4. 別視点:四大辺境伯

「……以上により、ヌメラリオン沼地に棲みついた魔物達は討伐完了しました」

「ふむ、分かった。それではヌメラリオン沼地に派遣した騎士達を呼び戻し、適切な報酬と休暇を与えるように」

「かしこまりました」


 床も壁も天井も家具も、すべてが木製で作られた執務室にて、執事服を身に纏った初老の男性と、真っ赤な髪が特徴的な筋肉質の成人男性が話をしていた。


 執事が従う主の名はコーン・スープ。


 クラウトレウス王国、四大辺境伯の一人であり、東の鬼神と呼ばれている武術の達人だ。


「報告は以上です」


 報告という仕事を終えた執事がそう告げてから執務室を出ようとすると、スープ辺境伯がそれを止めた。


「待て、例の件はどうなっている」


 これまで以上に真剣な表情で確認する辺境伯だが、執事は冷静さを崩さない。


「毎日確認されましても、答えは同じです。我々は何も調べておりません」

「なんとかしろと言っただろう!」


 熱血な辺境伯に冷静な執事。

 それがいつもの彼らの関係なのだが、今の執事はいつも以上にそっけない。


「学園生活を決して探るな。それがお嬢様からの言いつけでございます」

「そんなことは分かっている。バレずにやれと言っているのだ!」

あの・・お嬢様に隠れてですか、ご冗談を」

「そこをなんとかするのがお前達の仕事だろうが!」


 まるで脳筋丸出しのセリフであるが、スープ辺境伯は普段は冷静沈着に物事を考え指示を出せるリーダーシップのある人物だ。しかし娘のことに関すると、とたんに親バカぶりを発揮して狂ってしまうのだった。


「お嬢様に本気で嫌われますよ?」

「う゛っ……そうならないように細心に注意を払ってだな……」

「お嬢様に本気で嫌われますよ?」

「繰り返さなくとも分かっとるわ!」


 スープ辺境伯も本気で言っている訳では無い。

 一人で王都の魔法学園に通う娘のことが心配で、つい執事に絡んでしまっているだけのこと。


 面倒臭い話であるが、長い付き合いである執事は、父親として悩む主の様子を微笑ましそうに見つめていた。尤も、本当は孫のように接していた令嬢が心配で自分が暴走してしまいそうなところ、先に暴走していた辺境伯の姿を見て落ち着いているだけなのだが。


「はぁ……もうよい。さがれ」

「はっ」


 いつものやりとりを終えて、今度こそ執事を下がらせようとしたその時、異変が起きた。


「何かが来る」

「迎撃致しましょうか?」

「いや待て。この魔力の質は……」


 スープ辺境伯は立ち上がり、窓へと近づきその流れのままに開けた。

 すると一匹の鳥が風に乗って彼の元へとやってくる。


「なんと質の高い伝書魔鳥コンタクトバードか。まるで本物の鳥では無いか。流石だな」


 遠く離れた相手に言葉を伝える魔法、伝書魔鳥コンタクトバード

 一般的な伝書魔鳥は淡く光り輪郭もあやふやで魔力で作られたものであると一目で分かるが、この魔鳥は生きている普通の鳥にしか見えなかった。送り主の魔法技術が高いことの証であり、このレベルの魔法を放てる知り合いなど一人しか知らなかった。


「しかし一体何の用だ。今頃は娘達と再会して……んっんん。とりあえず読もうか」


 ホワイトと娘がイチャコラする姿を想像しそうになったスープ辺境伯は、反射的に掴んでいた窓枠を破壊しそうになり、考えるのを止めた。精神衛生上、正解である。


 伝書魔鳥はその姿を手紙へと変え、それを手にした辺境伯は机に向かって歩きながらそれを読んだ。

 そして机まで辿り着いたその時、辺境伯の体がピタリと止まり、表情が消えた。


「旦那様?」


 執事は知っている。

 主が無表情になった、それすなわち、あまりにも激怒しているということを。


 その手紙に書かれていたのは、魔法学園の腐敗っぷり。

 愛する娘と、認めた少年・・・・・が通う予定のその場所は、貴族至上主義の連中の手に落ちていた。しかもあろうことか少年を違法魔道具で縛り、地下牢に入れたと言うではないか。


