033 告発

 宇宙船ふねが告発された。


社長マイ・ボス。ちょっと帰れなくなっちゃった」


 社長マイ・ボスに貸してもらった携帯端末で社長マイ・ボスに電話をかける。


「例の告発か」


「そうそう。ほとぼりが冷めるまでこっちにいるよ。心配しなくても、任務は実行したから。でさ、もしよければ、なんか居場所とか教えてほしいんだけど」


「それなら、幸谷ゆきやの皇国支部を紹介しておく」


 社長から告げられた住所は、ザルグのシーレス町八ブロック七十五番地。メモするのに少し手間取ったので記憶に残った。


 まったく。支部なんてあったのか。しばらくは仕事をしないで済むと思ったが、間違いだったみたいだ。しかしまあ、行かなかったら行かなかったで、また僕の立場に危険が訪れるしな。紹介されたし、一度は顔を出しておくか。


 でも、この住所はどこなんだ?




 数か月ほど迷ってしまった。リゼの道に対する記憶力と方向感覚がいかに優れていたかわかる。

 もちろん、僕も無駄に数か月間迷ったわけじゃない。

 数か月も迷ってしまったのには当然訳がある。だって、今僕がいるザルグという都市は、ベリーズストームから地続きじゃなかったのだ。てっきり歩いて行けばつくものだと思っていたから、船に乗ったり車を走らせたりするという選択肢が全く思い浮かばなかった。


 しかし、船というのはひどい乗り物だ。上にも下にも縦にも横にも右にも左にも揺れやがる。あんまりにも気持ち悪かったので、最後は椅子に糸で体を縛り付けて耐えていた。


 とはいえ、吐きすぎて朝に食べたものがすべて出てしまった。支部とやらに着いたらまずは食べ物を調達しなくては。


 ふう。少し迷ったけど着いたぞ。


幸谷殺羅ゆきやさらですね。お待ちしておりました」


 あれ? 想定と違うぞ。 でもまあ、メイドさんが可愛いからいいか。


「あなた様はその卓越した技術を社長に評価されています。斡旋社あっせんしゃ支部の底力を持ってもてなすように、とのお話を社長から伺いました」


 なんて謳われて案内されたのは豪華な食堂だった。しかもテーブルにはほかほかと湯気を立てた料理が並んでいる。


 真っ白いテーブルクロスに花の形をしたシャンデリアが影を落として、猫足の椅子はずいぶん若いメイドさんが、かいがいしくも僕が座るために引いてくれている。ひねくれた人間なので、素直に座ろうとしたら、椅子を遠ざけられて尻餅をつく仕掛けなんじゃないかと思ってしまった。


 並んだ料理も豪華の一言に尽きる。マカロニグラタンのホワイトソースには一点の曇りもないし、テーブルの中央には蛇が一匹丸々寝かせられている。……食べるのには気は進まない。グラスに注がれているのは多分ワインだろう。僕はお酒を飲んだことはないんだけれど、リゼの様子を見ている限りまあまあ楽しいものだろう、と思う。


「わぁ。こりゃおいしそうだね。食べていいの?」


 ちなみに尻餅をつくタイプの悪戯はなかったので、僕は平和に椅子に座った後、メイドさんを見上げて尋ねた。


「もちろんです。すべてあなた様のためにご用意しました」


「じゃ、遠慮なくもらおうかな」


 膝の上にそろえていた手を掲げ、指を引いた。


裁縫形態さいほうけいたい、第二十二番。生殺与奪せいさつよだつ活殺自在かっさつじざい


 目を閉じていたメイドさんがびくりと身をこわばらせたのがわかる。――指先から伝わってくる。


「何の真似でしょう、幸谷様ゆきやさま


 その一言で確信を得た。


 こいつら、幸谷斡旋社ゆきやあっせんしゃの物じゃない。


「言わなくてもわかると思うんだけどさ。今、君の全身に糸がびんびんかかってるんだよね。すこーしでも動いたら死んじゃうからさ。ちょっと黙ってくんない?」


 さすがに死ぬこととか、殺されることについて何も知らない娘じゃなかったようだ。僕がそう言っただけでメイドさんは口を噤んだ。


「ここのトップは誰でどこ?」


「知りません」


 ん?


「ちょっと待って。ここって、幸谷斡旋社の名前を騙った僕の敵組織じゃないの?」


「あの、幸谷様を殺そうとしたのは確かです」


「そんなの分かるけど。こんなに殺気が伝わってくる料理、食べたいわけないじゃない」


 多分毒入りだろう。


「ここは幸谷斡旋社です」


「じゃあ君は?」


「言えません」


 つまり、幸谷斡旋社内部の反乱? それでなおかつ僕を殺そうとしている……? いや違うな。ならトップを知らないのはおかしい。


「君さ、僕のこと前から知ってた?」


「前とはいつでしょう」


「七年前、とか」


「……はい」


 ビンゴ。


♰♰♰リゼのノートから♰♰♰

・形態第二十二番:生殺与奪せいさつよだつ活殺自在かっさつじざい

 生殺与奪の権がすでに〖糸〗にあることを謳っている。活かすも殺すもこちら次第と脅して、命乞いをするさまを見るための技。相手の全身に糸を巡らせて、それぞれの動脈にも一本ずつかけておく。少しでも引いたら動脈が切断されるようにする。

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