003 必然的な対話

「ねえ」

「……」

「楽しいって何って、聞いたよね」

「うん」

「君、笑える?」

 言われたとおり笑顔を作った。

「ああ。やっぱり」

「?」

「笑うってさ。笑顔じゃないんだ。もっと、いいことさ」

 君は、人形みたいだね。

 僕には、ずっと笑顔のその人の方が妖しく見えたから、口をつぐんでいた。

「ねえ、名前は?」

「……エリス」

「ねえ、エリー。教えてほしい?」

「何を」

「殺し方」


 やっぱりそれは運命だったのかもしれない。ずっと、師匠たちに拒絶されてきた僕が、偶然にして必然の末に、僕にぴったりのその人に出会ったことは。


「あは。嘘嘘。教えてほしい、なんて訊き方じゃないよね」

 ――聞かねえわけじゃねえよな。

 突然の凄みだった。下唇を軽く開いて、こちらを見下す目つき。上がった眉に、やや吊り上がった目。

「教えて」

 別に怖がったわけじゃない。それは言い訳でもない。ただ。

 その顔がひどく、魅力的に、蠱惑的に映ったから。


「エリーさ、初めにどうやって殺した?」

「その辺の、ロープで。絞め殺した」

「どうせ、縄使い ――ああ違うや、鞭使いに就けられたんだろ?」

「うん」

「そりゃ違うよねえ。どうせ殺したろ? エリーより弱いから」

「そうかどうかは知らないけど、殺した」

「じゃあ、僕のことを殺す?」

「無理」

「賢明な判断だね」

 どうせ殺しっこない。殺せないんだから。

 そう、僕はこの人よりも圧倒的に弱い。だから殺せない。


「弱いよねえ? 僕よりも。僕は強いから」

 強いことがわかっているからゆえの、余裕の笑み。片口端をあげて、こちらを皮肉るような顔。

「でも、その師匠さんとかは殺せたんだね。回りから見れば、『彼らの方が強い』のに」

 何故だかわかる?

「知らない」

「君の方が、殺すことに対する才能があるから、だよ。生まれつき、人を殺しやすい人間と、人を殺しにくい人間はわかれているから。

「僕は、殺しやすい方の人間だって」

「とびぬけて、ね。ずっと、殺して来ただろ? そうだ、エリーは何歳?」

「多分、生まれてから八年ぐらい」

「僕はね、生まれてから二十年ぐらい」

 それほど年上には見えなかった。そうなのか、と見つめると、くすりと笑われた。

「若く見えるかい?」

「うん」

「どうもそうらしいね。僕はほら、背が低いんだよ。だから、本来殺戮には向かないらしい」

 とん、と彼女が自分の頭を叩く。確かに、彼女と同じ齢だったはずのシスターに比べて、かなり小さく見えた。

「エリーも、そうだね。同じ年の子たちと比べると、いくらか小さく見えるかな?」

「多分」

 院にいた時は、周りの事なんて気にしていなかったから、わからない。

「でも、小さくっても、殺せるよね」

「そんなの、関係ないってこと」

「そうだね。『殺す者か、殺されるものか』ただそれだけでしょ」

「でも、僕らも殺される」

「殺す者は殺される。当たり前のことだよ」

「でも、僕らは殺さないものも殺す」

「殺す者は殺されるんだよ」

「殺しているの?」

「生きているということは」

「僕には、わからない」

 生きていることが殺すことなら、生きていることは――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る