第10話 幽霊部員B――御城ケ崎ゆら

 入部を決めた翌日の放課後。


 第三会議室に顔を出し、風紀委員長たちにラビュと同じ部活に入ることを報告した俺は、ふたたび旧校舎の書庫室にやってきていた。


 もちろん、ラビュと親しくなろうという下心ゆえだが……扉を開けてみるとそこに金色の輝きはなく、黒髪の少女が一人ソファに腰かけている。


 御城ケ崎ごじょうがさきゆら。

 どこかかげがあるが、儚い雰囲気の美少女だ。


 しっとりとした長い黒髪がよく似合っていて、見た目をひとことで表現するのなら、深窓の令嬢。

 もっともそれは見た目の話であって、彼女が盗撮マニアだということを俺は知っていた。


 そういえばそのあたりの話について理事長直々に連絡があったと、風紀委員長が苦々しい顔をしていたっけか。


 旧校舎に部室ができるくらいならともかく、そこが監視カメラまみれになってるなんて後から言われても確かに困るよな。

 

 叔母さんも意外といい加減というか。

 まあ、忙しすぎて手が回ってないんだろうけど。


「ラビュはいないんだ?」


「………………………………」


 ごく普通に声を掛けたつもりだったが、返ってきたのは重苦しい沈黙だった。

 

 御城ケ崎の視線は俺の顔を捉えてはいるが、全くの無表情で、俺の声が聞こえていたかさえ判断がつかない。

 あまりに気まずくて、俺の背中を冷や汗が流れ始めたころ――。


「……お休みの……ようですね……」


 ぽつりとつぶやく御城ケ崎を見て、俺はほっと息を吐いた。


 そういえば『男の人と話すのが慣れていないので、気分を害するかも』みたいなことを言っていた記憶がある。


 つまりこれが彼女のペース。

 落ち着いているように見えるだけで、実際はどんな言葉を紡ぐか懸命に考えていたりするのだろう。


 嫌われているということはなさそうだし、俺も気楽にいくか。


「そっか。風邪かな」


「……いえ……ご自宅でマンガを描きたいそうで……」


「ふーん」

 

 てきとうに相づちを打ちながら御城ケ崎の隣に座る。


 と、入れ替わるように、彼女がスッとその場に立ち上がった。


 そして無言のまま、そそくさと扉から出て行く。


「……いやこれ嫌われてない……?」


 部室にひとり取り残され、俺は愕然とした。

 さすがにここまで露骨に避けられるとちょっとショックだ。


 でもそれも仕方が無いのか?


 慣れない男子生徒と放課後の部室でふたりきり。

 変なことをされるのではと怯えるのも無理はない。


 ……しないんだけどなあ、そんなこと。

 でもいきなり隣に座ったのは、ちょっと良くなかったかもな。


 と。


「がらがらがらがら」


「うおっ!?」


 口でガラガラと言いながら入口の扉をあけ、御城ケ崎が再び入室してきた。


「ふむ……」


 そして俺をじっと見つめ、ぽつりとひと言。


「……においを嗅いでいない……これは意外です……」


「な、なにがだ?」


「光太郎様はたぐいまれなる変態だとお聞きしました……。ですのでわたくしが席を外せば、わたくしが座っていた場所に興味を示すだろうと思ったのです……」


「つまり、においを嗅ぐと?」


「ええ。だって変態なんですよね?」


「聞かれても困る。どこ情報だよ」


「…………」


 無言か。

 サッと目をそらしたところをみると、言葉につまったというより黙秘することにしたようだ。 


 ラビュから聞いたのだろうか?

