10. 欲に任せて勝手なことをすると失敗する典型的な例だね

 初授業を終えたホワイトは、学園内の小部屋に移動した。

 部屋の中にはホワイトの他に、妹の魔力過剰症が完治しないから助けて欲しいと訴え出た少年、アスパラ・ガスと、クロ学園長がいる。


「もう一度、アスパラ君の妹さんの症状について教えてくれるかな」

「はい。日常生活は出来るのですが、酷く怠くて食欲も無く、魔力を使おうとすると体中が痛む時があるそうなんです」

「それって魔力を分けた時からずっと?」

「はい」

「魔力過剰症以外の病気の可能性は?」

「調べてもらいましたが、体は健康そのものでした」

「(これじゃあ教師じゃなくて医者だな)」


 治療のための問診をしている様子が、教師らしくないなとなんとなく気になってしまったホワイトであった。


「実はのぅ。彼の妹さんような症状が世界中に広がっているのじゃ」

「そうなんですか?」

「うむ。そのせいでリング・コマンドの普及があまり進んでおらんのじゃよ」

「危険があるかもしれないと思われているってことですね」


 魔力過剰症を治すための魔力分割は、リング・コマンドに必須の手法だ。

 ただでさえ未知の理論だ。

 問題が起こり得ると聞いて、使いたくないと思う人はそれなりに多いだろう。


「(おかしいな。そんな症状になるはずがないのに。それとも何か私が知らない問題があるのだろうか)」


 色々と可能性を頭の中で巡らせてみるが、どうしてもピンと来ない。

 そこでもう少し詳しく話を聞いてみることにした。


「具体的にどうやって魔力分割をしたか、教えてください」

「はい、まずは……」


 アスパラは妹が実施した魔力分割のやり方について細かく説明してくれた。

 それは幼ホワイトがカレイ・スープに対して処置したのとは別の、もう一つのやり方だった。

 ホワイトは魔力分割のやり方について二通りの方法を考え、四大辺境伯がそれを広めていた。


「(やり方は問題ないな。う~ん、分からない)」


 だがやり方が違ったとしても、問題が起きる理由がホワイトにはどうしても分からなかった。


「(実際に魔力の状態を見るしかないかな)」


 問題解決のためにはアスパラの妹の状態を生で確認するしかないだろう。

 そう決断する前にふと気になることがあった。


「そういえば、アスパラ君も魔力分割をやったの?」

「はい」


 魔力分割は本来、病気の治療では無くリング・コマンドを利用するために行うものだ。

 カレイが火と水の魔法を使えるようになったように、魔力を分割すると新しい属性の魔法を使えるようになる。そのため、病気にかかっていないアスパラも、使える魔法の種類を増やすために魔力分割をしていると考えた。


「でも、体調は悪くない、と」

「…………はい」


 兄妹で同じことをしているにも関わらず妹だけが調子が悪い。

 もちろん、妹だけが魔力過剰症を発症していたように、兄妹だからといって全く同じ体質とは限らない。とはいえ、そもそもやり方に問題があるのなら、兄妹の両方とも問題が発生してもおかしくは無いと考えたのだ。


 だがアスパラは問題ないと言う。

 ただしその答えにはわずかな間があった。


「何か気になることでもあるの? 些細なことでも良いから教えてくれないかな」

「いえ、その、魔力分割前よりも、魔法をスムーズに発動できなくなったような気がして。あ、気のせいだと思います。きっと俺がまだリング・コマンドを使いこなせていないだけです」

「(魔法をスムーズに発動できない?そんな馬鹿な)」


 新しい属性の魔法を使い慣れないというならまだしも、これまで使っていた属性の魔法は今まで通り使える筈だ。魔力分割前後で使用感が変わってしまうなんてことはありえない。


