6. あげておとす
「デモンストレーションはここまでにして、授業に入りましょうか」
チーズへの指導の成果か、生徒達は全員が目をキラキラさせている。
これから自分も同じように才能が開花するのではと期待に満ち溢れているようで、ホワイトはその様子にとても満足していた。
「私の授業は『リング・コマンド論』と名前が付けられていますが、実際は三つの内容で構成されます」
本題に入る前に、授業の内容について改めて説明する。
「『魔法論』『リング・コマンド概論』『リング・コマンド応用』の三つで、最初は『魔法論』から勉強してもらう予定なのですが……リング・コマンドも期待されているようですし、今日は少しだけ『リング・コマンド概論』にも触れましょうか」
途端に教室内がワッと沸いた。
ホワイトが予想していた通り、生徒達やオーディエンスはリング・コマンドについてかなり知りたがっていたようだ。
せっかく掴みに成功したのだから、このままリング・コマンドについて説明して喜んで貰いたいところだが、魔法論を理解しているのとしていないのでは、リング・コマンドの扱いやすさに大きな差が出てしまう。
そして何よりも『魔法論』の中では絶対に世界に周知しなければならない重大事項が含まれているのだ。お誂え向きに学園長達もオーディエンスとして参加しているわけであるし、『魔法論』を説明しない訳には行かなかった。
「それではまず皆さんに質問です。『魔法』とは何ですか?」
その質問に一斉に手が挙がった。
オーディエンスも手を挙げているが無視に決まっている。
「それじゃあ前から二列目の、おさげが似合う君」
「はい! キャラメルと言います!」
「ではキャラメルさん。答えをどうぞ」
「魔法は魔力を使って現象を生成することです!」
「はい、良くできました」
「えへへ」
褒められたことでキャラメルは小さなおさげを左右に揺らして喜んだ。
隣の男子がその可愛さに少し見惚れていたが、ホワイトにはバレてるぞ。
「ではキャラメルさん。『魔力』とは何ですか?」
「え?」
キャラメルの先ほどの答えは、現代魔法論の教科書に載っている表現そのままだ。
小難しい表現をしているのはそのせいだろう。
それでは果たして教科書に明確に答えが載っていない質問はどうだろうか。
『魔力』と呼ばれるものについて様々な推測が為されているが、教科書では定義が為されていない。
「え~と……魔法を使うために必要な力、でしょうか」
「うん、確かにそうだね」
これでは『魔法』についての説明と大差無く、『魔力』の使用用途の一つを答えただけに過ぎないが、敢えてそこを指摘してダメ出しするようなことはしない。褒めて伸ばすのがホワイトの方針だった。
「それなら『魔力』は何処にあるのかな」
「……私達の体の中や、自然の中にある、と言われてます」
「うんうん。良く勉強しているね」
「えへへ」
他の生徒達も表情を読み取った感じでは答えが分からず不安そうにしている人はおらず、全員がしっかりと勉強をしているのだろうと感じ取れた。
「では最後の質問です。そもそも『魔力』は何のために世界に存在しているのでしょうか」
「え?」
教科書にない質問に、キャラメルは硬直してしまった。
分からない質問に焦り、必死に頭を巡らせる。
そうして彼女が出した結論は。
「ごめんなさい。分かりません」
素直に分からないと答えることだった。
その素直さに好感を抱いたホワイトだが、出来ることならば分からないなりに自分の意見を持って欲しいとも感じ、そのことを指摘しようか少しだけ悩んだ。
「でも」
すると、その間にキャラメルが答えを続けようとしていた。
「魔法とか関係なく、世界に無くてはならない存在なのかなって何となく感じました」
「どうしてそう思ったの?」
「だって私達は魔法を使わなくても生活できます。もし魔法を一切使わないのなら、無駄な力が世の中に沢山存在しているってことになるじゃないですか。それって変かなって思ったんです」
「素晴らしい考察だね。答えてくれてありがとう」
「えへへ」
今のは教科書にも載っていない、キャラメルオリジナルの考え方だ。
単に暗記するだけではなく、しっかりと自分の考えを表現することが出来る。
「(もしかして、かなり優秀なのでは)」
それもそのはず。
サンベール魔法学園の入学試験は実技よりも筆記に重きを置いているからだ。
覚え、考え、工夫する。
その姿勢こそが魔法の発展につながるというのが学園の方針であった。
そしてそのお眼鏡に適い入学した生徒達が、この程度の問答を苦手とするわけが無かったのである。
「キャラメルさんの答えはとても良い考え方です。私達の体の中に、そして自然界の様々なところに何故魔力が存在しているのか。存在しているからには、何かしらの存在理由があるのではないか」
「先生はその理由を知っているのかしら」
