021 昔話

「昔話でもすると思ったか? 何、長い話ではない。しかし——それほどまでに小憎らしい強さを身に付けたところを見ると……自力で師匠を見つけたのか」

「ざんねーん。僕が拾われた」

「ふん。そのようなことなどどうでもよいわ。それより、この技はなんだ。触れもせずに人の手首を切り落とすなど」

「糸使いだよ」


 自分の無くなった手首を愛おしそうに見ているものだから、すこうし腹が立った。言葉をさえぎって続けてやる。

「これでも今は幸谷の若手なんだけどね。ご存じない? 暗殺集団、幸谷斡旋社ゆきやあっせんしゃ

 僕にだけでなく、他の人間にも殺人の仕方を教えていたようなところだ。幸谷の名を知らないわけがないだろう。


「知って居たさ。幸谷の中に、新たな〖いと〗が誕生したことくらいは。ただ——」

「それが僕とは思わなかったって?」

「そうだ」

 ふーん。


「で? 怯えないの?」

「今更遅いだろう。狙った獲物を必ず殺すのが幸谷と聞いた」

「僕は治外法権だけどね」

「それも聞いた。家のルールなどには従わず、ただ私情によってのみ仕事をし、斡旋社の意向に従わなくとも許される。それだけの技術を持った者、それが〖糸〗なんだろう?」

「そうだよ。僕も、場合によっては殺さないこともある。——院長。もしよければ、命乞いを聞いてあげようか?」

 ちょっと暗かったので、背後にあったカーテンをノールックで切り裂いておいた。月光が差し込む。院長の顔は見えなかった。

「その必要には及ばん」

 院長が静かに言った。

「え? いいの? い・の・ち・ご・い」

 聞こえなかったのか、と思って一文字ずつ発音する。左手を失ったショックで、または失血で具合が悪いのかもしれない。

「いい」

「あ、そう。じゃあ、僕から質問。院長って名前、何?」

「クック・アイゼンという」

「ふーん。聞いておいてなんだけど、興味なかった」

「そんなことだろうと思ったよ」

 お前らはいつもそうだ、と独り言ちるクック。

 お前らとは何だ、と首を傾げる。——随分院の中の人が少なくなった。レーダーとして使っている辺りの糸が全く反応しなくなったのだ。双糸が仕事をしているのだろう。双糸そうしが真面目に仕事をするのは珍しい。いつも勉強だとか、経験だとか言って僕にやらせるのに。

 もしかしたら僕が出身だから気を遣ったのかな。院長を殺したいんだとでも思われたかもしれない。……まあ、やりたいことは似たり寄ったりだけれど。


「お前らって、誰ー?」

「殺し屋集団だよ」

「そんなに話したことがあるの?」

「私も昔、そんな修行を受けたことがある」


 また何か話すの? じじいの昔話って長いんだよな。

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