「(やっぱり何かやり方が間違ってるんじゃないかな)」


 とはいえ、どのように間違えればこのような症状になるのか見当もつかない。


「アスパラ君の魔力を少し確認しても良い?」

「は、はい」


 彼の手を取り、体内の魔力を感じ取る。


「(彼の魔力は二つ。一つは【草原】。レア属性じゃないか。こっちが元の属性なのかな。そしてもう一つは……【水】?)」


 確かにそれは【水】属性で間違いが無い。

 しかし何処かおかしい。何か違和感がある。


 その原因をホワイトは念入りに調査する。


「(……………………【水】属性の魔力の周囲に僅かに【土】属性の気配がある。【草原】の魔力にも少し絡みついてるな。これが彼の魔法発動を邪魔してるんだ。でもどうしてこんなことに?)」


 まるで【土】属性の魔力が存在をアピールしているかのようにホワイトには見えた。


「アスパラ君。【土】属性の魔力に心当たり無い?」

「…………」


 アスパラはその問いに、視線を逸らして気まずそうにしてしまった。

 何かあると言っているようなものだ。

 しかも後ろめたくなるようなことを。


「ふぉっふぉっふぉっ、やはりそういうことかのう」

「学園長?」


 どうやら学園長はアスパラが何をしでかしたのか、思い当たることがあるらしい。


「君、強制属性変換をやったじゃろ」

「っ!」

「強制属性変換?」


 ホワイトが聞いたことが無い単語だった。

 しかも嫌な予感しかしない単語だった。


「ごめんなさい! 俺……どうしても便利な属性が欲しくてっ……!」

「つまり妹さんも?」

「はい。妹にも【水】属性は便利だからって……本当は【砂漠】属性だったのに……」

「(妹さんもレア属性じゃないか! なんて兄妹だ。でも、どういうことだ。これじゃあまるで【属性】を自分で変えたかのようではないか)」


 それはホワイトが知らないこと。

 魔力分割が世の中で知られ、多くの人が試す中で不幸にも誰かが気付いてしまった手法。


「魔力を分割した直後、欲しい属性を強く願うと、新しい属性が願った属性になってくれるという話があるのじゃ」

「は? でも分割した直後にどの属性か分かりますよね?」

「うむ。じゃがすぐに願えば変わってくれることを見つけた人がおったのじゃ」

「いやいやいや、それはダメでしょ。そりゃあまだ魔力の質が不安定な時だから強いイメージを送れば属性が変わるかもしれないですが、そもそもその人にふさわしい属性が選ばれるようになってるんですよ。それを強引に変えちゃったら、元々発現する予定だった属性が暴走して……ああ、だからアスパラ君の魔力はあんな感じになってたのか……」


 本来使えるようになっているはずの【土】属性の魔力が、俺を出せと、お前は違うと、強引に発現した【水】属性の魔力を押しのけて前に出ようとしていたのだ。列になって順番待ちしていたのに、突然横入りされて怒っているようなものだった。


「だから強制属性変換は止めた方が良いと言われておるのに」

「ごめんなさい……うううう……」


 自分がやったことが間違っていたと指摘され、罪悪感で泣き出してしまった。


「彼のように欲望に負けて欲しい属性を願ってしまう者が後を絶たないのじゃ」

「でもそれって私が言わなくても原因に気付いている人っていますよね。学園長みたいに」


 不調を訴えている人は漏れなく強制属性変換をやっているのだから、因果関係を疑うことはリング・コマンドについて無知でも可能だ。


「そうなのじゃが、発症しないことがあるのが厄介でのう。強制属性変換が原因なのか確実で無いからと、中々止めてもらえんのじゃ」

「なるほど。恐らくですが、その人が得意とする属性に変えたのなら症状は緩いのでしょう。例えばアスパラ君は【土】属性【水】属性の順番で発現する流れを逆にした程度だから症状が緩かった。でも妹さんは【水】属性が不得意で覚えるのがかなり後だったから、その間の全ての属性が暴走して症状が酷くなっているのでしょう」


 列に並んでいる時、前後が入れ替わっただけならば怒る人は後ろに替わった人だけだが、最後尾に並ぼうとしている人が先頭に割り込んできたら、並んでいる人全員が怒り出してしまう。アスパラの妹は割り込まれた属性達が激怒し、その影響で体に不調をきたしているのだ。


