第一章 はじまりは東から(仮題)

5. 初授業ってドキドキするよね!

「流石にドキドキするなぁ」


 ホワイトは今、サンベール魔法学園の廊下を歩いている。

 今日は教師としての初仕事であり、学生服の上に白衣という姿だ。


 生徒兼教師で入学したホワイトは同日に両方の役割をこなすこともあり、わざわざ教師用の服と学生服を着替えるのが面倒なため、白衣のあるなしでモードチェンジすることに決めたのだった。


 学園長からのオファーを快諾し、無事にサンベール魔法学園の生徒兼教師となったホワイト。

 ありがたいことに学園内の教師用マンションの一室を借りられて、ひとまずの活動拠点が決まった。


 そして早速、教師としての初仕事の日がやってきたのだった。

 なお、学生としての授業参加は任意であるため、気になる授業がある時以外は出席するつもりは無かった。生徒達と交流を深めたいところではあったが、やるべきことが沢山あるため苦渋の決断であった。


「今日担当するのは今年の新入生のクラスの一つで生徒数は二十人。同い年を相手に講義することになるけど、今更か」


 同い年どころか、年上相手にこれまで沢山教えてきたのだ。

 年齢差など気にならなくなっていた。


 ただし、教師が若い平民ということで舐められないかが少しだけ心配だった。


「貴族も平民も一緒のクラスか。険悪な空気じゃないと良いけれど……」


 貴族の中には平民を差別しない人がいるということをホワイトは知っている。 

 だがそれでもクラウトレウス魔法学園で体験した貴族からの猛烈な差別が印象的であり、どうしても貴族がいることでトラブルが起きるのではという不安が拭えなかった。


「ふぅ、思い込みはダメダメ。これじゃあ私が貴族を差別しているようなものじゃないか。平民だろうが貴族だろうがそれぞれ考え方は千差万別。差別と区別を間違えないように気を付けないと信頼なんてされなくなってしまうぞ」


 ホワイトが目指す、世界中から信頼される人物になるという目標のためには、精神的な面での自己研鑽が必要だ。こうして自己を常に振り返り反省出来るというのは、彼が受けた教育・・の賜物だった。


