022 才能だとか

「昔は、暗殺社会で『クック』と言えば通じたのだがな。まあ、今はもう引退した身だ」

「じゃあ、引退した身らしくはきはき喋ってよー。僕はそういうまどろっこしいの嫌いなんだー」


 威嚇も込めて背の高い棚を真っ二つにしてみる。中身の調度品が崩れ落ちてきた。


「私には、才能がなかった。暗殺など、以ての外だった」

「でも、名前が通じるくらい有名だったんでしょ?」

 そういう勿体ぶるの良いから。

「努力をしたんだよ。お前らみたいに、元から殺す才能に溢れている輩とは違ってな」

「ご愁傷様ぁ」


 夜なので眠くなってきた。磨き上げられた机の上に寝転がる。硬い。

「努力が終わったころには、同年代の『才能持ち』はレジェンドになっていた。反対に、『才能無し』は——肉片になっていた。私以外は」

「弱いからだよ、そんなの」

「それでも、おかしいだろう。才能を持っている者は、才能の無い者に手を差し伸べるべきだ」

「それは違うでしょー。才能の無い人は努力すればいい。それでも出来なきゃ、助けを求めればいいんだよ。僕らは、才能の無い奴らの気持ちなんてわかんないからさあ。そっちから言ってくんなきゃ」

「ふん。奴らは聞く耳など持たんさ」

 あちゃあ。大人は年を取ると子供になるってほんとなんだなあ。


「ともかく、才能の有るものとはいつもそうだ。才能の上に胡坐をかいて、自分は何をしても許されると思っていやがる」

「思ってるけど? 悪い?」

「ああ悪いね。だって、私は救われない」

「別に僕はあんたが救われることを望んじゃいないよ」

「それでも私は救われたかった」

「努力したんでしょ? ならいいじゃん」

「それとこれとは違うのだ」

 あーやだやだ。駄々っ子みたい。


「おじーちゃんさぁ。僕は元から才能があるって知っていて、なおかつ傲慢なんだって思ってない?」

「お前たちはいつもそうだろう」

「はっ」

 愚者っていのは、愚かでむかつくからそういうんだろう。僕は今、そう思った。


「才能なんて、作るものだよ」

「でも、お前は運よく師匠と巡り合った」

「それはあんたがくれた機会だ」

「それも才能だろう」

「ああそうだね。才能だ」

 むかついてきたので、机の上に立ち上がる。


「クック。あんたさあ。何言ってんの? それ、ただのひがみじゃん。結局はさ、周りが羨ましかっただけでしょ? だから、自分は努力をして、自分も特別になったつもりだったんでしょ?」

「何が言いたい」


「もともと特別なんだろ、そんなの。努力するのなんて才能じゃない、普通だろ。みんな才能で、みんな特別で、みんな普通だったんだよ。何勝手に努力しちゃってんの、ばーか」

「お前は本当に何が言いたいんだ……」


「才能があるなんて言うのは、楽々能力を使う人のことじゃねえよ。そんなのは、ただただ器用なだけだ。才能があるって言うのは、挫折して挫折して挫折して、それでも自分の才能を信じられる奴だよ。才能が自分にあるって信じられずに、努力なんていう外部のコンテンツを信じちゃってるお前は最初から自分を信じてねえんだよ。そんななのに、自分に才能がなくて周りにあるとか、おかしいだろ。才能があるのが普通なら、自分にもあるって信じればよかっただろうがよ」

 こんなのおためごかしだ。僕自身僕が何を言っているのかわかっちゃいない。それでもただ、僕は今すごく怒っている。怒っているつもりだ。


「貴様は信じたのか? 自分の才能とやらを」

「信じたよ。信じたから、ついて行ったよ」


 僕があの時リゼを選んだのは、リゼを選べたのは、僕に何かを教えてくれる、という直感を信じたからだ。決してリゼの言葉だけじゃない。これは、僕が選んで僕が信じた道だ。僕は、自分が選んだから、今ここにいる。


「ふん。詭弁だな。貴様は、自分の正当性を主張したいだけだ」

「そうだよ。その、何が悪い」


 僕は、ここに今僕がいることが正しいと思い込みたいからそう言ったんだ。これは自分が選んだ道だと自分に教えるためにそう言ったんだ。その何が悪いんだ? だってこれは紛れもなく僕の欲求だし、僕のしたいことだ。人って言うのは、自分のしたいことのために動くものだ。

 僕は人でいるために、自分の正当性を主張しているんだ。


「その論理もたいがい無茶苦茶だがな。なあ、エリス」

「僕の名前は幸谷殺羅だ。少なくとも今は、そう呼ばれることを望む」


 僕の名前を口にするのは、リゼだけだ。


 僕が今、そう選んだ。


「やり合おう。それが一番、良いことだ。世界で唯一、『正統派の殺し屋』と呼ばれたこの私の腕を見たいとは思わないか?」

「それがあんたの命乞い? ぱっとしないね」

 僕は戦闘狂じゃないから、ネームバリューに何て興味がない。それもわからないなんて。

 それに、やり合おうなんて言うのは嘘だ。今、自分がどのような状況に陥っているのかわからないで喋っている詭弁だ。

「じゃ、聞きたいのも聞けたから、そろそろ死んでもらうね」

 夜明けが近づいているし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る