7. ホワイトの実力

「な~んて脅しましたけれど、皆さんは気にしなくて良いですよ」


 真剣な雰囲気から一転して朗らかに笑うホワイトの様子に、生徒やオーディエンスは呆気に取られてしまった。


「この地域では私が魔物を倒しますから。むしろ沢山魔法を使って魔物出現のペースを上げてくれると助かります」


 一帯を浄化して魔物が出現しなくなったとなれば、ホワイトの名声はより高まり、人類の守護者として信頼されるようになるだろう。


 もちろんそのために勝てるかどうかも分からない強力な魔物を出現させるのは人々を危険に晒す行為になる。だがホワイトに限ってはその点について抜かりは無かった。


「すでに私は浄化した経験がありますから、安心して任せてくださいね」


 魔物を倒しきった経験が既にあり、今の自分ならばその時以上に強い魔物が出て来ても安定して倒せるからだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 しかし生徒達の表情は全く晴れる様子が無い。


 それもそのはず、彼らはホワイトの実力を知らないのだから。

 いくら浄化の経験があると言われても、それが真実かどうか分からないし実感も湧かないだろう。


「う~ん、危機感を持ってもらえたのは助かりますが、このままだと授業になりませんね……」


 リング・コマンドについての情報が四大辺境伯経由で世の中に公開されたことは喜ばしいことだが、それをきっかけに強力な魔物が出現して世界が混乱に陥るのはホワイトの望むところではない。そのために、魔法を使いすぎることの危険性を先に伝えたのだが、その効果がありすぎてリング・コマンドに対する学習意欲までも低下してしまった。