「(ここが教室かな。でも変だな。この気配、二十人どころじゃないんだけど)」


 中にいるのは二十人のはずなのに、明らかに数倍以上の気配が感じられる。

 気配どころか、ざわめきが教室の外まで聞こえてくる。


「(入ってみれば分かるか)」


 少しだけ息を吐いて気合を入れ、勢いよく扉を開けて中に入った。


「こんにち……なんじゃこりゃああああああああ!」


 教室の中は、人、人、人。

 後ろに横にと、大量の立ち見が居たのだ。


 その多くが教師であり、教師に囲まれた生徒達は委縮して縮こまってしまっていた。


「あの……これはどういう?」

「ふぉっふぉっふぉっ、ワシらのことは気にせずやってくれ」

「学園長まで何やってるんですか!」


 ホワイトは思わず右手で額を抑えてしまった。


「今って他のクラスも授業中ですよね。こんなに教師が集まって大丈夫なのですか?」

「大丈夫じゃ。気にせず……」


 学園長が何かを言おうとしていたら、突如ガラっと教室の後ろの扉が力強く開かれた。


「先生ずるい! 自習にして自分だけライス先生の授業を聞きに行くだなんて!」

「そうだそうだ! 私達だって聞きたいのに!」

「権力乱用だ!」

「う、うるさい! お前達にはまだ早い!」


 どうやら他のクラスの生徒が先生を追ってやってきたらしい

 そしてその生徒達の訴えで、何が起きているのかをホワイトは把握した。


「あ~! やっぱりここだった!」

「自習にするなんて酷い!」

「こうなったら力づくでも参加してやる!」


 そのうちに、更に他のクラスの生徒達も駆けつけてきて、教室内外はカオスなことになっていた。


 このままでは授業など始められるわけもない。

 深く溜息を吐いたホワイトは、騒がしい闖入者たちに向かって話しかける。


「お静かに」


 その瞬間、まるで時が凍ったかのように喧騒が収まった。

 ホワイトの威厳がそうさせた、のではない。

 少しばかり・・・・・の殺気をぶち当てて、強引に黙らせたのだ。


「先生方、ご自分の授業にお戻りください」

「し、しかし!」

「お・も・ど・り・く・だ・さ・い」

「ひいっ!」


 笑顔で殺気を追加することで、教師達は自分の本分を思い出してくれたようだった。

 なお、追ってきた生徒達はガチびびりで速攻で逃げ帰っていた。


「全くもう。後でフォローしなくちゃ……って学園長何で残ってるんですか!?」

「ふぉっふぉっふぉっ、ワシは授業が無いからのぅ」

「授業が無くても仕事はあるでしょうに……」


 教室内にはまだ数人の教師達が残っていたが、おそらくはこの時間に授業が無い教師達なのだろう。

 梃子でも動かないぞという強い意志を感じられ、面倒になったホワイトはこのくらいの人数なら良いかと追い出すのを諦めることにした。


「色々とありましたが、始めましょう。まずは自己紹介から。はじめまして、今日からリング・コマンド論を教えるホワイト・ライスです。皆さんと同じ年齢ということで不安に思う人もいるかもしれませんが、しっかりと教えますのでご安心ください」


 自己紹介をしながら改めて生徒達に注目してみると、ワクワクしているような雰囲気の生徒が多いため少しだけ安心した。しかし一方で、何も考えて無さそうだったり不安そうな表情の生徒もいたため、このまま始めるよりもまずは信頼関係を構築する方が大事だとホワイトは考えた。


「と口で言われても安心だなんて思えませんよね。なので、私が皆さんにしっかりと教えられるということをまずは実演しようと思います」


 いきなりの『実演』という言葉に教室内がざわめいた。

 特に学園長が教えて欲しそうに強い視線を向けているが、無視に決まっている。


「ではまず、この中で魔法について不安を抱えている人はいますか?」


 この問いかけに、何人かの生徒が手を挙げた。

 その中でホワイトは、恐る恐る手を挙げた気弱そうな一人の男子生徒に目をつけた。


「じゃあ君。えっと、お名前は?」

「え、僕ですか? あの、その、チーズ、です」

「チーズ君だね。一体どんな不安があるのかな?」

「…………」


 しかしチーズは俯いてしまって何も答えようとしない。

 手を挙げたは良いものの、あまり言いたくないことなのだろう。


「ああもう、いつまでもウジウジと情けないわね。もっと自信を持ちなさい!」


 ホワイトが辛抱強く答えを待っていたら、突然甲高い声に横入りされてしまった。


「……だって」

「だってじゃありません! まだ貴方は才能が開花していないだけですわ。努力すればきっと報われる。この私が保証しますわ!」

「うう……」


 少女の勢いに押されて、チーズは更に俯いてしまった。


「ええと、君は?」

「ボロネーゼ・パスタですわ。チーズのおさな……知り合いですわ」

「(彼女は雰囲気的に貴族なのかな。貴族のパスタさんが平民のチーズ君をフォローしているんだ。他の生徒達も彼らの様子を普通に受け入れているってことは、これがこのクラスの日常風景なのかな。差別があるかもだなんてとんでもない。とても良いクラスじゃないか)」


 これならば気持ち良く先生として働ける。

 勤労意欲が増したホワイトであった。


「チーズ君。私のことはまだ信じられないかもしれないし、もしかしたら君自身が自分を信じられないのかもしれない。でも、君のことを大切に想ってくれているパスタさんのことを信じて悩みを教えてくれないかな。もちろん、どうしても言いたくない内容だったら言わなくて良いよ」