パスタの問いかけに、ホワイトは笑顔で答える
「はい」
その瞬間、教室内に緊張が走った。
世界中の誰もが突き止められていない、魔力の存在理由。
世界の真理の一つとでも言えるそれを、ホワイトは知っている。
そして今、それが語られようとしている。
生徒達も、オーディエンス達も、真剣な表情で食い入るようにホワイトを凝視する。
「魔力がこの世界に存在している理由、それは」
緊張感が最大限に高まったその瞬間。
「(ここでボケたら怒られるかな)」
最低なことを思いついてしまったが自重するホワイトであった。
「この世界のあらゆる存在を構成する元となる力だからです」
つまり魔力が無ければ、この世界は存在しないとも言える。
もしこれが正しいのならば世界の根幹を揺るがす内容だ。
「動物も、植物も、水も、大地も、もちろん私達も魔力を元として構成されているのです」
しかし残念ながら、この考えを簡単に受け入れるわけにはいかない。
これまでホワイトのことを歓迎ムードだった生徒とオーディエンスから剣呑な雰囲気が立ち昇り始めた。
「先生は私達が魔物と同じだとでも言うのですか!」
生徒の一人が憤慨して立ち上がった。
その目は憎しみに満ちていて、魔物に対して何らかの因縁があるのだろうと想像できた。
魔物。
ホワイトが学園長を救出したときに撃破したラミーレアを始め、この世界には数多くの魔物が
その正体は魔力で作られた生物と言われている。
何故ならば撃破するとその体が魔力に変化して霧散するからだ。
もしも人間も魔力で構成されているのならば、その魔物と人間が同じであるという意味になってしまう。人類の敵ともいえる魔物と人間が同じと言われ、憤慨するのも当然だろう。
「いいえ、魔物と私達は全く別の存在です」
しかしホワイトはそれは違うと断じた。
「私の言葉を良く思い返してください。魔力は『この世界のあらゆる存在を構成する元となる力』です。この世界のあらゆる存在が魔力で構成されているとは言ってません。あくまでも『元』となっているだけです」
「え?」
その説明に、憤慨していた男子生徒は困惑しながら座った。
他の人たちからも剣呑な雰囲気が消え、ホワイトの言葉の意味を測りかねている様子だ。
「皆さんは私の言葉の意味をもう理解できるはずですよ。ほら」
「!!」
ホワイトが指した先には、未だに宙で光り続けるチーズの
元々は魔力であったそれが、今は光そのものへと変質している。
「先生はまさか、私達の体が魔力から変化したもの、と仰るのですか?」
「そう。だから私達の体は魔力そのものではない。だってほら、私達が死んだからと言って魔力になって消えてしまうなんてことはないでしょう。魔物とは明らかに違います」
自分自身が魔力を元に作られているなど荒唐無稽な話にしか思えないが、目の前に
受け入れれば良いのか、反論すれば良いのか。
衝撃的な事実に、どう考えれば良いのか分からず生徒達は黙ってしまう。
一人を除いて。
「先生。それじゃあ誰が僕達を創ったの?」
チーズである。
彼はホワイトのことを全面的に信頼するようになっており、彼の言葉を疑うなど考えてもいなかった。それゆえ素直に信じ、素直に生じた疑問を質問することが出来たのだ。
「それはまだ秘密です」
「え~」
「この先のお話は、きっと皆さんにとって驚きの連続でしょう。誰が私達を創ったのか、世界における私達の役割は何か、そしてどうして私がこのようなことを知っているのか。今説明したとしても受け入れるのはきっと難しい。それなら焦らず時間をかけて一つ一つ理解してもらいたいと私は考えています」
物事には順序がある。
前提を理解できていないにも関わらず先の話をしても混乱が深まるだけ。
ゆえにホワイトは教師として敢えてまだ教えない選択肢を取った。
オーディエンスが聞きたくてソワソワしているが、知ったこっちゃない。
「ただ、申し訳ありませんが、一つだけ順序を無視してお伝えしたいことがあります」
そのために、ホワイトはリング・コマンドの説明の前に、この『魔法学』の話に触れたのだった。
これまで柔和な笑顔で説明をしていたホワイトが真剣な表情に変わった。
混乱していた生徒達は、どのような話が飛び出すのかとまた真剣な表情へと戻った。
「この世界は魔力を元に構成されている。そして魔力は世界を豊かにし、広げるものになる
「先生、良く分かりません」
「私達が魔法を使うと、使い終わった魔法は魔力に戻って霧散しますよね。その魔力が世界を作る元になる
「大陸が大きくなる!?」
「そんなことがありえるのですか!?」
この世界には、たった一つの大きな大陸だけが存在している。
その外に何があるのかは、誰も分かっていない。
ホワイトの話によると、魔力が世界に満ちることで、その魔力が大地に変化して大陸をより広くするらしい。魔力で世界が広がるなど、あまりにも荒唐無稽。しかしホワイトは自信満々に断言している。
