第15話 見習い変態管理官の少女

「なんかなー」


 放課後。


 赤い夕陽が差し込む部室のソファに寝転がり、天井を見つめながら俺はぼやいていた。


 昨日ようやくナギサ先輩との対面を果たした俺だったが、結局彼女が忙しいということで、風紀委員の活動は特に無し。


 まあ、風紀委員長と風紀副委員長はいろんな会議に顔を出さないといけないみたいだし、俺みたいな新人にまで手が回らないのも仕方が無いよな。


 ……でもなんかなー。


「ちょっとラビュ、校庭を散歩してくるね」


「おー」


 今まで原稿用紙とにらめっこしていたラビュも、部室を出て行ってしまった。

 きっとマンガの展開に悩んでいるのだろう。


 いつもならこういうタイミングで、倉橋あたりがひょっこりと顔を出し俺に声を掛けてくるのだが、今日は不在のようで完全にひとりきりだ。


 この部活のメンバーは誰もが個性的で一緒にいると楽しい連中なのだが、でもそのぶん誰もいない部室はやたらと空虚で、ひとりでいると一気に暗い気分になってしまう。


 ……全裸村に来てくれるような変態仲間を作るという目的。

 父さんを助け出すという目的。

 どちらもなにひとつ進んでいないのに、俺はこんなにのんびりしてていいのだろうか。


 本当は今日みたいにラビュとふたりきりの時にこそ、距離を一気に縮めるチャンスなんだろうけど、彼女はマンガのことばかり考えているから、なかなかうまくいかないし。


 なんか全部の歯車がイマイチ噛み合ってない感じだ。


 ……いや、焦るな。

 なにひとつ進んでないなんて、そんなのウソだ。


 だって、俺はラビューニャ・ハラスメントという優れた変態パワーの持ち主と知り合うことができた。

 同じ部活にだって入ってる。


 少しずつでも進んではいるんだ。

 いまの俺は、大きな成果を出せてないから不安になっているだけ。


 冷静になれば、むしろ順調なくらいだ。


 ひとまずはこの調子でラビュと仲良くなっていき、なるべく早い段間で彼女を連城村の仲間に誘おう。

 そしていずれは彼女の母親であるドレッド・ハラスメントとも話す機会を作る。


 変態詩人ドレッドは、変態界に太いパイプを持っているのだ。


 場合によっては、管理局以上の情報収集能力があってもおかしくないし、うまくいけば、父さんの監禁場所に関する情報も入手できるかもしれない。


 もしそれがだめでも、変態管理官がこの学園に派遣されてくるはずで、そうなればその人物から様々な情報を引き出せる。


 目的達成のためにできることはやっているんだ。

 これからも一歩ずつ確実に進んでいこう。


 ソファに寝そべり、焦る気持ちを抑えながらラビュが戻ってくるのを待っていると――。


 がらがらと入口の扉が開いた。


「ふぅ」


 そしてため息とともにかすかな足音が聞こえてきた。


 ラビュではなさそうだ。

 そう思った俺は軽く顔を上げ、ふらふらとこちらに歩いてくる人物に目を向けた。


 髪が顔に掛かっていていまいち見づらいが、どうもナギサ先輩のようだ。

 学校広しといえども、足首付近まで隠れるようなロングスカートをはいているのは彼女くらいだからすぐにわかる。


 しかしやはり管理官見習いと学生の両立は大変なのだろう。

 彼女は明らかに疲れ果てていた。


「お疲れ様です」


「……」


 声を掛けたが返事が無い。


 聞こえなかったのか?

 いやもしかすると俺が寝そべったまま挨拶したから、無視されたのかもしれない。


 たしかにこのリラックス体勢で先輩に挨拶するというのは、ちょっと態度が悪すぎた。

 もともと彼女から好感を持たれているとは言い難い俺だし、いくらなんでもこれはまずい。


 慌てて起き上がろうとした俺だったが、それより早く先輩がソファの前に立っていた。


 そして――。


「ふぃぃ」


 先輩がため息をつきながらこちらに倒れ込んできた!?


 俺の身体の上に無造作に寝転がる先輩。

 思わず俺も受け止めてしまったが……いや、この体勢はまずいって!


 ソファの上で互いの身体が密着していた。

 制服越しでも伝わってくる彼女のやわらかな感触は、ラビュにも負けず劣らず魅力的だ。

 そして彼女の首筋からほのかに漂う、甘いにおい。


 俺は緊張のあまり身動きが取れなくなっていた。


 一方のナギサ先輩は、しばらく俺の上で寝そべったままジッとしていたが、さすがに違和感に気づいたらしい。


 慌てて身体を起こし、そして、下敷きにしている俺と目が合う。


「うわあっ!?」


 先輩は、驚愕に目を見開きながらソファから飛び降りた。

 そして後ずさりしつつ、こちらを指さす。

 

「き、きみ! なぜ私の下にいる!?」


「先輩が乗って来たからです」


 即座に答えながらも、ナギサ先輩のリアクションが正直意外だった。


 俺がいるソファにダイブしてきたこともそうだが、あんなに身体が密着していたのにしばらく気付かないとは。


 見習いとはいえこの若さで変態管理官に抜擢されるくらいだから、文武両道のずば抜けた天才をイメージしていたが、しっかりしているように見えて、意外と抜けたところがある人のようだ。