「べ、べべ、べちゅにわたくしは想っているとかそんなんじゃなくて……」


 真っ赤になって気持ちがバレバレなパスタとは違い、チーズにとってパスタがどのような存在なのかホワイトには分からない。

 分からないが確信していた。


 親しくしてくれる女のことを男が嫌いな訳が無い、と。


 これまた、とある人からの教育・・の賜物である。


 パスタを利用した説得が功を奏したのか、チーズは小さな声でだが悩みを打ち明けた。


「僕、しょぼい魔法しか使えなくて……」


 どうやら程度が低い魔法しか使えないことが悩みのようだ。


「例えばどんな魔法が使えるの?」

「……灯りトーチ


 それは確かに数ある魔法の中でもあまり役に立たないと言われている魔法である。

 この世界では魔道具が生活で使われており、『灯り』に関しても魔道具で賄えるからだ。


「へぇ灯りトーチが使えるんだ。凄いね!」

「え?」


 だがホワイトの考えは全く別だった。

 灯りトーチの魔法はとてつもない可能性を秘めた魔法だと考えていた。


 あまりにも世間の反応と違うホワイトの様子に、チーズは戸惑っている。


「試しに使ってみてくれないかい」

「う、うん」


 しょぼい魔法と表現しているように、チーズは灯りトーチの魔法を見せるのは恥ずかしかった。しかし、ホワイトの不思議な反応に流されて発動してしまった。


灯りトーチ


 チーズの人差し指の先に小さな小さなあかりがともる。

 一般的に使われている灯りトーチの魔法よりもかなり小さいが、光量は十分だ。


「や、やっぱりこんなんじゃダメですよね。みっともないのを見せて申し訳ありま……」

「凄い!」


 自分の小さな灯りトーチを見て途端に恥ずかしくなり、慌てて消してしまう。しかしホワイトは物凄い勢いで食いつき、チーズの肩を両手で掴んだ。


「なんて精巧な灯りトーチなんだ。まるで真なる太陽が放つ自然の光のようだった!」


 昼間なので灯りの質など分かりにくいのだが、ホワイトにはチーズが放った魔法の光が、太陽光と類似しているもののように見えたらしい。


「光は他の属性と違ってとても曖昧なものだから、本物の光を再現するのは想像しにくくてとても難しいんだ。でもチーズ君の灯りトーチは完璧に太陽光を再現している。凄い、本当に凄いよ!」


 大興奮しているホワイトだが、何故そんなにも大きな反応をしているのかが、教室内の誰にも分かっていなかった。


「でもそれが一体何の役に立つんですか?」

 

 もちろん肝心のチーズもまた、意味が分からず困惑していた。


「立つ。絶対に立つ。それじゃあ試してみよう。前に出て来てくれ」

「え?」


 ホワイトはチーズを教室前方に呼ぶと、彼の背後に回った。


「背中に手を触れるけれど、嫌だったら言ってね」

「あ、はい、大丈夫です」


 そして宣言通りにチーズの背中に手のひらを優しく押し付けた。


「今から私が少しフォローをするから、合図をしたらもう一度灯りトーチを発動してみて」

「はぁ……」


 なんだか良く分からないけれど、チーズの中では情けない魔法をもう一度晒す恥ずかしさよりもホワイトがやろうとしていることへの興味の方が勝った。


「なんかあったかい……」


 ホワイトに触れられている背中がじんわりと温かい。

 そしてその温もりがお腹付近に向かって浸透してゆく。


 そうして十数秒経過すると、合図が来た。


「魔法を使って御覧」

「は、はい。灯りトーチ


 再度、チーズの指先にあかりがともった。

 見た目は先ほどのものと大して変わりは無い。


「な、なに……これ?」


 しかし魔法を発動しているチーズには、違いがはっきりと分かった。

 それはあくまでも感覚的なものであったが、これまでよりも魔法の発動が鮮明になった気がしたのだ。


「じゃあ魔法を終了して」

「え……あ、うん」


 ホワイトの指示に従い、今度は発動していた灯りトーチの魔法を終了させた。


「え!?」


 しかしどういうわけか、灯りは消えなかった。

 しかも指から離れてその場に留まっているではないか。


「ど、どど、どういうこと!?」


 灯りトーチの魔法を持続させるには、延々と魔力を注ぎ込まなければならない。

 しかし今、全く魔力を注いでいないにも関わらず灯りトーチが発動し続けている。


「順を追って説明しないとこの現象は理解できないと思う。だから今はこれが何を意味するかだけを知って欲しい」


 そんなこと言わずに今すぐ教えろ的なオーラがオーディエンスから立ち上がっているが、中途半端な知識を与えても碌なことにならないとホワイトは考えているため無視すると決めた。


