047 王女の幸せ

「この王家には三人の子供がいるんだ。しかし、中でもブランカは——末の王女様は冷遇されているみたいだぞ」

「そうですか。その三人の子供の詳細はわかりますか?」

「一人がもちろんそのブランカって子だな。他の一人はトリスタという名前で、暴力的な振る舞いと大雑把な性格が特徴だ。ブランカにとっては上の姉ってわけだな。で、下の姉はディクシャ。姉とは対照的に美しく優雅な所作をすることで有名、しかしその性格は残酷で残忍」

「そうですか。まるで悪魔のような文面ですね」

「噂だからな」

「ブランカさん本人についての情報は?」

「わずか八歳だ。それから、とても高慢だという。それ以外はわからない。とにかく末の王女の情報だけが少なすぎる。まるで誰かが意図的に隠しているみたいに」


 最近ずっとこの繰り返しだ。僕が王宮をあちこち歩きまわって見つけた情報を皇子に提供する。皇子がそれを得て何やらかんやらコメントする。奴がそこから何を考えているのかがさっぱりわからない。


「しかし、あなたは存外親切なんですね。解き放たれた時点でその〖いと〗とやらを使って逃げ出すかと思いましたが」

「今ここで逃げても、王の軍に襲われる。そんなのは避けておきたいんだよ」

「そうですか。ところで、一つ頼みがあるんです」

「嫌だぞ。僕はそれで一度失敗しているんだから」


 この牢に入る原因がそれだったなんて言いたくない。


「まるで、取り返しのつかないことをしたみたいな顔をしますね。大丈夫ですよ、何もすることは特別なことじゃありません。ただ、見てきてほしいものがあるんです」

「何をだ」

「僕のを捜してください」

「鎌?」


 草刈りでもするのか?


「あまり皆さん親しみがないようですがね。鎌というのは、戦闘にも使いやすいものなんですよ。僕が持つのは柄が長くて刃が弧を描いている奴です。死神に代表されるような、ね。それを、ここに来た際に没収されてしまいまして。そのうち回収しておきたいと思いまして」


 いわゆるサイスという奴か。使い手を見るのは初めてだ。


「わかった、取ってきてやる。今度使っているところを見せろよ」

「手錠が目に入らないのですか、あなたという人は。まあ、いつかという約束ならば」

「どこにあるんだろうな」

「さっぱりです」

「お前、僕の空間把握能力を馬鹿にしてるのか」

「あなたは言ってもわからないでしょう、方向音痴なんですから」

「言うな馬鹿皇子」

「お名前も覚えていらっしゃらないとは悲しいです」

「フィアーだろ」

「なぜそこを取られたのです」

「気分だ」

「ですが了解です。お名前をいただけたのなら不肖このわたくし、全力を尽くして情報の分析に当たりましょう」


 雑談をしていただけのつもりだったのに、突然本気モードに入りやがったから驚いた。次の情報はまだか、というようにこちらに目を向ける。知らねえよ。


「次はしばらく集められるかどうかわからねえ。それよりも、今出ている結論を教えてくれよ」

「推測です、結論ではなく」

「どっちでもいい」


 なお二つの違いにこだわっていた皇子様だったが、急かすと話し始めた。


「あくまで推測ですから間違いが含まれていると心してお聞きください?

「ブランカが国の放送の表舞台に出てこないのは、おそらく意図的な物でしょう。国は彼女の存在を無視しようとしています。無いものとしようとしています。それは王女として生まれた身としてはひどく差別的で蔑視された行為である、しかし彼女はその差別にもその差別があらわす不幸にも気づいていない。それがアトラスの言っていたことの一つかと」


 よくわからないけれど、王女様はどうやら自分のことを幸福だと思っているらしい。というのに。


「王女であるというのにその姿が報道も放送もなされないのは、死んでいるのと同じことだろう? 王女様はそれに気づいているのか」

「さあ、わかりません。もしかしたらわかっていないのかもしれませんね」

「何だかむかつく野郎だな」

「そうですか?」

「そうだよ。不幸せなのに不幸せだと気づこうとしないやつなんて、虫唾が走るね。そのまやかしの幸せをぶっ壊してやりたくなる」

「まるで、自分が経験したかのような物言いですね」

「勘ぐるなよ、皇子様。殺すぞ」

「ご勘弁を」


 とにかく、そういうことなのです。

 そういって皇子様はその場を締めた。


「要は、アトラスは王女様に気づいてほしいのでしょう。『自分は幸せでも何でもない』と。それが世界を変えるための第一歩だ、と思っているのではないでしょうか」

「そうか。じゃあ僕はその王女様に気づかせる役目を負えばいいわけだな」


 随分と適任だなあ。幸せを壊せ、だなんて。アトラスという皇帝は案外慧眼なのかもな。

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