「あのクソ共がああああああああ!」


 時が動き出した辺境伯は握った拳を机に強く叩きつけ、それを粉々にしてしまった。


 辺境伯にとって、ホワイトはすでに息子のように愛おしい存在となっていた。

 たとえ平民であっても娘が慕うのであれば結婚を認めてしまうほどにだ。


 溺愛する娘と息子 (仮)。

 その二人が逢瀬の日をどれだけ楽しみにしていたかも知っている。


 それをぶち壊しにしたクズ共への怒りは並大抵のものではなかった。


「戦の準備だ!」

「はっ!」


 端的にそれだけを執事に伝えると、スープ辺境伯は壊れた机を無視して足早に隣の部屋に向かった。

 そこには巨大な三つの鏡が置かれており、すべての鏡と向かい合う位置に立つ。足元には青い大きなボタンがあり、そこから鏡に向かって何らかの装置が繋がっている。


 これらは離れた相手と通信が可能な最新鋭の魔道具であり、世界中に四つしか存在しない。

 そのうちの一つが、スープ辺境伯の屋敷に。

 そして残りの三つがクラウトレウス王国の他の辺境伯の屋敷に設置されていた。


 つまりスープ辺境伯は、これから辺境伯同士の緊急会談を行うつもりなのだ。


 スープ辺境伯が足元のボタンを踏むと、三つの鏡にそれぞれ人影が写った。

 本来この魔道具は、ボタンを押しても通信が来たことに相手が気付いてボタンを押し返さなければ繋がらない。辺境伯がボタンを押したと同時に繋がったということは、奇跡的なタイミングで全員が同時にボタンを押したということなのだろう。


 つまり、相手もまたスープ辺境伯と同じくホワイトからの手紙を受け取り、全く同じ行動に出たということだ。


「ふん、お前達も同じことを考えていたようだな」


 スープ辺境伯がそう切り出すと、映し出された三人の辺境伯が後に続くように話し始める。


「当然じゃろうが!」


 肌が日焼けにより真っ黒に焼けた白髪の偉丈夫。

 四人の中で一番年齢が高い男性だが、スープ辺境伯よりも見た目は迫力がある。


 クラウトレウス王国、南の辺境伯、フィッシュ・ナイフ。


「そのようね」


 片眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気を醸し出す若い見た目の女性。

 何年も美しさを保っており本当の年齢を知る者は少なく、笑顔がどことなく胡散臭い。


 クラウトレウス王国、西の辺境伯、サカサ・コトバ


「…………」


 端正な顔立ちで女性からの絶大な人気を誇る寡黙な男性。

 その実、単なる口下手なだけなのだが、今回は何も言わずとも怒気が漏れ溢れている。


 クラウトレウス王国、北の辺境伯、クリスタル・シュガー


「お前達がその気なら、改めてここで話すこともないか」


 そして東の辺境伯、コーン・スープ。

 この四人が世界的に最強・・と名高いクラウトレウス王国の四大辺境伯である。


 四人の中でクズ共を潰すことで意見が一致していることは雰囲気だけで分かった。

 国政に関することに辺境伯が手を出す場合、一人が暴走しないように必ずこうして相談するルールがあった。魔法学園は国立の組織であるため、手を出すとなれば相談が必要だ。しかし今回は四人の意思が一致しているため、話すことなどもう無かった。