そもそも順番を無視して話をすると宣言しているのだ。
この現象を理解するための情報はまだ提示されていない。
それゆえここで質問攻めにしたところで答えてはくれないだろう。
だが今の説明の明らかに不自然な点についてならば、答えてくれるかもしれない。
そう思ったのはキャラメルだった。
「あ、あの。
「うん」
もし本当に広がっているのなら、とっくに誰かが気付いているはずだ。
そうなるはずなのにそうなっていないのだとしたら、そこには何か原因があるはずだ。
「この世界は病気にかかっています」
それこそが、世界の機能が正常に稼働していない理由だった。
「先ほど『私達を創ったのは誰ですか?』という質問があったでしょう。自然界に漂う魔力は、ある存在が受け取って世界の創生や管理に活用します。ですが世界の病気により、ある存在が魔力を正しく受け取れなくなってしまった。その結果、行き場を失った魔力が暴走し、魔物という形をとりました」
「なんじゃとおおおおおおおお!」
「学園長うるさいです」
「こんな話を聞かされて黙ってられるかい!」
人類の天敵とも言える魔物の正体について明らかにされ、ついに驚きは最高潮となり、オーディエンスも我慢できずに騒ぎ出してしまった。
「あの時のあれはそういうことだったのか?」
「いやいや信じられるわけないだろう」
「だがそう考えると説明がつくことがいくつもある」
ホワイトの説明を元にあ~だこ~だと議論が始まってしまい、授業どころではない。
「黙ってください」
こうなったらもちろんホワイトが黙ってはいない。
殺気を放ち、一瞬で黙らせてしまった。
「私の話の是非は後で勝手に話し合ってください。時間があれば個別に質問も受け付けます。ですが、今は最後まで私の話を聞いてください」
そうしなければ、この話を切り出した意味がない。
ホワイトが真に言いたいことはこの先にあるのだ。
「魔力の暴走により生み出された魔物には、出現して早い段階で倒すと、より強い魔物が出現するようになるという特性があります」
これはすでに経験則として知られていることだった。
魔物を駆逐しようと力を入れて国中に兵士を配置して狩り続けた結果、強力な魔物が出現して国が滅びかけたなどという逸話があるくらいだ。
魔物は見つけたら倒すべき存在であるが、人里離れた所ならば時間を置いてから倒すべき。
それがこの世界の常識だった。
「これは魔物が倒されたことで暴走した魔力が霧散し、周囲の他の魔力を巻き込んで更に暴走した結果によるものです」
倒せば倒すほどに、周囲の魔力を巻き込み肥大化し、強力な魔物となって具現化する。
「魔力が魔物化した後、時間を置くと暴走の具合が治まり、倒したときに他の魔力をあまり巻き込まなくなるため魔物の強化が行われないらしいです」
らしいです、という表現から伝聞であることが伺えるが、衝撃の事実の連続にそのことに気が付いた人は居なかった。
「ただ、時間をおけば完全に暴走が治まるというわけではなく、ある一定の状態まで治まった後は変化が無く、結局魔物を倒しても新たな魔物がいずれ生まれます」
つまり暴走の自然治癒は望めないということだ。
「では逆に強くなる魔物を倒し続けたらどうなるのでしょうか」
これまで似たことを考えた人はいた。
しかし魔物が国を滅ぼせる程に強くなってしまうため、試そうと考えた人は居なかった。
「魔力の暴走が完全に治まり、その周辺は魔物が生まれなくなります」
「!?」
それはつまり、人類が魔物に怯える必要が無くなるということ。
魔物に襲われ殺されるという悲劇から解放されるということ。
人類の悲願とも言える話を、ホワイトはさらっと言いのけた。
「その上で、皆さんに考えてもらいたいことがあります」
まだ何かあるのか。
考える時間が欲しい。
だがホワイトが言いたいことは、これではないのだ。
本当の本当に言いたかったことは次のこと。
「私達が魔法を使い、魔力を自然界に放出することで、それは暴走して魔物となります。これから私がリング・コマンドの正しい使い方を教えて皆さんが広め、多くの人が魔法を今まで以上に使うようになれば、暴走した魔力が激増し、魔物を倒さずとも強力な魔物が自然に生まれるようになります」
魔物が魔力の暴走を原因として生まれ、その量が魔物の強さに関係するのであれば、人間が大量の魔力を自然界に放つことで強力な魔物が生まれるのは自然なことであろう。
ここに来て、生徒やオーディエンスは、何故ホワイトが先にこの話をしようと考えたのかを理解した。
「それでも皆さんはリング・コマンドを覚えますか?」
例え彼らが真にホワイトの話を理解出来たとしても、この問いには、沈黙で返すしかなかっただろう。
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