第4話 風紀の守護者たち(前編)

 翌日の放課後。

 金髪少女の情報を風紀委員長から仕入れるため、俺は本校舎2階にある第三会議室に来ていた。

 

 風紀委員のみ立ち入りが許されたこの部屋は、黒光りする格調高い机が中央に配置されているうえに、入り口付近には座り心地の良いソファと背の低いガラステーブルが置かれていて、明らかに会議には不向きな場所に思えた。


 見た目の印象としては、校長室のほうが近いかもしれない。


「――以上が、昨日の見回りの結果です」


 そしてふかふかのソファに座ったままキリッとした表情で報告を終える俺。

 まあ報告といっても『薄暗い放課後の旧校舎をうろつく生徒がいて、風紀上不安を感じました』という程度の内容だ。

 

 昨日の出来事を正確に報告してしまうと、下着姿で散策していたあの金髪少女が停学になりかねないのだから仕方がない。


 これは彼女のためなのだ。


 ……まあ事実をそのまま報告した場合、俺まで停学になりかねないという懸念があったことも否定しないが。

  

 なんにせよあらかじめ用意していたセリフをよどみなく伝え終えた俺は、格調高い机にもたれかかるようにして立っている、鋭い目つきのりんとした少女を見上げた。


 彼女こそがこの部屋の主、風紀委員長の涼月夜宵すずつきやよい先輩である。

 モデルのようにスラリとしたその姿からは想像もつかないが、武道の腕もかなり立つとの噂だ。


「……ふむ。昨日、キミが送ってくれたメッセージである程度把握していたが……金髪の美少女というのなら、間違いないだろう」


 ソファに座る俺をまっすぐ見つめた涼月先輩は、さらさらとした長い黒髪をかきあげながらつぶやく。


「――ラビューニャ・ハラスメント。それが彼女の名だ」


「ハラスメント……?」


「ああ。君も知っているだろう? 彼女はあの悪名高きハラスメントの人間なのだ」


 もちろん知っている。

 というか、その名前を知らない人間のほうがまれだろう。


 ――『ならずもの一家いっか』。

 それがハラスメント家の評価を端的にあらわした言葉だ。

 かつては欧州の名家という位置づけだったそうだが、現代ではそんな認識の人間はまずいない。


 それくらい当主であるパワー・ハラスメント氏と、その息子アルコール・ハラスメント氏の傍若無人ぶりは凄まじく、その悪評は遠く離れた日本の地にまでとどろくほど。


 彼らの悪行は、説明することさえはばかられるようなものばかりだが――まあ、今となっては彼らの名前からある程度の想像がつくだろうと思う。

 暴言や脅迫行為は日常茶飯事で、学校を襲撃し生徒たちに酒を無理やり飲ませ急性アルコール中毒にしたり、仲間と一緒に警察署を襲撃して警察署長を牢屋に閉じ込めたりと、とにかくやりたい放題、反社会的行為のオンパレード。


 彼らの行為が社会に与えたインパクトが強すぎたせいで、いまでは『パワハラ』・『アルハラ』といえば、彼らがおこなった犯罪行為そのものを指すほどになってしまった。


 ちなみに例の変態詩人ドレッド・ハラスメントもこの家の出身だったりするのだが……『ハラスメント家の良心』なんて呼び名からも分かる通り、どの国でも一流の文化人として扱われていたりする。


 そんな彼女の奮闘の甲斐もあり、ハラスメント家の評判が持ち直した時期もあったそうだ。


 もっとも彼女の娘、『欧州の堕天使だてんし』として知られるセクシュアル・ハラスメントが数年前に起こしたスキャンダルのせいで、ならず者一家の評判は不動の物になってしまったわけだが……。


 そういえば、そんな『変態詩人』には、娘がもうひとりいると聞いたことがある。


「……つまり俺が出会ったあの金髪の少女は、ドレッド・ハラスメントの娘?」


「そうだ。かの有名な変態詩人の愛娘まなむすめのひとり。それこそがキミが出会ったラビューニャ・ハラスメントだ。愛称はラビュ。彼女はエスカレーター組で、我々にとってもなじみ深い存在といえる。――問題児としてね」


