第1話 未経験者大歓迎のアルバイト

 Aシティ第3区と第2区の境に位置する古めかしい時計屋に着くと、ルリはリュックからスマホを取り出して求人情報と位置情報を改めて確認した。

 時計屋はそれらしくなるように表に幾つかのオシャレな時計が装飾されており、窓ガラスの奥を覗くと一階には多少のテーブル席が用意されてあって、時計屋であると同時にカフェとしても機能しているようだ。


 しかし、注目すべき点はこの時計屋カフェを囲う周辺の民家である。


 現代風の時計屋とは対照的で、左隣の一軒家は中世ヨーロッパからタイムスリップでもしてきたかのような石造建築。そして時計屋の右隣には宇宙から飛来したカプセルのような未来風の家が建っている。


 子供が違うシリーズのオモチャセットを無理矢理一箇所に組み合わせたようなチグハグさ、それは全て「ミックス災害」がもたらした副産物。

 その影響は全世界に及んでおり、つい先月Aシティのシンボルだった巨大電波塔は未発見文明の宇宙ステーションと接着した歪な形に変わり果てた。


 異常現象も慣れてしまえば日常の一部になる。ルリはカットしたばかりで綺麗に整った前髪を軽く触って緊張を紛らす。よく無愛想と言われるので口角を指で少し上げて笑顔の練習する。


「住所合ってる……軽作業のみでアットホームな職場環境、未経験者大歓迎……初めてのバイトだし、こういうとこがいいよね?」


 労働環境を口にしたところで関心のある項目は変わらない。

 そう、「時給15000円」の項目。


 怪しさ満載な条件と報酬が記載された求人募集であるが、なぜか取得困難の政府公認マークがついていたおかげでルリは一切疑うことなく応募することにした。


「……すみません〜」


 報酬のことを思い浮かべながらルリは時計屋の扉を押して開ける。店内はテーブル席に座る見た目二十歳前後の青年が一人、夕方にも関わらず彼以外の客は誰もいない。


「(確かここの店長って女性だったよな……) おおーー! 待ってたぜ!」


 ルリに気づいた青年の表情はパッと明るくなり、スピーカーでも使ったかのような大声で話しかける。


「あ、はい」


 ルリは驚いて小さく肩を震わせると、それを隠すように店長の青年の対面の席に座った。


「随分と若いんだな、アンタ何歳なんだ?」


「え、年齢? 16ですけど」


「そっかそっか、その歳でこんな店を……立派だな」


「……? えっと、ありがとうございます?」


 癖の強い店長でルリは戸惑いを隠せない。


「アンタ、名前は?」


「あ、ルリです」


「俺はライトっ! まあ、なんつーか、敬語とか交渉? そういう系は苦手だけどよぉ、腕っぷしだけはあるからさ! ああ! そうだ、これ書いてきたんだ!」


 そう言うとライト店長はジャケットの裏のポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出して広げてみせた。本当に力が有り余ってるのか、紙の広げるライトの仕草は巨人が針を掴むように不器用。


「履歴書……? あ、そういうことか」


 履歴書にはライトらしい汚い字で記入されているが、重要なのは内容ではなく履歴書そのものである。

 その紙ペラはライトが店長ではなく、ルリと同じバイト応募者であることを示す。


 しかし、ルリはその美貌で割と勘違いされやすいが……

 彼女もそこそこのバカである。


「(名刺交換、的なアレだこれ!! バイトは店長も履歴書を見せるのがマナーなんだ、きっと) ありがとうございます! 私のもどうぞ!」


「(こ、これ! 名刺交換の履歴書バージョンか! 危ねぇーー、先出しといて良かったぜぇ!) うっす、サンキュー!」


 二人のアホは同じタイミングで互いの履歴書を手に取り、同じドヤ顔で読み始める。


「(やっぱ私って天才だ〜) 店長さん、時給15000円って本当ですか?」


「(やっぱ俺って天才だぜ!!) あのさ店長さん、時給15000円ってガチすか?」


「ん?」


「え?」


 二人の間の空気は一気に沈黙へと変わる。固まった二人の時間を再び動かしたのはスタッフルームから出てきた見知らぬ女性の声。


「ごめんごめん、爆睡してました、店長のマオです〜 ……えっと、今どういう状況?」


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