 このままではリング・コマンドの普及、そして魔物完全駆逐による名声を得るには時間がかかってしまうだろう。


「ふぉっふぉっふぉっ、それなら予定を変更して模擬戦をしてみてはどうじゃ?」

「学園長?」


 確かに実力を知るには模擬戦は良い案だろう。

 ただ、ホワイトの実力を証明できるほどの対戦相手を用意出来るのだろうか。


「しかしここの生徒や教師では相手にならぬじゃろう。そこで、じゃ。ワシが生み出す魔法生物を相手にするというのはいかがじゃろうか」

「学園長の魔法生物!?」

「伝説の魔法を見られるのか!?」

「ここに来て良かったぁ……」


 途端に教室内がざわめきだす。


「(有名なのかな?)」


 有名どころではない。

 サンベール魔法学園のクロ学園長。


 彼が得意とする魔法は、魔力を用いた魔法生物の生成。

 その攻撃力はすさまじく、弱い魔物など一瞬にして消滅させられる。


 魔法無効の相手で無ければ、最強の対魔物兵器とすら言われているのだ。


 人が生身で立ち向かう相手では無い。

 流石に無茶だろう。


 そんな囁きをよそに、彼らは外の訓練場へと場所を移したのであった。


ーーーーーーーー


「それじゃやるぞい」


 クロ学園長が魔法を発動すると、目の前に巨大な魔力の塊が生成される。

 そしてそれは徐々に形を変え、地を這う大トカゲ、グリューと呼ばれる魔物の姿を取ったのだった。


「おお……」

「いつ見てもすばらしい」

「あれに人が勝てるのか?」

「怖い……」


 その魔法を知っている人は思い出すように感嘆し、初めて見る生徒はあまりの迫力に恐怖した。


「(これは凄いな。もっと練習すれば本物を生み出せそうだ)」


 残念ながら輪郭が曖昧で実体化出来るレベルではない。

 しかし、見上げるほどに巨大な魔力体を生物として運用すること自体が凄まじい技術であり、ホワイトでも同じことが出来るかどうか分からなかった。


「ふぉっふぉっふぉっ、準備は良いかのう?」

「はい」


 ホワイトは短剣を逆手に持ち、右足を少しだけ前に出して腰を落とした。


「ではいくぞい」


 魔力グリューもどきが、体当たりをしようと巨体に見合わぬスピードで突撃してくる。

 ホワイトもまた、飛ぶように相手に向かっていった。


「速い!」


 誰かが叫んだ時にはもう、ホワイトは魔力グリューもどきの脇を抜けて背後に回っていた。

 もちろんすれ違い様に掠めるように一撃を入れている。


 そしてそのままホワイトは目の前の宙を蹴り・・・・反転して再度グリューもどきに肉薄する。

 今度は反対側の脇を斬りつけながら通り抜けると、またしても宙を蹴って反転し、今度は首元を狙って飛んだ。


 グリューもどきの周囲を縦横無尽に飛び回り、無数の傷をつけて行く。

 宙を蹴り、宙を蹴り、更に宙を蹴り、蹴れば蹴るほどにスピードがあがり、グリューもどきは狙いを定めて反撃することも出来ず為すがままだ。


「ふぉっふぉっふぉっ、風魔法で空気の渦を生み出し、そこを壁に見立てて反転しているようじゃの」

「そのようなことが可能なのですか!?」

「可能も何も、目の前で実際にやっておるじゃろ」


 それが見えていてもなお信じられず疑問を口にしてしまう。

 それほどまでにホワイトの魔法と攻撃技術は現実離れしたものだった。


「皆の者、良く見るのじゃ。大事なのは魔法ではない。あの程度の魔法など、出来ると分かれば誰だって可能じゃ」


 要は発想力の問題だ。

 風魔法の使い方としては特殊であるが、特に難しい技術が必要なものではない。

 ゆえにやり方さえ知ってしまえば再現できる人は多いだろう。


 問題は魔法以外のところにある。


「あれだけのスピードで壁にぶつかり即座に反転するなど、並大抵の脚力ではない。それに、超高速で飛び回っているにもかかわらず、相手を短剣で斬りつけやすい絶妙な位置に飛んでおる。なんという体術じゃ」


 しかもホワイトの顔にはまだまだ余裕がある。

 この程度は彼の全力に程遠いということだろう。


 眼で追うのもやっとなスピードでグリューを蹂躙していたホワイトが、ついに地面を滑るように着地した。そしてグリューに背を向けたまま短剣をくるりと一回転させてから地面に投げつけて刺すと、それと同時にグリューの巨体が霧散するのであった。


「(ちょっと格好つけすぎだったかな?)」


 男女問わず黄色い溜息がそこら中で漏れているところから、どうやらスベってはいなかったらしい。


「ふぉっふぉっふぉっ、流石じゃのう。先日はロングソードを使っておったが、得意なのは短剣じゃったか」

「いえ、短剣は一番苦手です」

「ふぉ?」

「いずれ、得意な武器をお見せできる時が来るかと」


 あの人外の動きによる技を放てて不得意なのかとその場の誰もが驚いていた。


「(あれって一撃のダメージは小さいし当てるのめんどうだし、実践だと使いどころがあまり無いんだよね)」


 それなら何故あの技を使ったのか。


「(派手な技の方が強そうに見えるかと思ってやってみたけれど、その技使えねー! なんて言われなくて良かった)」


 なんとなく凄そうに見える技を使って強さを納得してもらいたかっただけであった。


「では学園長、次をお願いします」

「まだやるのかい?」

「はい、今度は魔法の腕をお見せしようと思いまして。ほら、物理無効の魔物が出てくるかもしれないじゃないですか」

「なるほど。確かにそうじゃな」


 どれだけ武術に優れていても、効かなければ意味が無い。

 それゆえ武術も魔法も優れていると証明することで、どんな強い魔物が出て来ても大丈夫だと安心してもらえる理由になると思ったのだ。


「しかし大丈夫かのう。自分で言うのもなんじゃが、ワシの魔法はかなりの魔力を消費するんじゃ。周囲の魔物が強化されてしまわないかのう」

「それは大丈夫です。何故か分からないのですが、一人が大量に魔法を使ってもあまり効果が無いんです。多くの人がそれなりに使う方が圧倒的に魔物強化の可能性が高まるのです」