 このまま通信を切ってそれぞれの戦いの場へ進む。

 しかしその前に南のフィッシュ辺境伯が言葉を漏らした。


「しかしなんとも情けない話じゃ。これだけ揃っていて誰一人として学園の異常に気付けなかったのじゃからな」

「仕方ないわよ。魔法学園に関わるなって娘のお願いなんだもの」

「じゃが、お主のところならば学園が腐敗している情報くらい得ていたのでは無いか?」

「少しはね。でも娘の力でどうにか出来る範囲だと思っていたのよ。まさかここまで腐敗が進んでいるとは思ってなかったわ」


 想い人との逢瀬の場に親の意思など入ってたまるか。

 その強い気持ちから、娘達は魔法学園に関する親の干渉を極端に嫌っていた。


 親達もまた、娘の強さ・・・・を知っており、多少のことなら何が起きても問題ないと思っていた。


 その甘い考えこそが今回の失態を招いてしまった。

 事前に念入りに魔法学園の現状を調査していれば、腐敗に気付き対処出来ていただろう。

 ホワイトと娘達は順調に再会できていただろう。


 娘達を想い、信頼しているがゆえに失敗してしまった。


「娘達ならきっと大丈夫よ」

「そりゃあそうじゃが、お主、ちと冷たくないか?」


 男性陣三人と違い、言葉に覇気が無くいつも通りに話を続けるコトバ辺境伯の様子が、ナイフ辺境伯には気に入らなかった様子で、少しだけ嚙みついてしまった。

 しかしそれは大きな間違いであった。


「私が冷たい? 何の冗談かしら」

「ひっ」

「うおっ」

「…………」


 コトバ辺境伯の画面が揺れたかと思ったら、そこに映し出されたのは半壊された屋敷の姿だった。

 怒りに任せて机を叩き潰したスープ辺境伯と比べれば、その被害の大きさには天と地ほどの差がある。


 コトバ辺境伯の怒りを目の当たりにし、流石の男性陣も背筋に冷たいものが走った。

 そして思ったのだ。

 やはり女性を怒らせてはならない、と。


 娘にも妻にも、そして女性にも頭が上がらない男性陣だった。


「さ、さてそれでは戦の準備を始めようか」

「う、うむ。そうじゃな」

「…………(コクコク)」

「ふん」


 焦る男性陣の合図で会議が終わり、魔法学園粛清という名の小さな内乱が始まる。

 その直前のこと。


「うお、なんだ!?」

「この魔力は!?」

「あらまぁ」

「…………」


 突如、身に覚えのある強力な魔法が飛んできて、彼らは思い思いに構える。

 その数秒後、爆音と共に通信室の壁が大破した。


「けほっ、けほっ」


 スープ辺境伯は粉塵を風魔法で振り払うと、爆発の元凶となったものを探した。


「こ、これは……」


 そこに居たのは、一匹の巨大な鳥だった。

 二匹のヘビのようなものが全身に絡みつく様子からして、果たして鳥なのか微妙なところだが、羽が生えているし飛んでいるしおそらくは鳥だろう。


 その禍々しい鳥らしきものからは、愛娘の魔力の気配がする。

 本来、伝書魔鳥は攻撃性能が皆無の魔法だ。

 それなのに館の壁を破壊する程の威力があるということは、娘が生み出した新魔法ということになる。


 だがスープ辺境伯はそのことを喜ぶ気持ちなど微塵も湧いてこなかった。

 むしろ娘がどれだけ激怒しているかを実感し、戦慄していた。


 伝書魔鳥はスープ辺境伯の元で手紙と変化したが、手紙の色が真っ黒なところもまた恐ろしい。

 呪われそうで触りたくもないが、娘からの手紙を読まないわけにはいかない。


 黒い下地に真っ赤な文字で書かれていた内容は……




『私達が潰す』




 でかでかと書かれたその文字は、まるで血で書いたかのようにおどろおどろしく滲んでおり、辺境伯の頬が盛大にひきつった。愛娘からの手紙だから永遠にとっておきたいけれど、果たしてこれを手元に残しておいてよいものかと悩む辺境伯。すると、手紙の下の方に小さく文字が書かれていることに気が付いた。


