第14話 セクハラ現行犯(後編)

「は……?」


「いまコータローが言ったんだよ。意思に反するキスはカウントしないって。ラビュ、無理やりキスするのは良くないって思ってたんだけど、コータローがノーカウント派だって聞いてほっとしたよ。これから愛情をこめて何度もちゅっちゅするけど、コータローはそれ全部ノーカウントにしてくれるってことだもんね?」


「ま、まて! それは話が違う! たしかにノーカウントにはするけど、それとは別に法律的な処罰を受けてもらう必要はある!」


「つまりラビュを訴えるってこと?」


「…………………………」


 悲しそうな瞳を見て、俺は言葉を失ってしまった。

 だって別にキスが嫌なわけじゃない。


 俺だって男だ、興味くらいある。

 なのになぜこうやって抵抗してしまうかというと、ラビュとの関係が悪い方に向かいそうな気がするからで。


 ……でも本人はこんなにキスに対して前向きなんだ。

 拒否する意味なんて別になくない?


 そんなことを考えつつ視線を彷徨わせていると、ラビュがカッと目を見開き鋭く叫ぶ。


「コータローが目をそらした! 審判! 判定を!」


「今回の判定は実に難しいものでした……」


 手を後ろに組んだまま、ぬっと現れた御城ケ崎は、首を左右に振りつつソファの前をゆっくりと歩く。


「ノリノリだなおまえ……」


 ジト目でつぶやくが、彼女は気にした様子もなく言葉を続ける。


「決め手となった判断材料は3つ。1つ、前回ラビュさんにキスを迫られた際に、光太郎様が特に抵抗する様子がなかったこと。2つ、現在キスを迫っているラビュさんの肩に、光太郎様の両手が優しく添えられていること。そして3つ、先ほど訴えるのかどうか聞かれた際の、長い長い沈黙。以上3要素により判定いたします。――光太郎様はたとえラビュさんに無理やりキスされたとしても、決して訴えたりはしません!」


「やった! 勝訴勝訴! 審判が訴えないと判定した以上、コータローは訴えない!」


 俺に乗ったまま身体を左右に揺らし喜びを表現したラビュは、勢いそのままに、こちらに身体を傾ける。


「じゃあさっそくぅ」


「……ま、まて。だからキスする気はないんだって……」


 などと言いつつ、密着してくるラビュのやわらかさに、俺はとても抵抗できそうにない。


 ……っていうかさっきも思ったけど、抵抗する意味なんて特に無くない?

 キスなんてむしろこっちからお願いしたいくらいなのだ。


 そんなことを思いつつ、こちらに迫るラビュの顔をぼんやり眺めていると――。


「まったく」


 呆れたような言葉と共に、視界が白いもので塞がれた。


 俺とラビュの接近を邪魔するように、なにかの紙が突き出されたようだ。

 黒い線が書かれているところをみると、たぶんマンガの原稿用紙だと思う。


「久々に顔を出してみれば、これはいったいどういうことなんだい、ラビュ」


 呆れたような声が耳に入ってくるが……聞き覚えが無いな。

 軽く首をひねると、視界を埋め尽くす白い紙の隙間から声のぬしの脚だけ見えた。

 

 いやそれは正確な表現ではない。

 実際に見えたのは紺色のスカート。


 丈が長すぎるせいで脚が見えないのだ。

 本当に、今まで見たことが無いレベルでスカートがやたらと長い女子だった。

 

 いったい誰だ?

 こういう肌の露出が少ない服装は嫌いじゃないっていうかむしろ大好きだから、校舎内で一度でもすれ違っていたら絶対に覚えていると思うんだが……。


「あ! ナギー!」


 ラビュは嬉しそうな声を上げている。

 

 ――ナギー。

 例の変態管理官見習いに抜擢された風紀委員。

 そして、この女体研究部の先輩。


「ちょうどいいところに! これから私とコータローがちゅっちゅするから、見てて見てて!」


「はぁ。見るのはいいけれど、私としてはそのキスはしないことをお勧めするね」


「どーして? 嫉妬?」


「またユラ君に甘えていたんだろう? 顔にブレザーの繊維がついているよ。ラビュは寂しいとすぐユラ君の胸元に顔をうずめるから」


「うぐぅ」


 ラビュはうめき声をあげている。

 どうやら御城ケ崎に甘えていたというのは、かなり照れ臭い指摘だったらしい。


「そうやってユラ君にまとわりついて興奮したあげく、今度はそこの彼に欲望をぶつけようとしているわけだ。無論、お互いの同意があるのなら自由だ……と言いたいところだが」


