014 きりもみする感情
リゼがそう言うと、周りの男たちは顔を見合わせた。何人か、僕のことを全身上から下まで眺めてくる奴もいた。じっと目を見返すと、そのうちのさらに何人かが目を逸らした。
「どうする……」
誰かがささやき声のように言った。さざ波がそこを起点に始まる。一回りする位の時間が過ぎて——と言っても一瞬だけれど——、一人が足を踏み出した。
「了解した、
要求を呑もう、とでも言おうとしたのかな。
「僕がそんなことを言うとでも思ったんだねッ!!! この三流がッッッ!!!!」
その一人の右足が伐れた。
「え」
案外血は出なかった。膝から下だったから、強い流れの血管がなかったんだろう。それに、切り口は奇麗だった。まるで、リゼが切った野菜のように。
——グシャリ。
硝子を踏み潰す音だった。
「本物の血と偽物の血の見分けがつかないんだ!? 本当に三流だね。ははっ、三流を通り越して偽物かな??」
口の端の赤を拭った。
「バーカ。ただの色付きの水だよ」
さっきの試薬だった。僕に手提げ袋を渡した時に抜いたみたい。
それにしてもリゼは楽しそうだ。いつにもまして、感情豊かで笑顔に溢れている。
目の前には、自分の無くなった右足を見て、目を硝子にしている男がいるのに。
「——ヒッ」
喉を絞められた鳥のような声がしたと思ったら、それは周りの男たちの喉から出た音だった。恐怖に黒目を大きくして、ざらざらと土を言わせながら足を後ろに動かす。
「君たちは何人いるの!?」
聞く気なんてないだろうに、リゼは大声を上げた。それで、一瞬男たちの動きが止まる。
「ま、いっか。全員殺せば」
急にトーンが低くなって、リゼは疲れたようにその場に座り込んだ。
「ああ、邪魔だな。この硝子。ねえ、片づけてよ」
ふと、囲みの中間ぐらいにいた男がぎくしゃくした動きで近寄ってくる。
「
別に、何が起きたのかはわからなかった。ただ、鳥の鳴く声が少し小さくなったくらい。それもこれも、目の前で起きていることがよっぽど衝撃的だったからかもしれない。
「裁縫形態、第八番。
まるで操られているかのように、男が関節を不可思議に動かしながら、硝子を手に食い込むほど強く握りしめた。
「頑張れー」
リゼがにっこりとほほ笑む。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
マリオネットのような男が、喉から血と声を同時に吐き出した。獣みたいな声は三十分くらい続いたように感じたけど、実際あれは十秒くらいだったと思う。
男の手に握った硝子が、次々と周りの男を斬りつけていく。その顔が恐怖に歪んで、何度も人を殺してきたはずなのに、そんな瞳がどこかおかしかった。
「あー。下手じゃん? 人殺すの。うーん。もういっか」
真剣に失望したみたいに、リゼが両手を広げた。
「裁縫形態、第五番。
院の庭には柿の木があった。
秋に近づくと、柿の実がなる。熟すと、その実は落ちる。
落ちた実を、子供が踏むと、水分を撒き散らしながら、柿は弾け飛ぶ。皮が中身を失くしてぺたりと地面に張り付いている様子と、皮からカエルの内臓のように無残に吐き出された実が踏みつぶされて潰れているのを秋によく見た。
——男の死に方は、それによく似ていた。
人間の体にはこれほどの血が含まれているのか、と思うほどたくさんの紅い液体。人体模型よりも汚らしい赤くてぬらぬらしたホース。動物の物だと言われても信じてしまいそうなほどに作り物らしいあれこれ。それから、全部の上に乗っかった『皮』。一番外側で人間らしい部分のはずなのに、どこか人間味がなくて、目も濁っていて、奇麗じゃなかった。
「嫌だなあ、そんなに汚いの。僕はもっときれいなのがいいなあ」
それだけ言って、リゼも『あれ』への興味を失くしたみたいだった。
「じゃ、お終いにしよっか」
「裁縫形態、第二八番。
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