「問題児……」


「もっともその責任を本人に負わせるのは酷かもしれない。彼女を直接見たのなら分かると思うが……可愛かっただろう? 見た目だけでなく、振る舞いも」


「はい、とびっきり」


 俺が躊躇ちゅうちょせず頷くと、涼月先輩も真面目な顔で頷く。


「あの天使のような可愛さに魅了された周囲の人間が、彼女の取り合いを始めてね。かなり揉めたそうだ。最終的には殴り合いの喧嘩まで起きたらしい。小等部の女子生徒たちがだぞ」


「な、殴り合いですか…」


 お嬢様学校でもそういうことってあるんだな。

 まあ、ヒートアップした人間なんて獣みたいなものだし、子どもならなおさらか。


「呆れた話だと思うだろう? だがラビュじょうを独占したいという気持ちは、正直なところ私も分かるんだ」


 先輩はそう言って、照れくさそうに頬をかく。


「初めて彼女に会ったときは、たしか早朝だったんだが、金髪が朝日を浴びてキラキラと輝いていてね。そして彼女は私を見て、嬉しそうにニコッと微笑むんだ。あまりの可愛さに腰が抜けてしまったよ」


「……腰が?」


「ああ。慌てて駆け寄ってきたラビュ嬢に助け起こしてもらったが……あれは恥ずかしかったなぁ……」


「……」


 この先輩、まともそうに見えて意外と変わってるな……。


「ちなみにですけどぉ」


 のんびりとした声が聞こえた。

 風紀副委員長の明星瑠理香あけぼしるりか先輩だ。


 俺が涼月委員長に昨日のことを報告する間も、この部屋の一番奥に置かれている作業机に向かいパソコンになにやら打ち込んでいた明星先輩だったが、作業は無事に終わったようで椅子ごと振り返りこちらを見ている。


 口調と同じくゆったりした印象で大和撫子やまとなでしこ感を漂わせる少女だが……。


 俺の変態レーダーがわずかばかりだが反応するところをみると、必ずしも見た目通りではないかもしれない。


 そんな彼女は頬に手を当て、ゆるゆると微笑む。


「『腰が抜けた』。これって冗談ではないんですよ。やよいちゃんは腰が弱いそうで……。私と初めて会ったときも、腰を抜かしてへなへなとその場に崩れ落ちていました」


「ああ、たしかにそうだったな。私の腰はよく抜けるんだ。そして一度腰が抜けると、しばらくの間は生まれたての子鹿のように立つことさえおぼつかなくなる。光太郎も私を驚かさないよう、よくよく気をつけてくれ」


「そうですか。ちなみにですけど、涼月委員長」


「なんだ?」


「先ほどから机にもたれかかってますが、腰は大丈夫ですか」


「いまのところ息災そくさいだ」


「なら良かったです」


「うむ。異性とこうやって1対1で話すのは初めてのことだからな。腰が抜ける可能性を考慮に入れ、あらかじめ机に支えてもらうという対策を取っていたわけだが、どうやら平気そうで私も安心している」


 そういって満足気に笑っている先輩は、なんだか大物の貫禄があった。

 とはいえなにをきっかけに腰が抜けるか分からない状況というのは、こちらとしても不安ではある。


「もしあれなら、普通にソファに座ってはどうですか? そのほうが安定感がありますよね?」


「ああ、たしかにそうかもしれない。お言葉に甘えて、座らせてもらおうか」


 そう呟いた涼月風紀委員長は机から離れると、俺の目の前のソファに移動し、ゆっくり慎重にそーっと腰かける。


「……うむ」


 異常は無かったようだ。

 安心したように微笑む彼女は、スッと優雅な動きで足を組んだ。


「……」


 まあ、動き自体は優雅だったんだけど……。


 ――太ももの隙間から、白い下着が見えていた。

 いや見るつもりはないんだけど、スカートがかなり短いこともあって、向かい合って座っている俺の視界に自然と白いものが入ってくるのだ。


 この人は下着が見えることを気にしてないのか?

 それとも気付いてないだけ?


 たぶん気付いてないんだろうなあ……。


 まあ、全裸村出身の俺だから、下着が見えたくらいでどうこうないんだけど、でもだからこそ注意の仕方が難しい。

 それこそ『セクハラ』と言われかねないし。


 俺がそうやって対応に苦慮していると、彼女は再び脚を組み変えながら、ため息をついていた。

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