「こ、コータローはおっけーしてくれたよ」


「いや、そんなことは――」


「いま問題にしてるのは、彼のことじゃないんだ。君があとで後悔することになるという話を私はしている。だって、君の気持ちが盛り上がっているのは、9割9分ユラ君の功績だ。彼と築き上げたわけじゃない。『無理やりコータローにキスしちゃった! 絶対きらわれたぁー!』とか言ってあとで泣きわめくのが目に見えているよ。一応言っとくけどそんな相談をされても、私のセリフはすでに決まっている。だから先に伝えておこう。『自業自得だ。諦めなさい』」


「ぐぐぐぅ……」


 うめき声の次は唸り声をあげていたラビュだったが、やがてあきらめたのかがっくりと肩を落とし、俺から離れた。


 どこか名残惜しさを感じつつ、俺も身体を起こしソファに座りなおす。


「ナギサ様。ずいぶんお早かったですね。お話は済んだのですか……?」


「うん、今日は説明を聞いてきただけだから。それより――」


 ナギサと呼ばれた少女の視線がこちらを向いた。


 その落ち着いた声音から、なんとなく高身長な印象を受けていたが、こうしてみると思いのほか小柄だ。

 もっとも俺とラビュのちょうど中間くらいだろうから、女性としては特に背が低い方でもないだろう。

 

 彼女は綺麗な顔立ちをしていた。

 そしてこちらを射抜くような視線が印象的だ。


 美人だから冷たい印象を受けるだけ――そう言いたいところだが、彼女の態度を見る限り明らかに俺は歓迎されていない。


「あの、ナギサ様」


 剣呑けんのんな雰囲気を感じ取ったのか、御城ケ崎が間に入ってくれた。


「お分かりかと思いますが、こちらの方は連城光太郎様です。我々が勧誘した結果、新入部員として女体研究部に入っていただくことになりました」


「……」


 彼女はチラリと御城ケ崎に視線を向けて軽く頷いて見せたあと、無言のままつかつかとこちらに歩み寄り、スッと手を差し出してきた。


「よろしく」


「あ、はい、連城光太郎です。よろしくお願いします」


 彼女も御城ケ崎と同じで、男相手だと無愛想になってしまうだけなのだろうか。

 そんなことを思いつつ手を握り返す。


 すると彼女の表情が少し緩むのが分かった。


「連城くん。私のことはナギサと呼んでくれ。皆もそう呼ぶからね」


「あ、はい。ナギサ……先輩」


「うん。ちなみに私も風紀委員なんだ。だからここ最近の君の動きは、風紀委員長から聞いているよ」


「そうなんですね」


 ここ最近の俺の動き。


 ……ほぼ入り浸ってるよな、この女体研究部に。

 いったい何を言われているのやら。


「キミは変態管理官を目指してるそうだね。そのわりには風紀委員としての活動にはあまり熱心じゃないみたいだ」


 案の定、痛い所をつかれた。

 とはいえ俺にも言い分はある。それも正当なやつが。


「涼月委員長から、ナギサ先輩に風紀委員としての動きを教わるよう言われていたのですが、不在のようでしたので。しばらくはこちらの部活での活動を優先していました」


「ふうん……」


 納得したのかは微妙な反応だが……でも特にそれ以上言ってくる様子は無さそうだ。


「ちなみにですけど」


 だから今度は俺から質問することにした。


「ナギサ先輩って変態管理官見習いに抜擢されたんですか?」


「まあそうだね。抜擢という表現が正しいかはともかく、つい先日変態管理官の見習いとして正式に任命されたよ」


 やはりそうか。

 そうなると是が非でも知っておかなければいけないことが俺にはあった。


「区分は? ナギサ先輩の変態管理区分はなんです?」


 ――変態管理区分。

 それは簡単にいえば、変態管理官の得意分野のようなものだ。


 べつにその分野以外を管理できないというわけでもないが、変態が事件を起こした際は基本的にその区分に基づいて、現地に派遣されることになる。


「気になるかい?」


 ナギサ先輩は肩まで伸びた黒髪を揺らしながら俺の目をまっすぐ見つめる。

 その顔は、真横から差し込む光の影響だろうか、こちらを嘲笑あざわらっているようにも見えた。


「――露出だよ」


「……!」


 それは俺が取ろうとしていた管理区分だ。

 そして……俺自身の変態としての特性でもある。


 変態管理官見習いであるこの先輩から学ぶことは多いだろう。

 けれど気をつけねばならない。


 油断すると、全裸村出身の俺は、彼女に『管理』される側に回ってしまうかもしれない。


 すべてを見透かすような落ち着いた表情の彼女を見ながら、俺は密かに警戒心を高めるのだった。

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