第13話 セクハラ現行犯(前編)
今日も今日とて第三会議室に顔を出したあと、部室にやってきた俺。
けれどいつもと違い、そこでは異様な光景が展開されていた。
「いいじゃん……ね? 優しくするからさあ……」
「い、いえ、その……たしかにラビュさんのことは好きではあるのですが……それはあくまで友情であって……」
「いいじゃんいいじゃん。好きなら結局は一緒だって。ラビュに身を任せちゃえば、いいじゃんいいじゃん」
「……」
なにやらラビュが
ソファに座っている御城ケ崎の膝の上に乗り、首に両手をまわし密着状態。
表情も普段と違い、どこか妖艶な雰囲気が漂う。
「べつに変なことはしないからぁ。その可愛いお口に、ちゅってするだけ。ね?」
「いえ……それは……」
「どうしたラビュ。『セクハラ』だぞ、それ」
「え~!?」
俺が指摘すると、ラビュはこちらを振り返り、大げさに声を上げた。
そして金髪を揺らしながら首をぶんぶん振っている。
「おねえちゃんと一緒にしないで! ラビュはちゃんと同意を取ってるから!」
「同意ねえ……。俺には嫌がってるようにしか見えないが」
ソファの目の前に置かれたパイプ椅子に腰掛けながらつぶやくと、ラビュはにっこり笑っている。
「そういう同意を取ってるからね」
「ん?」
「ラビュさんには、ほどよく嫌がるように指示を受けております……」
「ほどよく嫌がる?」
「はい……本当は大好きで、キスだってしたいけれど、でも照れて恥ずかしがっている――そんな振る舞いを求められていました」
なんか複雑だな……。
でも同意があるというのは嘘ではないらしい。
「ほどよく嫌がるの、だんだん上手くなってきたよね、ユーラも」
「ですが疲れました……」
「え~! こっちはだいぶ気合が入って来たのにぃ~!」
「そもそもわたくしはラビュさんとのキスに興味津々なので……こうも迫られると拒否が難しいのです」
すごいこと言ってんな、御城ケ崎は。
「しょっかー。まあたしかに最初のほうは普通に受け入れ態勢に入ってたもんね。私がキスするよっていったら、どうぞって唇を突き出してくるの。こっちも我慢するのが大変だったよ」
「なにやってんだ、お前ら」
「ですが、光太郎様も仕方がないと思いませんか? ラビュさんがキスを迫ってくるんですよ?」
「いやそれは――」
思わず否定しようとした俺だったが。
「……まあ、大変だとは思う」
今までの経験を思い出すと、そうとしか言いようが無い。
「あーあ。結局ユーラにもフラれちゃったぁー。やっぱりこうなったら、キス友を作るっきゃない!」
「キス友……ですか……?」
「そうそう。いつでもキスできる友達。いたら楽しいと思わない?」
「思います」
御城ケ崎は即答したあと、どこか遠くに視線を向けた。
「シュアル様なら、世界中にいそうですね……キス友……」
シュアル様……?
ああ、ラビュのお姉さんである、セクシュアル・ハラスメントさんの愛称か。
最近だと『セクシュアル・ハラスメント』という言葉に良いイメージがないこともあり、彼女に好意的な人間は『シュアル』と呼んでいるのだ。
「ん~? そうでもないよ。おねえちゃんって、ムリヤリが好きだからね。だから、相手がノリノリだと逆にテンションが下がっちゃうみたい。キスする相手が見つからないっていつも嘆いてるよ」
「なるほど『セクハラ』か……」
普通にキスするだけならあの美貌だし、それこそ男女問わず相手なんていくらでもいるだろうになぁ。
そう考えると、ちょっと不憫だ。
「ラビュさんも、無理矢理がお好きなんですか……?」
「ん~、どうだろ? そもそも普通のキスもしたことがないから、『ムリヤリがいい!』みたいな感じでもないけど」
「意外です……。ラビュさんだって、その気になればいくらでもお相手がいそうですが……」
たしかにそれはそうだ。
姉と違って選り好みもしないのなら、それこそ引く手あまただろうに。
「ラビュはマンガばっかり描いてたから。いろんな気持ちをぜーんぶ、マンガにぶつけてきたの。そーなると恋人なんて作る時間がないよね」
「そういうものですか……」
「うん。あ、でもファーストキスの相手はナギーがいいなーって思った時期もあるよ。本人には思いっきり拒否されちゃったけど」
「……そのナギーっていうのは、男なのか?」
「え?」
なんとなく尋ねると、ラビュが不思議そうにこちらを見た。
「ふふふ」
そして聞こえてくる、からかうような笑い声。
「光太郎様は、意外と可愛いらしいところがおありですね……」
「か、かわいい?」
「ナギーは女の子だよ。ラビュが男の子とキスしたがってると思って、嫉妬しちゃった?」
「いや、そういうんじゃ……ただ気になっただけだ」
「さすがにラビュも、男の子のキス友はちょっと恥ずかしいにゃ~」
「ですが、男性向けのラブコメを描くのなら、男性の方とのキスの経験というのは参考になるのでは……? それに光太郎様とならキスしてもいいとおっしゃっていたように思うのですが……」
「ん~?」
首を傾げたラビュは、そのままの態勢でソファから腰を浮かすと、俺にすすすっとすり寄ってきた。
「ね、コータロー。キス――」
「しない」
「審判! 判定を!」
ラビュが叫ぶと、ソファに座っていた御城ケ崎がその場で立ち上がり、スッと背筋を伸ばす。
そしてキリッとした表情で天井を見上げた。
「――キスを許可いたしましょう!」
「いや、なんでだよ!?」
思わず叫んだが、御城ケ崎は聞く耳を持たないといった毅然とした態度で俺に手のひらを向けてきた。
「拒否が異常なまでに早かったことが理由です。キスを熱望する気持ちの裏返しだと審判は判断しました」
「やった! 審判からキスの許可が下りた!」
「な、なんだよそれ!? キスの許可……!?」
困惑する俺だったが、ラビュと御城ケ崎にふたりがかりで腕を掴まれてしまい、あっという間にソファまで移動させられてしまった。
俺の隣にちょこんと座ったラビュは、俺を見上げてにひひと笑っている。
「あのね、コータロー。審判の判断は絶対だから、抗議しても時間の無駄だよ。ジャッジの結果に大人しく従ってもらわないと」
「意味が分からんが……」
「分からなくてもいーよ。あとはラビュに身を任せて。とりあえず『ガトリングキス』の体勢に入るね」
「が、がとりんぐきす……! やるんですか、ラビュさん!? ファーストキスでガトリングキスを!?」
驚愕の表情を浮かべる御城ケ崎に、ラビュはコクリと頷いて見せた。
「もちろん。ラビュは
……ガトリングキス?