 初めて会ったときに俺の名前をなぜか知ってたし、叔母さん経由で情報を入手していたのならありえなくもないか。


 でもなんかそんな感じじゃないような気も……。


 もしかすると彼女たちは、ネットで『連城れんじょう』の名を知ったのかもしれない。

 父さんが逮捕されてから5年ほど経ち、世間一般の人は連城村の名を忘れかけているが、ネット上だと未だにその話題で盛り上がっていると聞いたことがある。

 

「どっちにしろ俺は、この部屋にカメラがあることを知ってるんだ。映像に残ることが分かってて、そんなことするわけがないだろ。いやカメラが無くてもしないけども」

 

「むろん、最初はそのように考えました。ですが――変態のかたならばむしろ、わたくしが映像を確認することも考慮に入れたうえで、においを嗅ぐのでは? わたくしの身も心も汚すために……」


「ほっほー……あ、いや違う」


 変態心理への深い理解に感心してる場合じゃない。

 

「っていうか、御城ケ崎だって嫌だろ。自分が座ってた場所のにおいを嗅がれるのは」


「死ぬほど嫌でした」


「ならなんでそんなリスクを冒してまで席を離れたんだ……」


「男性の方とふたりきりだと、どのようにコミュニケーションをとっていいのか分からず……。これはもう我が身を犠牲にして話題を作るしかないと思ったのです……」


「まじか……」


 つまり、今こうやって会話をするために、そんなリスクを負ったってこと?

 そこまで追い詰められていたのか……。


「もし俺が本当にソファのにおいを嗅いでたら、どうしたんだよ。話なんて広げようがないだろ」


「……そんなことはありません……光太郎様の犯した変態行為に罰を与えるという話をするつもりでした……」


「罰?」


「はい。例えば――」


 御城ケ崎は、澄んだ瞳をまっすぐ俺に向け。


「――わたくしとお付き合いしてください、とか」


「……」


 おつきあい……?


「い、いやいや、それじゃあ御城ケ崎への罰ゲームになるだろ」


「なりません」


「え?」


「実はわたくし……光太郎様に一目ぼれしてしまったのです」


「そうなの!?」


「そうなのぉ!?」


「…………ん?」


 いま、俺以外の驚き声が聞こえたような……。


 声の出所を探って周囲を見回していると、御城ケ崎はつかつかと部室の窓際にあるロッカーへと歩みより、その扉をゆっくりとあけた。


「見つけました、ひかりさん」


「あ、あはは、見つかっちゃった」


 縦長のロッカーにすっぽり嵌っている倉橋は照れくさそうに笑っているが……。

 

 状況がまるで理解できない。

 なぜ倉橋はそんなところに隠れていたんだ……。

 

「えっと……?」


「ごめんなさい」


 御城ケ崎は困惑する俺に向け、優雅に一礼した。

 黒髪がサラサラと流れる中、彼女は静かにつぶやく。


「一目ぼれの話は冗談です……。光太郎様がいらっしゃる前に、ひかりさんとかくれんぼをしておりまして。ですがご覧の通り狭い部屋ですから、ただ見つけるだけでは面白くありません。本人から居場所を自白させるハードモードに挑戦しようと思ったのです……」


「そ、そっか」


 一目ぼれというのは、倉橋を驚かせるためのウソだったわけだ。

 ホッとしたような残念なような。


「ただ……嬉しかったですよ……」


「うん?」


「『一目ぼれした』と伝えたとき、光太郎様の表情が明るくなりました……」


「……そうだったか?」


 とぼけてみたが、否定はできない。


 だって実際、喜んだし。

 そら喜ぶよ。一目ぼれなんて言われたらさぁ。


「わたくしはこのとおりの根暗な女で……あまり人から好かれる性質ではありません。ですから……」


 そう言った彼女は、照れたように微笑む。


「嬉しかったんです。ちょっぴりですけど」

 

「……」


 いつも無表情な女の子が不意に見せる柔らかな笑顔。

 その可愛いらしさに、俺は一瞬言葉を失ってしまった。


 ラビュや風紀委員の面々もそうだが、倉橋だって愛嬌たっぷりで可愛らしい少女だし……本当にこの学園には魅力的な女の子しかいないよな……。


「ほんとにちょっぴり? ゆらちゃん、すっごく嬉しそうに見えるよ」


「ふふふっ、ちょっぴりです。わたくしはウソなんてつきません」


 口に手を当て上品に笑う御城ケ崎。

 彼女の頬が赤くなっているように見えるのは、きっと窓から差し込む夕日のせいだ。


 ……そういうことにしておこう。

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