2. 襲われている偉い人を魔物から助けて感謝される例のやつ

「ほんと、酷い目に遭ったよ」


 均されて固くなった土の街道を、青年は西に向かって歩いていた。

 ここはクラウトレウス王国の遥か西、サンベール王国。


 予期せぬ投獄によりクラウトレウス魔法学園への入学が出来なくなってしまった青年は、脱獄してこの国へと逃げてきたのだった。幼馴染達との再会を成し遂げられなかったことに、脱獄から数日経過しているにも関わらず未だに気落ちしている様子だった。


「それにしても、クラウトレウスからサンベールまで、こんなに遠いとは思わなかったよ。島の中に閉じこもって勉強してただけじゃ分からなかった。外に出てきてから勉強だらけで面白いことだらけだ」


 新鮮で刺激の多い毎日に心躍り、この先に何が待ち受けているのだろうかという期待が、青年の顔を綻ばせた。


 幼馴染達と会えなかったのは確かに悲しい。

 しかし青年は再会を、そして約束を果たすことを諦めた訳では無かった。


 そのために彼はサンベール王国までやってきたのだ。


「あれ、なんだろう」


 ふと、街道の遥か先で何かが煌めいた。


「魔法? 誰かが戦ってるのかな?」


 目を凝らして見ると何度も爆炎が生じている。

 街の外には魔物が出現することがあるため、誰かが戦っているのかもしれない。


「この距離であの大きさの爆炎ってことは、かなり強い人が戦ってるのかな。なら大丈夫かな」


 人が豆粒のように小さく見えるほどに遠くにも関わらず爆炎がくっきり見えるということは、かなり広範囲で威力の高い魔法が使われているということ。それほどの使い手がいるならば魔物に後れを取ることは無いだろう。


 そう思っていたのだが、何かがおかしい。


「まだ続いてる。そんなに魔物が多いのかな」


 いつまで経っても爆炎が止まないのだ。

 その様子を不審に思った青年は、人差し指を天に向け、指先を淡く光らせると大きく円を描いた。


星造魔法クリエイト・レンズ」


 すると空に巨大なレンズが生み出され、青年が指をゆっくりと降ろすとそれを追うようにレンズが青年の正面に位置取った。レンズには、遥か遠くの爆炎発生地点の様子がくっきりと映し出されていた。


「魔法師殺しが二体!?」


 魔法が一切効かないとされている、二足歩行型の爬虫類型魔物、ラミーレア。

 しかも普通のラミーレアよりもサイズが大きく、片方は巨大な戦斧を、片方は大剣を手にしている。


 襲われているのは老人男性と成年女性で、近くに馬車らしきものがあるので、移動中に襲われたようだ。二人とも魔法師殺しに対して魔法でしか対抗していない。魔法の腕は優れているけれど、武術の方が得意ではないのだろう。このままでは彼らはラミーレアによって殺されてしまう。


!」


 青年はレンズを消滅させると、襲撃地点へと全速力で走りだした。後方から追い風を吹かせて移動速度を上昇させる魔法を使っていることで、とてつもないスピードになっている。十数秒程度で目的の場所にたどり着きそうだ。


星造魔法クリエイト・ロッド!」


 青年は走りながら指先を天に向け、先ほどと同じように指先を淡く光らせる。そして前方に向かって一本の線を思いっきり振り抜くように描いた。

 すると今度は天に一本のロッドが出現し、走ったままそれをキャッチする。前方のキャッチしやすい位置に出現したのは青年が調整したのだろう。


「えい!」


 青年は掴んだロッドを右側の大剣を持っているラミーレアに向けて投擲した。そちらのラミーレアが成年女性に向けて攻撃を仕掛けようとしていたからだ。ロッドをぶつけられたラミーレアは体を大きくよろめかせるが、すぐに態勢を整える。


 しかしその一瞬が稼げればそれで良かった。


 青年は腰に差したロングソードを手に、戦斧を手にしたラミーレアに向かって突撃した。

 猛スピードで突っ込んできた青年にラミーレアが気付き迎撃しようとするが……


「遅い」

『ぐぎゃああああああああ!』


 青年の目にも止まらぬ高速の剣技で全身を斬り刻まれ、あっさりと絶命した。

 そして青年はそのまま大剣ラミーレアに突撃し、同じく軽々と斬り刻んだ。


『ぐぎゃああああああああ!』


 魔法が効かないのならば物理で倒せば良い。

 その通りなのだが、ラミーレアは皮膚が固くて物理攻撃も効きにくい。


 その難敵をあっさりと葬り去れるということは、青年はかなりの実力なのだろう。


「大丈夫ですか?」


 他に敵が居ないことを確認した青年は、襲撃されていた男女の様子を確認する。


「あ、ありがとう。助かったわ」


 成年女性の方は、突然の救出劇に驚きを隠せないでいるが、どうにか会話は出来る様子だ。


「…………」


 一方で老人男性は全身を振るわせて、青年の方を見てはいるが何も言えないでいた。


「(怖かったのかな)」


 老人男性の方が威力の高い魔法を使えていたが、魔法師殺しには無意味だ。あのまま戦っていれば間違いなく死んでいただろう。若い女性よりも老人男性の方が恐怖するというのは単なる性格によるものなのか、それとも老人だと死を身近に感じているからリアルに死を実感してしまったとかそういうことなのか。などと考える青年であったが、老人が何も言えないでいたのは全く別の理由だった。


