第17話 第1号
ナギサ先輩が洋服のお姉ちゃん。
かなり驚いたが、言われてみれば面影はある気がする。
でも考えてみればこの状況だとそんなことは問題ではない。
いま一番大切なのは彼女が俺の味方なのかどうか。
それによって俺の今後の人生はかなり変わってくるわけで、だからまずはそれを知らなければいけない。
どう切り出そうか考えていると、彼女はやけに言いづらそうに口をもごもごさせながら上目づかいでこちらを見てきた。
「ところでこの機会だから聞いておきたいんだけど……コウちゃんは、私のことをどう思ってる?」
「どうって……」
「コウちゃんの私に対する正直な気持ちを知りたいんだ」
そうつぶやいて目を伏せた先輩。
彼女はいったい俺になにを言わせたいんだろう?
俺が先輩のことを好きだと言ったら、すべてを聞かなかったことにしてくれるとでも?
さすがにそれはあり得ないと思うが……。
まあなにを求められているのかよく分からないのだから、ここは素直に答えておくか。
「『洋服のおねえちゃん』は俺にとって初恋の人ですけど、でも今のナギサ先輩のことが好きかは正直よくわからないです。そもそも『洋服のおねえちゃん』とナギサ先輩が同一人物だって言われても、まだピンときてないくらいなので」
「す、すき? 私のことが?」
なぜかナギサ先輩は、顔が真っ赤になっていた。
「いや、そういう話を聞こうと思ったわけではないんだけど。……でも好きだったの? というか私が初恋の人? やたらと私に懐いてくれてるとは思ったけど、でもそのレベルで好きだったってこと?」
なんかすっごいぶつぶつ言ってる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ではない。大丈夫ではないんだが――ああもうはっきり聞こう!」
頭をぶんぶん振ったナギサ先輩は、急に真面目な顔になって俺を見つめてきた。
「キミのお父さんを逮捕したのが誰か。もちろん知っているね?」
彼女のそのまっすぐな瞳を、俺は正面から見返す。
何となくそうするべきだと思ったのだ。
俺の父さんを逮捕した人物。
その名は
連城村の駐在さんで――。
「ナギサ先輩のお父さんです」
俺の言葉に、彼女は軽く頷くだけだ。
「そうだ。連城村が崩壊したあとも、理事長経由でキミの所在は知っていた。もちろん会いたかったよ。でもなかなか会う気になれなかったのは、きっと恨まれていると思ったから」
「……恨む? 俺が先輩をですか? どうしてそんなことを……」
「どうしてって、だから私の父親がキミのお父さんを逮捕したんだ。そしてそれは連城村崩壊の最大のきっかけになってしまった。コウちゃんの故郷を壊したのが私の父親なんだから、私のことを恨むのだって当然だろう」
悔やむように顔を伏せる先輩だが、どう考えてもそれは筋違いだと思う。
「それは先輩には関係ない話ですよ」
「だとしてもあの出来事がきっかけで私の父親は出世した。変態管理局の局長にまでなったんだ。コウちゃんにとって複雑な気持ちがあるのは当然で――」
「先輩!」
よほど気にしているのか、いつまでもぐだぐだと言葉を続ける彼女の肩をグッとつかむ。
そして、驚きの表情でこちらを見る先輩に向けて、素直な気持ちを伝えた。
「何回でも言いますけど、俺は先輩のことを恨んでなんかないです。そんなこと考えたこともありませんでした。だから『洋服のお姉ちゃん』とこの学園で再会できて、俺はただただ嬉しいんですよ」
「嬉しい? 本当に?」
「本当です」
力強く言い切る俺。
彼女との再会を喜んでいたことは事実だから、彼女の疑問を肯定することになんの躊躇もいらなかった。
すると先輩は――。
「――よかったぁ。キミに嫌われていたらどうしようかと思っていたんだ」
そう言って、にっこり笑った。
その微笑みを見た瞬間、俺は雷にうたれた。
これは決して誇張ではない。
いや、誇張ではないと言ってしまうと、俺は本当に雷にうたれたことになってしまうので、ここはどれほど不本意であろうとも『※比喩表現に過ぎません』と注釈を入れざるを得ないわけだが、なんにせよ俺は雷という自然界の凄まじいパワーを引き合いに出したくなるほどの衝撃を受けたのだ。
――かわいい。
もちろんそんなことはとっくの昔に知っていた。
俺にとって洋服のお姉ちゃんは憧れの人だった。
なんでも知ってて俺とたくさん遊んでくれる、優しくてかわいくて綺麗な年上の女の人。
初恋というのも決してウソではない。
でもあらためて会って彼女の魅力を再認識できた気がする。
ナギサ先輩を見ているとなんだか胸がギュッと締め付けられるような切ない感覚になるのだ。
彼女の優れた容姿も落ち着いた話し方も他では見たことが無いほど分厚いロングスカートも、そのすべてが俺の心を震わせる。
もしかして俺……この人のことが好きなのか?