「この灯りトーチは、周囲の光を吸収して魔力に変換し、その魔力を使って自分の力で輝いているんだ」

「「「「「「「えええええええ!」」」」」」」


 驚きの声が重なり、怒号と呼べるほどの大きさとなった。

 つまりはとてもうるさく、ホワイトは顔を顰めてしまった。


 しかしまだ説明は終わっていない。

 キンキンする耳を魔法で治療しながら追撃をする。


「昼間に光を蓄えれば一晩は保つよ。つまりこれは永遠に光り続けるんだ」

「永久機関……じゃと……」

「これを街灯に設置したら、とても便利だと思わない?」


 便利なんてものではない。

 現在の街灯は魔道具であり、定期的に魔力を籠めたり寿命があったりとコストがかかる。それを完全にゼロに出来ると考えると、需要が無い訳が無い。しかも使える場面は街灯だけではなく、外でも家の中でも多くの場所で必要とされるだろう。

 人々の生活を激変させる可能性に満ちた魔法だ。


「さぁチーズ君。さっきの感覚を覚えている今のうちに、もう一度灯りトーチを使ってみて」

「…………うん」


 あまりのことに茫然となりながらも、チーズは反射的に魔法を放った。

 先ほどの感覚を思い出しながら放った灯りトーチは、魔法を止めてもその場に留まった。


「嘘……」

「これだと三日くらいは保つかな。練習すればすぐにさっきと同じのが作れそうだね!」


 つまりそれは、チーズが一人で世界を震撼させる程の魔法を使えるようになるということだ。

 しかもホワイトが言うように精巧な光魔法を発動することが一般的に難しいのであれば、チーズの真似を出来るような魔法師が、他には多くないということ。チーズが貴重な人材であるということ。


「チーズ君は小さい魔法しか発動できない訳じゃない。物質や現象を精巧に具現化するために魔力を大量消費しているから、結果的に小さくなってしまっているんだ。とてつもない才能だよ!」

「僕の……才能?」


 嘘だ、と言いたいが、その才能を証明するモノが目の前にある。

 この消えない灯りこそが、世の中の在り方を大きく変える可能性に満ちたものであり、それを生み出したのは外ならぬ自分自身の力によるものだ。最初はホワイトの力を借りたが、いずれは訓練により自力で完成版を作り出すことも可能であろう。

 しかも、もし他の属性も訓練して使えるようになったのなら、そしてそれらも精巧に具現化できるとしたら。チーズの脳裏に、もう一つだけ使える別の属性魔法、豆粒のような大きさの炎球ファイアーボールの姿が浮かんだ。あれも小さいながらも、本物の炎が燃え盛っているかのようでは無かったか。


「ああ……ああああ……先生! 僕、僕!」


 魔法の才能が無いと思っていたのに、パスタに魔法学園に強引に入学させられた。

 他の生徒達が様々な魔法を使えるところを見るたびに、劣等感で逃げ出したくなる。

 その度にパスタが喝を入れて励ましてくれるけれど、それすらも鬱陶しくなり遠ざけようとしかけていた。更にはそんなウジウジしている自分自身も、パスタの期待に応えられない自分も嫌だった。


 どんどんネガティブになり、塞ぎこみ、漆黒の世界に思考が溺れようとしていた時に、希望という強烈な光が差し込んだ。新任教師、ホワイトの手によって。


 こうしてチーズ君は熱狂的なホワイトの信者となるのであった。


 尚、チーズが泣きながら大喜びする姿を見て静かに涙を流しながら喜ぶパスタの姿にホワイトは気付いたが、それをここで指摘するような野暮なことはしなかった。


「(この二人、絶対幸せになるでしょ。いいなぁ、私も早く皆と再会して仲良くしたいなぁ)」


 その時が来るのはもう少し先のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る