれだけの時間が経ったのだろうか。
「あ」
カレイの小さくて可愛らしい声を合図に、魔力ボールは二つに分かれたのだった。
分かれた魔力ボールは一つだった頃の魔力ボールと比べて半分程度の大きさになっている。
「…………成功…………したの?」
「うん、そうだよ。おめでとう。頑張ったね。これで魔力さんは暴れなくなったよ」
これから魔力が増えたとしても、小さくなった魔力ボールが元の大きさになるまでは問題なくスクスクと成長するだろう。そしてそうなったらまた分割をすれば良い。
これで魔力が増えすぎて魔力ボールが破裂する過剰魔力症は改善出来た。
だがやるべきことはまだこれで終わりではない。
「…………でも…………これ…………どうするの?」
分割した魔力ボール。
出来れば自分の身体を蝕んできたそれを、出来ることなら捨ててしまいたい。
でもそれは出来ないとカレイは本能的に分かっていた。
それどころか、その魔力ボールを体内に戻さなければならないとも気付いていた。
「まずは選ぶんだ」
「…………選ぶ?」
「そう、どっちの魔力ボールを使うかをね。ほら見てごらん、二つのボールだけれど、片方は元々の属性と違っているのが分かる?」
分割した魔力ボールの片方は、新たな属性を纏うようになるのである。
「…………水?」
「これからは選んだ方の魔法が使えるようになるんだよ。もちろん、選ばなかった方も消えなくて、後で選びなおすことが出来るから安心してね」
カレイはチラっと宙に浮かんだ幼ホワイトの水球を見た。
「…………じゃあ水」
すると選んだ方の魔力ボールが体の正面に移動した。
「選んだら魔力さんを体の中に戻してごらん。大丈夫、もう痛くならないから」
「…………うん」
自分を苛んでいた魔力をまた体の中に戻すのは怖い。
だが幼ホワイトが大丈夫と言うのなら、今のカレイにとってそんな怖さなど大したことでは無かった。
「…………ん」
目を瞑り、思いっきり二つの魔力ボールを体の中に戻し入れた。
「どう?」
幼ホワイトが優しく聞いてくる。
「…………痛く…………ない」
眠ることすらもままならない全身の痛みが。
体内が爆発してしまうのではと思えるくらいの熱が。
命が確実に削られていると感じてしまうほどの怠さが。
完全に消えていた。
呼吸が楽で、体を動かすのも楽で、体の中身が全く別の何かに入れ替わったかのような感覚。
「痛くない!痛くない!痛くない!」
ほろり、と涙が零れる。
感極まり、思わず立ち上がって幼ホワイトに抱き着こうとするが、長らく歩いていなかった影響から足に力が入らずよろけてしまう。
それを幼ホワイトが支えてあげる。
「カレイ!」
「カレイ!」
それを見た両親が慌てて駆け付けた。
「お父様!お母様!痛くない!痛くないよ!治った…治ったようわああああああああん!」
「カレイ!」
「ああ……カレイ!カレイ!カレイ!」
カレイは幼ホワイトから離れ、両親と抱き合った。
人目を憚らず涙を流し、喜びを分かち合う親子の姿を見た幼ホワイトは、治療をして本当に良かったともらい泣きするのであった。
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