スカートだけじゃなくてナギサ先輩のこと自体が好きだったりする?
それこそ一目ぼれってやつ?
いや昔から知っている人だから、ぜんぜんひと目ではないんだが……。
「話は戻るけど。キミはやっぱりあの村を――連城村を復活させるつもりなんだろう?」
率直な質問。探るような視線も無い。
けれどそれだけで信じていいかは、はっきりいってよく分からない。
いまの俺は冷静な判断力を明らかに失っている。
だから言葉につまった。
「もしよければなんだけど――」
でもナギサ先輩は止まらない。
熱を帯びた瞳をこちらに向けて、静かに語りかけてくる。
「私にも協力させて欲しい。罪滅ぼしと言うとまたコウちゃんに否定されそうだけど、でもどうしても気になるんだ。あんなに笑顔あふれる村が、どうして無くならなければいけなかったのかと」
「……ええ」
頷きながらも、かすかに違和感があった。
俺が知る限り『洋服のお姉ちゃん』はあの村に馴染んでいるとは言い難かった。
裸で出歩く大人たちには軽蔑をあらわにしていたし、それになによりいつまでたっても彼女は洋服を着続けていた。
そんなナギサ先輩があの全裸村の復活を支持する理由ってなんだ?
罪滅ぼし?
本当にその言葉を鵜呑みにしてもいいのだろうか。
彼女は見習いとはいえ、変態管理官。
しかもその管理区分は露出。
俺のように露出癖のある変態を管理できるスキルがあると、国から認められているわけだ。
だとするとこの提案だって俺を管理するために彼女が仕組んだ罠かもしれない。
でも……もし彼女が純粋な気持ちで協力を申し出てくれているのなら、これほど力強い味方は他にはいないのも確かだった。
きわめて難しい判断を迫られた俺は頭を悩ませ……そして、覚悟を決めた。
――ナギサ先輩を仲間にしよう。
そもそも俺は、ナギサ先輩が放った誘導尋問に簡単にひっかかって変態パラダイス村の再建願望を自白してしまうような迂闊な人間なのだ。
目的達成のために協力者の存在は必要不可欠。
そして俺の迂闊さをフォローしてもらうのなら、俺の事情をいろいろと知っているナギサ先輩を仲間に誘うのが一番手っ取り早い。
だから俺は、ナギサ先輩に微笑みながら手を差し出した。
「ぜひお願いします。俺にはナギサ先輩の協力が必要なんです」
そうだ。
ここで警戒していては、何も始まらない。
もしナギサ先輩が変態管理官の職務として俺に近づいてきたのだとしても、逆に彼女を返り討ちにするくらいの気概がなければ、連城村の再建なんて夢のまた夢だろう。
もしナギサ先輩が俺を簡単に管理できると思っているのなら、その甘い判断を後悔させてやればいい。
どんな手を使ってでも俺は洋服のお姉ちゃんを味方につけてみせる……!
「そっか。それなら私は、コウちゃんが作る連城村の住人、その第1号ということだね」
とりあえず、現段階の話だが。
こちらの手をそっと握り返す彼女の照れたような微笑みからは、俺に対する敵対心を見つけることはできなかった。
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