「わ、私が? キミに乗る?」


 驚愕の表情で聞き返してきた先輩だったが、時間が経つにつれさすがに落ち着いて来たらしい。

 彼女の指と視線はだんだんと下がっていき、最終的にソファに向けられていた。


「……ああなるほど。キミが先にソファに寝ていたのか。いやこれは申し訳なかった。実はこの部屋は、去年まで風紀委員が資料室として使っていてね。ただ基本的に誰も来ないから、実質私の貸し切りだったんだ」


「だから今も、俺がいることに気付かずソファに寝転がってしまった?」


「そういうことだ」


 ナギサ先輩は、静かに苦笑している。


「身についた習慣というのは恐ろしいね。他に誰かいる可能性すら考えてなかったよ」


 そして俺に申し訳なさそうな表情を向けてきた。


「しかし君には本当にすまないことをした。いきなり乗られて重かっただろう」


「い、いえ、むしろ軽くてびっくりしました」


「そうかい?」


 気を使わなくてもいいのにと言いたげに微笑むナギサ先輩だが、別にそういうわけじゃない。


 本当に軽かったのだ。

 身長で言えばラビュより上なのに、体重はラビュと大差ない気がする。


 もちろんラビュだって体重が重いわけではないし、そもそも胸の差があるから仕方が無いと言えなくもないが、でもナギサ先輩だって制服の膨らみを見た限り平均以上にはある……あ、いやそんなセクハラじみたことを考えている場合じゃなかった。


「俺、移動しますよ。なんとなく横になってただけなんで。先輩はお疲れみたいですし、ソファを使ってください」


「いや、そんな気遣いは不要だ」


 俺が立ち上がろうとすると、彼女にやんわりと押し戻されてしまった。

 そしてこちらを見つめてくる優しい瞳。


「ここは部室だからね。部活に参加する人なら、誰だって使用できて当然だ。それに先輩としては、後輩にだらしない姿を見せるわけにはいかない。だからそのソファは君が使うといい」


「……」


 もちろんそれは単なる建前で、俺に気を遣っているのだろう。


 俺の存在に気付かないほど疲れている先輩なので、ぜひともソファを使ってもらいたい。

 とはいえ、ここまで言われてソファから離れるわけにもいかない。

 そんなことをすれば、先輩に恥をかかせることになってしまう。


「……ではお言葉に甘えて。ただ俺も先輩にだらしない姿をみせるわけにはいかないので、普通に座らせてもらいますね。先輩もよければソファをお使いください。ふたりくらいなら問題なく座れますから」


 姿勢を正し、ソファに座りなおす俺。


 すると先輩は、なにが面白いのか、くすくす笑いながら俺のすぐ隣に腰かけた。


 ――肩が触れ合うほどの近距離に。


 ……てっきり彼女は離れた席に座ると思っていただけに、なんかちょっと意外だ。


 ナギサ先輩に嫌われている気がしていたが、別にそんなこともなかったのだろうか。


 昨日のナギサ先輩はこちらを探るような目をしていて、警戒心もあらわといった感じだったのに、今日は打って変わってすごく打ち解けて話してくれる。


 こうなると、俺としては反応に困る。

 

 ――実のところ、昨日初めて会った時からナギサ先輩のことは気になっていたのだ。

 べつに一目ぼれなんて言う気は無いが……でも実感としてはそれと近い。


 率直に言おう。

 全裸村出身の俺は、洋服を着ている女性に弱い。


 恋愛的な意味で、滅法弱いのだ。

 惚れやすいと言い換えてもいい。


 特にその着ている洋服の生地が分厚かったり、肌を覆う面積が多かったりするとテキメンに効く。


 その点ナギサ先輩ときたらびっくりするくらい長いスカートをはいている。

 ここまで長いスカートをはいている生徒は、他に見たことが無い。


 そしてこれは重要なポイントなのだが、ただ単に長いだけでなく、かなりしっかりとした厚みのある生地だった。


 制服だからみんな画一的なつくりのはずだが、俺には分かる。


 暗幕カーテンを思わせるほどにどっしりとした存在感のあるスカート。

 そして他の誰も着ないくらいずば抜けたその丈の長さ。

 

 間違いない!

 先輩は、スカートを特注で作ってもらっている!


 分厚くて、丈夫で、長くて、立派で、それなのに軽くて動きやすいという夢のようなスカートを!


 しかもこのスカートの滑らかな手触りといったら、思わず今すぐ駆け寄って頬ずりしたくなるほど。


 いや、もちろん実際に撫でたわけでは断じてないが、でも見ただけで生地の滑らかさは一目瞭然だ。


 きっと一流のスカート職人に制作を依頼したのだろう。

 なんなら俺も一着作ってほしいくらいだ。


 額縁に入れて部屋に飾りたくなるほどの素晴らしい逸品なのだから、俺が隣に座っている先輩のスカートをちらちら見てしまうのも当然だと思う。

 

 いうなれば俺は、ナギサ先輩の分厚いスカートに一目ぼれ状態になっていたのだ。

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