057 落ち着かないココロ

「それでは、皇女様の拘束については近いうちに解けるものと思っていてよろしいのですか?」


 僕の報告を聞き終わったコリンが首を傾げる。その姿が僕の眼から見ても絵になるのが、やや癪に障る。個人的にはこれで十七と言うのが怖い。知らないうちに大きくなるな、僕が歳をとってしまうじゃないか。


「そうだな。あいつは随分皇帝のことを怖がっていたぜ」

「しかし、六大臣筆頭が王国あちらとつながっている、となりますとこの国の先行きが不安でもありますね」

「一応あちらさんとは敵国同士なんだっけ?」

「一応、なんてものではありませんがね」


 現に今、攻撃を受けることもしばしばあるくらいです。そのたびに出動させられて困っているのですよ? とコリンは言う。


「皇女さんはどうするつもりなんだい? この国とあっちの国と、二つの兼ね合いを」

「それは重要国家機密なので、僕ごときが口に出していいとは到底思えませんが」

「じゃあお前の予想でもいいよ。僕はなるたけそれの邪魔にならないように動きたいんだ。下手にかかわってしまうと面倒で仕方がない」

「話を聞く限り、もう相当にかかわっていると思いますがね……。まあいいでしょう、ほかならぬ師匠の頼みです。——おそらく、皇女様は自国民を最高に幸福にして、自分が最低に不幸になるつもりなんですよ」

「何度も言っているだろう、難しい言い方は止めろ」

「この国と、あちらの国。二つの国が長い間争い続けてきた元凶と今のこの現状。現況を作り——また、この現状を引き起こし続けている『何か』は責められるべきでしょう。しかし、『何か』の実態は明確にわかっているわけではありません。だから——彼女は、その『何か』に向けられるべき罪と罰をすべて自分の身に受けるつもりでいるんですよ」

「……」


 政治は難しいものだ。だが、戦争はわかりやすい。

 二つが混ざると、それは人になる。


 要は、皇女様は面倒だから力尽くで解決しようとしているんだ。全員が均等に幸せになることができなくって、何なら全員が不幸せになってしまうようなこの戦い。

 その戦いの果てに、自らの統べる世界が不幸せになることを嫌って、彼女は自分一人が不幸せになることを選ぶ。

 皇女様っていう一人の人は、全国民が不幸せになって、自分が中途半端に不幸な位なら、自分が完璧に不幸になって全国民が幸福な方が良い、そんな歪んだ思想を持つ女の子だっていうことだ。


「壮大な話だ。同時に、独りよがりな話だな。お前ら、浮かばれねえな」

「浮かばれる、なんて言われましても僕は死にませんがね。でも、師匠の言う通りです」

「どれだけ皇女様のために体を張って、命を張ったところで、彼女は真っ先に自分の命を投げ出しちまうんだろ? 守りがいも何にもねえよな」

「そうですね」

「どうして、十人を超える人間が彼女の下に集まりなんかするんだ?」

「それが、不思議なところですね。師匠の言うとおり、彼女は独りよがりです。誰だって集まらなくって、むしろ集まった人が離れて行ってもおかしくないのに、——彼女は慕われる。愛される。人々はきっと、彼女のことが妬ましくてたまらないでしょう」


 皇女なんてそんなものだろう。


「お前は、どうして彼女を慕う?」

「僕を人間扱いしてくれたからです」


 間髪開けずに即答して、表情を変えずに僕を見つめるコリンを見返す。

 睨めっこのようにしばらく目を合わせて、音を上げたのは僕だった。


「戦いは見せてもらわないことにしようかな」

「いいんですか? 師匠のことだから、駄々をこねてでも見に来ると思っていましたが」

「僕のことをどう思っているんだ。それよりか、咲家さきけの生き残りだという少年に会わせてくれないかな。大丈夫、会ったって突然殺したりはしないぜ。むしろ、僕が殺されるかもしれない。——リゼのように」

「構いませんよ。心配しないでください、彼はそんなに凶暴ではありません」

「え」


 てっきり断られるのかと思った。


「止める理由はないのですよ。むしろ、僕の方から頼みたいくらいです」

「何でだ」

「会っていただいてから説明しますよ。先入観というのは罪にさえなりうるものです」


 相変わらずコリンの言うことは複雑怪奇でよくわからない。

 ただ、咲家の小僧と会うのは楽しみだった。もしも、僕の抱くこの感情を楽しみと言って良いのならば、だが。

 何せ、あの小僧を見たあの日から、僕の心は動きっぱなしだ。

 もしかしたら、これが恋なのかもしれないな。

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