もちろんそういうキスの仕方があるのだろうが、正直俺は聞いたことが無かった。
「ガトリングキスってなんだ?」
尋ねると、ラビュは遠くを見つめる。
「ガトリングキス。それは読者から好評を
「……マンガの話か?」
「もちろんです。『俺のガトリングキスを受けてみろ』。普段はクールなゴンザレス先輩がレオタード姿で放ったあの言葉にはしびれました……もちろんそのあとのキスシーンも最高で……」
「あ、あの辺の展開はラビュもお気に入り! それにナギーも褒めてくれたし。なんかこー、女の子の理想のキスが詰まってるよね」
「……作者にも謎のキスなのに?」
ツッコミを入れてみたが、ラビュは気分を害した様子もなく、ニコニコとこちらを見てくる。
「大丈夫だから。構想はきちんとあるの。空気をお口いっぱいにため込んだあと、相手の口内に全力で息を吹き込むことで意識を刈り取る。それがガトリングキス!」
「いうほどガトリング要素あるか? そしてなぜキスで相手の意識を刈り取る必要が……」
「だから、そういう疑問点を解消するために実戦形式で試すんだよ。なにもかも頭の中だけでやっちゃうと、小さく縮こまっちゃうからね。今後のためにも、一度は実際にやってみないと」
そう言って、俺の目をのぞき込んでくるラビュ。
金色の髪がさらりと揺れた。
「ね、コータロー。キスしていいよね? 同意、取れてるよね?」
「……」
かなり強引な手段なのに、それでもこうやってラビュと見つめ合っていると、いろいろ抗いがたいものがある。
でもだからこそ俺は、抵抗するために全ての精神力を絞り出すことにした。
こんなわけの分からない流れでキスすると、なんだかラビュとの関係がこじれそうな気がしたのだ。
急に気まずくなって互いに疎遠になる、そんな展開が予想できてしまった。
「……こんな軽いノリで、キスなんてするわけがないだろ」
「え~? でもラビュって可愛いからさ、帰り道に変なおじさんに襲われて出合い頭にぶちゅってされちゃうかもしれないよ? ラビュのためにもコータローがファーストキスの相手になってよ」
「もしそんなことがあったって、それはノーカウントでいい。当然だ」
「ノーカウントはちがくない? 初めては初めてじゃん」
「いいやノーカウントだ。大事なのは互いの意思。意思のないキスに価値などない。無理やりされたけど初めてだからファーストキス? そんなくだらない意見には、俺は断固として反対する」
「でも初めては初めてだし」
頑なにその主張を繰り返すラビュの目を、俺はまっすぐ見つめ返す。
「たとえばの話だが。ラビュの友達が、実際にそういう被害に遭ったとしよう。言うのか? ファーストキスが変態のおっさんになったねと?」
「それは……」
「口が裂けても言えまい。きっとラビュだって実際にそういう場面に出くわせば、必死に被害にあった子を慰め、ファーストキスに価値なんてないと伝えることだろう。しかし、相手や状況によって主張をころころ変えるのはみっともないことだと思わないか? だからこそ俺は、最初から誰も傷つかないで済む『意思のないキスに価値などない』という主張を推し進めたいんだ。キスは、自分で選んだ相手とするからこそ価値がある、神聖な行為! 意思に反するキスは、これは断じてキスではない!」
「むー……」
情熱だけはやたらと込めて声高に主張すると、ラビュも反論が難しいと思ったのか、すねたように唇を尖らせていた。
「コータローって結構真面目だよね。でもそれって本心? それともラビュとキスしたくないからそう言ってるだけ?」
「もちろん本心だ。そういえば言ってなかったかもしれないが、俺は変態管理官を目指しているからな」
「まあ、それはウサチャンに聞いて知ってたけど。ちなみにコータロー……」
「なんだ?」
「変態が愛情を込めてキスしたときでも、それはノーカウントになる?」
「そんなの当然だろ。変態側の意志なんて関係ない。される側がキスを歓迎していなければ、キスとしてカウントする必要なんて無いんだ」
「ふーん……。あとで『やっぱりさっきの無し!』とか言ったりしない?」
「言うわけがない。これは俺の信念と言ってもいい。ぜったいに言葉を
「そっか~。でもよかった」
「……よかった?」
「うん。だって、コータローは――」
「うぐっ」
俺の上にのしかかってきたラビュは、薄く笑っていた。
「ラビュが無理やりキスしても、ノーカウントにしてくれるってことだよね?」
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