028 哀愁
「――そうか。
「うんそうそう。ついでに
薄暗い地下。
「それ如きで許されると?」
溢れかえる殺気。
「まあまあ、怒らないで。今この世界に〖糸〗は僕一人っきりだよ、
「貴様のその口調が、いつまで続くかな」
やれやれ、自分が〖糸〗に敵わないと知っているくせに、強がる奴だ。
「
薄暗い地下。幸谷斡旋社の本部。ああ、これはさっきも語ったか。
悪趣味な蝋燭の光が揺れている。壁際に、一列に並んだ
「僕? 何が
はっきり言って、もうどうでも良かった。
僕とリゼは僕と彼女でしかなくて、僕にとっては僕とリゼしかいなかったのだから。
世界は二人だった。
彼女がいなくなった世界に、未練はなかったけれど、彼女の想いはあった。
だから、逃げないで居る。僕はまだ、生きている。
「ならば」
「皇国へ行け、
「それで? 承諾したのか? エリー」
「くく。今、その名前で僕を呼ぶのなんて、君くらいだよ」
影は、年を取らないという。出会ったころと同じ、鮮やかな金髪。
「質問に答えろ」
「ソード」
彼は無視して僕は自分の話を続ける。
「リゼが死んだこと、どう思う」
「相当だろ」
「相応、の間違いじゃなくて?」
「エリーにとって、相当だろ」
「別に」
もう慣れた。
隣にあの人がいないことも。
笑い声が耳に届かないことも。
自分一人で食べる味気のない夕食も。
もう慣れた。
「やれやれ。その『社長』のところに行く前に、俺の所に来てくれりゃあな」
「来たら、何だって言うのさ」
皇国に行け、と言われたから、しばらく会えないと思ってこの店に来たわけであって、特に用がなければ僕は来ない。
行きたくも、ない。
「俺が一緒に暮らしてやれたのに」
「僕はもう十六だよ」
「俺にとってはまだまだ子供だ」
「ん。君は何時までも生きるんだっけ」
影には、寿命がない。
生に期限がない。
概念だから。
モノと光があれば、影は生き続ける。
「何時からも、生きている。リゼも、その師匠も、ずっと前から見てきた。だから——」
「だから僕のこともわかるって? ごめんだよ」
僕は君の庇護下に入るつもりなんかはない。君となれ合うつもりだってない。
僕は、リゼと違うから。
「——そうか」
「そうだよ」
謝るつもりはなかった。
「今日は、何をしに来たんだ」
「いつもと同じ。手袋をもらえるかな。いつ帰ってこれるかわからないから、三組くらい」
「エリーは、リゼよりも物持ちがいいんだな」
「そう」
思い出話に付き合うつもりもない。
「はい。お代は、200でいい」
「え? これなら350はするだろ」
「餞別だ」
「それが感傷か」
「まだ知らなかったのか。そうだよ。こういうのが、感傷だ」
「僕なんかは、一生わからない方が良い感情だね。——ありがたく、もらっておくよ。向こうの国に行ったら、魔術でも学ぼうかな」
「やめた方が良いだろ」
「うん? 殺しちゃうかな?」
「そうだろ」
「ま、そうとも言うね。——んじゃ、ばいばい」
昔と変わらないドアノブを押す。
「俺は待ってるから」
「別に。そろそろ死ぬかもしれないし」
からりとした冬の空気の中に、足を踏み出した。
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