時空間特殊計測屋

YT

プロローグ ダイヤモンドの時計を持つ女

「人が消えることに悲しみを感じるだろうか?」


 質問が抽象的でわかりにくかったかもしれない、だから質問の内容をもう少し細かく肉付けしよう。


「仮に、あなたの知り合い……いいえ、最愛の人が目の前で忽然と消えてしまったら……どう思う?」


 様々な形の時計で壁を埋め尽くされたカフェのカウンター席に座る彼女は問う。自分で入れた紅茶を一口飲むと、女は無人の店内で言葉を紡ぐ。


「消える。姿形はもちろん、その者がにいた痕跡も記憶も思い出も感情も……概念そのものが最初から存在しなかったかのように消える」


 ティーカップの横に置いた錆びた懐中時計をそっと触れた。


「いわゆるミックス災害現象ってやつだね。私のしてるお仕事『時計屋』は名前のせいで勘違いされやすいんだけど、正式名称は『時空間特殊計測屋』……世界で一軒しか存在しない少し珍しいお仕事」


 紅茶をもう一口飲むと女はティーカップをに置いた。紅茶の揺れる波紋も跳ねた雫も見えない何かの力で固定されて動かない。

 立ち上がった女はスタッフルームの中から何枚かの紙を持ってくる。途中まで書きかけの時給の欄を見て少し悩み始める。


「時給6000円って安すぎだよね? うーーん……15000円もあれば学生ちゃんは来やすいよ……ね?」


 女はあまりにも世間常識を持ち合わせてない。

 それもそのはず、彼女は今までの人生で自分が経営するカフェからほとんど出たことがない。


 シュレーディンガーの猫は知っているだろうか。観測しない限り箱内には無限の可能性が秘められるが、逆に言えば観測した瞬間から箱内の結末は一つに収束する。

 この場合彼女のカフェより外の世界こそがカオスを含んだ未観測の箱であり、時給15000円という馬鹿げた報酬金額を楽しげに記入している彼女こそ箱の観測者である。


「パシr……じゃなくて彼氏とも別れちゃったし、新しいお手伝いさんを見つけなきゃ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る