『余計なことはしないで。何かするなら『外』をお願い』


 学園内部の腐敗は自分達がやるから手を出すな。

 ただし学園外部のことは任せる。


 当然の話だ。

 夢にまで見た再会を最低最悪の形でぶち壊しにしたのだから、自分達の手で潰してやりたいと思うのは自然なことだろう。むしろ学園外のことを両親に任せる理性が残っていたことの方が不思議なくらいだ。


「ふぅ……」


 あまりの出来事に怒りで沸騰していた頭が完全に落ち着き、スープ辺境伯は冷静さを取り戻した。

 鏡の向こうを確認すると、いずれも似たようなことが起きていた様子で、三人とも毒気が抜けたかのような感じになっていた。


「学園外か。思い当たる人物はいるか?」


 スープ辺境伯は三人にそう問いながら、今回のことを仕組んだ元凶が頭に思い浮かんでいた。


「クサッタ公爵でしょうね」

「そいつしか考えられぬ」

「……うむ」


 貴族至上主義のリーダーと噂されているが、これまで尻尾を掴ませずにのらりくらりと追及を躱していた人物。そのクサッタ公爵が、魔法学園を掌握するために密かに仲間を送り込んでいたのだろう。


「このタイミングで動くとは、なんて愚かな」

「愚かだからこそ貴族至上主義なぞ、下らぬことをやっているのじゃろう」

「これだから利権にしがみつくことしか能のない輩はダメね」

「……潰す」


 これまでは証拠が乏しかったから四大辺境伯も動けなかったが、自分の愛しい人が被害を受けたとなれば証拠のあるなしなど関係なく全力で動く。クサッタ公爵の終焉の時は近い。


「それにしても困ったわね」

「何がだ?」

「ホワイト君のことよ」


 すでに彼らの頭の中では今回の件でやるべきことと結末が見えており、この場で特に話し合うことは無い。だからだろうか、コトバ女辺境伯が別の話を切り出した。


「彼はサンベールの魔法学園に向かったのだろう。我が国を離れてしまうのは寂しいが、彼にとっては悪くない選択であろう」

「うむうむ。世界的な名声を得るならば積極的に外に出て、多くの人と関わるべきじゃ」

「彼なら……やれる……」


 どうやら彼らはホワイトの選択を良いものであると認めているらしい。

 しかしコトバ女辺境伯は、苦い顔を崩さない。


「彼にとっては良いかもしれないけれど、私が困るのよ。やってもらいたいことが沢山あったのに」

「あ」

「あ」

「あ」


 なんとこの四人の辺境伯。ホワイトがクラウトレウス魔法学園に入学したら、様々な仕事を依頼するつもりだったのだ。ホワイトが遥か西の国に向かってしまったため、その当てが外れてしまった。


「まずい、まずいぞ。ホワイトには倒してもらいたい魔物が沢山いるんだぞ!」

「こっちだってホワイト君で無ければ討伐困難な海の魔物がいるんじゃ!」

「……まずい」

「私だって、彼に魔法騎士団の面倒を見てもらいたかったのに……」


 予定していた作業が出来ないとなると、今後の予定を大幅に変更せざるを得ない。

 放置していた魔物も自分達でどうにか対処するしかない。


「ホワイトを呼び戻したらダメだろうか」

「ホワイト君なら来てくれそうじゃの」

「……(コクコク)」

「娘達に殺されるわよ」


 自分達がやるべき作業をホワイトに押し付けるために、他国で頑張っているホワイトを呼び戻したと知れたら、娘達は何と言うだろうか。自分達は来るべき時まで我慢しているのに、何をふざけたことをと激怒するに違いない。


 そう考えたら呼び戻すことなど出来ようがない。


「呼び出すのなら一回が限度。それも本当にホワイト君で無ければ対処できないことに限るわね」

「…………」

「…………」

「…………」 


 ホワイトの力を借りて楽しようと考えていた辺境伯達は、青い顔をして頭を悩ませることになるのであった。自業自得である。

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