「ふむ。それなら安心して魔法を使えるわい」


 ホワイトの知識には完璧ではなく曖昧なものもある。

 それらの謎を解き明かすのも自分の使命だとホワイトは考えていた。


「それでは今度は数を用意して頂いてもよろしいでしょうか」

「数じゃな。承知した」


 クロ学園長が魔力を練ると、今度はホワイトの周囲に百体近くの魔物もどきが生成された。


「あれは巨鬼グリーブ?」

白狼ラウリィもいるぞ!」

蛇王スナイレンジがあんなに……」


 その全てが強い魔物として有名なものであり、オーディエンス達が再びざわめきだした。


「ふぉっふぉっふぉっ、それじゃあいくぞい」


 ホワイトを囲む魔物もどき達が、一斉にホワイトに向かって襲い掛かる。

 しかしホワイトは全く焦る様子が無く、冷静に防御魔法を発動した。


魔法障壁シールド


 空間に不可視の盾を生成する、最も単純で良く使われる防御魔法だ。

 それをホワイトは自分の体をドーム状に覆うように複数生成した。


「おお、びくともしない!」

「なんて強度なんだ!」


 魔物もどき達が次々と襲い掛かるが、その全てが魔法障壁に跳ね返される。

 障壁を壊すどころかヒビが入る気配すらない。


「それでは皆さん、ゆっくりやりますので良く見ていてくださいね」


 障壁の中で笑顔を浮かべながら注目しろとホワイトは言う。


風嵐トルネード


 ホワイトが魔法を唱えると、彼を中心に天まで昇る巨大な竜巻が発生した。

 それだけでも十分に派手なのだが、ホワイトの本当の狙いはここからだった。


氷嵐アイストルネード


 竜巻の中で大粒の氷が発生して高速で回転を始めた。


炎嵐ファイアトルネード


 今度は炎の大玉が発生してこれまた高速で回転を始める。


岩嵐ロックトルネード


 岩石が生成され、竜巻の中を泳ぎ出す。


雷嵐サンダートルネード光嵐ライトニングトルネード闇嵐シャドウトルネード


 雷が、光球が、闇球が、竜巻の中で暴れている。


 数多の属性を複合した巨大な竜巻。


「この世の終わりだ……」


 世界の全てを破壊し尽くすのではと思えるほどの威圧感が、見ている者達を恐怖させた。

 そんなオーディエンスの様子など素知らぬ顔で、ホワイトは極大竜巻魔法を完成させる。


解き放てリリース


 合図とともに、竜巻が徐々に大きくなり魔物もどき達を飲み込んで行く。


「うわああああああああ!」

「逃げろおおおおおおお!」

「いやああああああああ!」


 このままでは自分達もあの竜巻に飲み込まれてしまうのではないか。

 その恐怖に駆られたオーディエンス達がパニックになり逃げだそうとする。


「はい、終了」


 しかしその直前、魔物もどきを全滅させたことでホワイトはあっさりと竜巻を消し去り、辺りは何事も無かったかのように凪いでいた。


「どうだった? これで安心してもらえたかな?」


 ホワイトの問いに、恐怖に支配された彼らが答えることが出来るはずもなかった。


 実力を示すことは出来たが、その結果として怯えられてしまった。

 それはホワイトにとってマイナスの出来事であるはずだ。


 何故ならば『恐怖』は真の『信頼』にはつながらないから。


 英雄がその力を恐れた民衆に迫害されるなど、どこの世界にもある話だ。


「(後で怖がられるくらいなら、今の方がマシだからね)」


 だがホワイトは敢えて彼らに恐怖を植え付けた。

 それは『信頼』が『恐怖』で塗り替わるよりも、『恐怖』を『信頼』に変える方が気が楽だったからだ。


 つまりは、せっかく頑張って『信頼』を得たのにやっぱり『怖い』から嫌い、だなんて言われたらショックだからそうならないように手を打とう、という話である。


「ふぉっふぉっふぉっ、流石じゃのう」

「いえいえ、お粗末様でした」


 だがクロ学園長はホワイトに対して恐怖を抱いていなかった。

 良く見ると他にも平常心を保っている教師が何人もいる様子だ。


 学園長はホワイトに近づくと声を潜めて確認した。


「それで、あの魔法で魔物を駆逐出来るのかの?」

「無理でしょうね」

「ふぉっふぉっふぉっ、やはりそうじゃったか」

「派手なだけですもの。学園長にも出来ますよね」

「ワシが? そうじゃの、出来るかもしれぬが試したいとは思わぬのう」

「実用性皆無ですものね」

「なぁに。ハッタリには使えるじゃろう。貴殿がそうしたようにな」

「あはは、確かに」

「ふぉっふぉっふぉっ」


 巨大な竜巻がただ派手なだけで威力が伴っていないものであると、魔法に詳しい人なら見破れていたのだ。


 ホワイトの目的は、あくまでも強そうに見せて強い魔物を倒せると信じてもらうことだ。

 そのために見た目が派手な魔法を選んだのだった。


 それに真実を見破った人にとっても、多くの属性を使いこなせていることくらいはアピール出来ただろう。


「かなり時間がかかってしまいましたし、今日の授業はとりあえずここまでですかね」

 

 リング・コマンドの説明まで入れなかったが仕方ないだろう。

 それに恐怖している生徒達は冷静になって考える時間が必要だろう。


「それじゃあ今日の授業は終了します」


 ホワイトの初授業はここまで。

 各自解散。


 そう声をかけようとした時。


「先生!」


 生徒の一人、これまで授業では一言もしゃべらなかった男子が、声をかけてきた。


「(へぇ、怖がってないなんてやるなぁ)」


 ホワイトのことを尊敬しかけていたチーズでさえも恐怖で体を震わせているのに、その男子生徒は平然としていた。


「お願いです! リング・コマンドについて教えてください!」

「え? でも、授業が結構長くなっちゃったし」

「お願いします! お願いします! お願いします!」

「ちょっとちょっと、困ったなぁ」


 断ろうとすると、物凄い勢いで頭を下げられてしまい、どうしたものかと悩んでしまう。


 これがオーディエンスの教師陣が相手であれば容赦なく追い返すのであるが、相手は生徒でしかも何か訳アリなのではと思えるくらい必死に頼み込んでいる。


 とりあえずホワイトは話を聞いてみることにした。


「どうしてそんなに慌てて知りたがっているの?」


 すると男子生徒は泣きそうな顔になってこう告げたのだった。


「妹が過剰魔力症で、リング・コマンドを練習して少しは回復したのですが、まだ完治しなくて時折苦しそうにしているんです……」

「そういうことでしたか」


 過剰魔力症。

 その病気はホワイトにとって、とても印象深いものであった。


「(思えばその病気こそが、皆との出会いのきっかけだったな)」


 目の前の少年の話を聞き、ホワイトはターニングポイントとなったあの時のことを思い出した。

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