「今の話、ライス殿の言葉として広めても構わないじゃろうか」

「構いませんが、効果があるのでしょうか」

「ワシら有象無象が言うよりかは説得力があるじゃろ。尤も、それでもやってしまう人は少なからずいうじゃろうがな」

「人の欲望ですか……」

「うむ」


 ダメだと言われても、自分だけは大丈夫かもしれないとありもしない望みを抱いてやってしまう。

 どうしても欲しいものが目の前にある時、その欲を抑えられない人はいつの世にも一定数いるものだ。


「あの……先生」

「何かな?」


 泣き止んだアスパラが恐る恐るホワイトに声をかけた。


「正しいやり方をしなかった俺達が悪いのは分かってます。でも、恥を忍んでお願いします。どうか妹を治してやれないでしょうか。せっかく魔力過剰症が治ったと思ったら、まだ苦しまなきゃならない妹を見るのはもう……」

「う~ん」


 ホワイトとしては別にアスパラ兄妹が悪いことをしたという印象は無かった。

 学園長などの権威ある大人達が止めるべきだと言っているのに願ってしまったことは確かに失敗だったかもしれないが、自分が欲しい属性を手に入れたいと願うのは自然な気持ちだとも思っていたからだ。


 それゆえ治療することに抵抗感は全くない。

 問題はどうすれば治療できるかだ。


「(アスパラ君の場合は簡単だ。今のまま魔力を育ててもう一度魔力分割をすれば【土】魔法が発現して自然な形になる。でも妹さんの場合はそれを待つ余裕はない)」


 本来の予定では、【水】魔法が発現するまでの間に、いくつ属性が用意されているのか分からない。

 もしかしたらどうあがいても【水】魔法が発現しない予定だった可能性すらある。


「(だとすると方法はアレしかないか。でもデメリットが分からない)」


 一つだけ思い浮かんだ解決案。

 しかしそれを実行した結果、何が起きるかはホワイトにすら分からない。


 ホワイトはしばらく悩んだ結果、アスパラに決断を委ねることにした。


「もしかしたら治療出来るかもしれない」

「本当ですか!?」

「でもその結果、何が起きるか分からないんだ」

「どういう意味でしょうか?」

「体内での魔力の暴走は治まるはず。でも、もしかしたらこの先魔法が使えなくなるかもしれない。魔力が成長しなくなるかもしれない。あるいは何事も無く正常になるかもしれない。やったことが無いからどうなるか分からないんだ」

「それは……」


 だがもしやらなければ、アスパラの妹は延々と苦しみ続けることに間違いはない。


「お願いします。どうすれば良いか教えてください」

「本当に良いの?」

「はい、妹も体が治るならば魔法が使えなくても構わないと常日頃から漏らしてます。普通に人として生きられるだけで、それだけで……」

「(それじゃあ困るんだよね。魔法を使ってもらわないと)」


 人々が魔法を使えば強力な魔物の発生と引き換えに世界が豊かになる。

 だからホワイトがその魔物を駆逐してしまえば、世界は豊かになる一方だ。


 その未来をホワイトは望み、そして託されている・・・・・・


「分かった。教えるよ。ポイントは間違った属性の魔力をリング・コマンドから消し去ること」

「え?」

「無かったことにすれば、何も不都合はないでしょ」


 行列に割り込みした属性を取り除く。

 そうすれば行列は元通りで並んでいた人達の怒りも治まるだろう。


 だがそれはあくまでも理屈上の話で、強引に魔力を消し去った場合に何が起こるか分からなかった。


「そんなことが出来るのですか?」

「出来るよ。意味が無いからやったことないけどね」


 保持できる属性の数に制限があるなどの理由があれば意味はあるかもしれないけれど、今のところ削除するメリットは見つかっていない。


「詳しいやり方を教えるね。まず……」


 この結果、魔力削除後およそ一週間は魔力の操作が不可能になるものの、その後は正常に戻ることが判明した。これにより強制属性変換という失敗で苦しむ世界中の多くの人が救われ、ホワイトの名声が劇的に向上するのであった。

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