「なんじゃ今のはあああああああ!」

「え?」


 黙っていた老人がいきなり叫び出したかと思うと、青年の肩を両手で思いっきり掴んできたのだった。


「何故魔法で生成した棒が魔法師殺しに当たったんじゃ! 魔法で生成したあらゆる物質は魔力で形作られたものであり、ヤツらはいかなる魔力も受け付けない。たとえ棒であろうとも、それが魔力の塊であるならば当たらずに貫通するはずじゃ! ワシらがあれほど激しく攻撃したのによろけることすらしなかったのがその証拠じゃ! それなのにどうしてお主の棒は当たったんじゃ! そもそもお主、ここに来るのに風魔法を使ってスピードアップしていたにも関わらずどうして別系統の魔法を同時発動できてるんじゃ! そもそもあの棒を生み出す魔法はなんじゃ!」

「え?え?」


 あまりの剣幕で食って掛かるように質問攻めされてしまい青年はあたふたするしかなかった。そんな青年を助けてくれたのは成年女性だった。


「学園長お止めください! 彼が困ってますよ!」

「ぬ!?」

「学園長?」


 彼女の叫びにより、学園長と呼ばれた老人男性は自らの暴走に気付き、青年は青年で『学園長』という肩書に驚いている。


「すまんすまん。悪い癖が出てしもうた」

「い、いえ。それより『学園長』というのは?」

「申し遅れた、ワシはサンベール魔法学園の学園長をしておるクロ・ワッサンと申す。この度はご助力頂き、誠に感謝申す」

「私はサンベール魔法学園の教師、ライムギ・パンです。私からも今一度感謝を伝えさせてください。貴方が来てくれなければ私達は死んでいました。本当にありがとうございました」


 落ち着いた老人男性、クロ学園長とライムギ教師によりお礼を言われた青年は心底驚いていた。


 まさか自分が目指していた学園の関係者の、しかもお偉いさんとこんなところで会えるとは、と。


 青年が目指していたのはサンベール魔法学園。

 この世界に存在するもう一つの魔法学園だ。

 青年はその学園に入学しようと考えていた。


 青年が幼馴染達と約束したのは『魔法学園で再会すること』。

 何処の魔法学園とは決めていない、だなんて詭弁を言うつもりはない。

 ある理由により、サンベール魔法学園に所属することが、クラウトレウス魔法学園で再会する可能性に繋がるからだ。


 今年のサンベール魔法学園の入学試験はもう終わってしまい、来年を待つしかない。

 しかし目の前には魔法学園の偉い人。

 タイミング良く恩を売れたことでもあるし、編入させてもらえないかお願いすべきだろう。


 そんな状況でも、青年は焦らなかった。

 あくまでも冷静に、相手が名乗ったのだからと自分も名乗りを上げたのだった。


「私はホワイト・ライスです。姓はございますが、平民です」


 この世界では姓は貴族だけが持つものとされていた。

 しかし時代の変化に伴い貴族制度が崩壊しつつあり、平民でも姓を持つことが可能となった。

 最初は大商人などの平民の中でも地位の高い職業に就いている者だけだったが、今では普通の平民でも姓を名乗ることが多くなっている。


 わざわざ平民と紹介したのは、貴族かどうかを区別するための定型句なのだが、クロ学園長は身分などより全く別のことが気になった様子だった。


「なんと! 貴殿があのホワイト・ライス殿!?」

「私のことをご存じなのですか?」

「当然じゃ! 魔法業界この業界でライス殿を知らない人間などおるはずが無い!」

「(あいつらは知らなかったけどなぁ。ああ、そういえば名前も聞かれなかったっけ)」


 つい最近の悲劇が頭を過ったけれど、今は一旦忘れることにした。


「リング・コマンドを発見し、過剰魔力症の治療方法を突き止めた天才少年。まさかワシが生きている間に出会えるだなんて……」

「いやいや、大げさですよ」

「大げさなもんか! 貴殿がどれだけの偉業を達成したのか、分かってないのか!?」

「分かってますよ。でも、まだまだ足りないので」

「何?」

「いえ、お気になさらずに」


 青年ホワイトは決して世の中に疎い鈍感などではない。

 自分が世間でどのように評価されているのかを、しっかりと理解させられて・・・・・いる。

 その上で彼はまだ名声が足りないと感じているのだ。


 彼が目指す未来のためには、まだまだ多くのことを為して名を挙げなければならない。


「こんなところでお話しするのもなんですから、もしホワイトさんが良ければ一緒に馬車に乗っていきませんか?」

「よろしいのですか?」

「ふぉっふぉっふぉっ、もちろんじゃ。また奴らが出てくるとも限らんし、護衛役として報酬も出そうではないか」

「いえいえ、乗せていただけるだけで結構です。報酬の方は魔物が出たらということで」

「ふむ、謙虚よのぅ」


 こうして三人は馬車に乗り、一路サンベール王都へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る