046 新しい世界の幕開け

「それはあれですよ。僕をとらえたのはあの人でありませんから」


 牢に戻って問うと、皇子様はいとも簡単にそう答えた。


「は? 皇帝がお前をとらえたんじゃないのか?」

「ええまあ、前代の、ですが」

「ずいぶんとお二人さんは考えが違うみたいだな」

「違うのは格ですよ。アトラスは、今のこの世界を変えようとしている」

「そんなことを言っていたな」

「もっと明確に言いましょうか?」

「わかるのか?」


 僕としてはわからない方が不思議ですがね。流石です。


 なんて皮肉った後で、皇子様は僕の目を見つめた。怪しく光る文字を刻み込んだ手錠を後ろ手に縛り、まるで跪くように僕に言う。


「あの人は、王国と皇国の争いを無くそうとしている」


 ***


 王国……僕の出身地、今いるこの場所。治めているのはさっきのアトラス。

 皇国……コリンの出身地、二年前までいたあの場所。治めているのは確か女王。


 二つの国は、千年ほど争い続けている――


「その認識がおかしいんですよ。ずっとずっと辿って行けば、僕とアトラスの家系はまるで同じになるんです」


 皇子様は足を組み替えながら言う。実に偉そうだ。


「遠い昔に分かたれた、光の力を持つ家系と闇の力を持つ家系。その二つが今、争っているんです」

「じゃあ何だ、あの争いは戦争じゃなくて内紛ってわけか」

「奇妙なことに、長い歴史の中で忘れ去られてしまいましたが」


 言外に肯定して、皇子様は自分の手を示した。手錠の鳴る音がする。


「ご覧ください」


 何を見ろというのだ、と首を傾げる。


 ——と、皇子様が手を握りしめた。ふっ、と彼の手の周りが暗黒に染まる。


「こちら、大事なものですか?」


 掌の上に示されたのは、小さなサイズの糸巻き。大事どころか、それは商売道具だ。


「お前、どうやってそれを盗った」


 問いかけると、皇子様は答えないまま、もう一度手を握った。


「ご確認ください」


 言われたとおり、いつも糸巻きを入れているポケットの中を確認する。


「戻したのか」


 元あったように、糸巻きは収まっていた。別におかしなところもなく、いたって正常に。


「僕の能力ですよ」


 ぐ、ぱ、と皇子様は手を握ったり開いたりして見せる。


「あらゆるものをことができる能力です」

「無くす? 消し去るってことか」

「そうですね。今は、あなたの糸巻きと、僕の掌との間の空間を無くしました」

「……?」

「理解してくださらなくても結構です。しかし、これが魔術だということは理解してください」


 また魔術だ。この世界は、とにかく説明のつかないことは魔術だと言っておけばいいと思っているのだろうか。


「皇帝アトラスの持つ能力は、あらゆるものをことができる能力です」

「へえ。で、それはどうなるんだ?」


 理解することはあきらめた。


「少しは自分でお考え下さい。——二つは対になるものなんですよ。光と闇のようにね」

「それがどうしたんだ?」

「いいえ、どうもしませんよ。ただの事実です」

「……」

「確かに事実ですが——二つがもし同時に存在出来たのなら。共存できたのなら。それは最強ではありませんか?」


 すべてを無くす能力と、すべてを有ることにする能力。その二つが揃えば、それは最強だ、と皇子様は説いた。


「だから、何だ?」

「最強の世界を、見てみたいと思いませんか」

「別に思わねえよ」

「そうですか。構いませんよ。大切なのは、、ただそれだけですから。あの方は、手駒を使ってそれを実現しようとしている。王国と皇国が手を取り合う未来を望んでいる。あなたは、その手伝いをするのです」

「馬鹿らしい話だな。何年争ってきたと思ってるんだ」

「だからですよ。難しい話ほど、やりがいがあるでしょう?」

「お前も『見たがっている』クチか」

「ええ。情報をくださいよ、エリスさん。僕が新しい世界を作って差し上げましょう」

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