002 師匠
人を殺すのにもなにをするにも、道理というものがいるらしい。その業界でやっていくためのルールを知ることが必要だ、と院長は言った。それで僕は、修行のために殺しの
まず最初に就いたのは、鞭使いの師匠だった。縄で殺した、といったからだろう。
その師匠とはそりが合わなかった。いやにお高く留まっていて、鞭の扱いだけでなく、メーカーや作り方にもこだわっており、貸してもらった鞭を僕が取り落としただけで烈火のごとく怒った。言葉遣いも気を付けろ、と言い、『僕』ではなく『私』と言え、と迫った。
気づいたら彼女は、自らの鞭の石突を眉間に突き刺し、足首から首までをその鞭に絡みつけて死んでいた。まるで蛇が巻き付いているようだった。別に悪い光景じゃなかった。
半日だけ修行をしてみて、ついて行けるかどうかを決める、いわば体験入学だったから、僕は師匠殺しの汚名を着せられることはなかった。迎えに来たシスターはかなり驚いた表情をしていたけれど。
「どうして殺してしまったの」
帰り道にシスターに手を引かれて、そう問われた。僕は答えられなかった。
その後も数人の師匠に就いた。どれもうまくいかなかった。五人を殺してしまったくらいで、院長に終わりを告げられた。僕は機織り職人のところへ出されることになった。
初めの頃は気にしていなかったシスターも、その頃には僕に嫌な顔をするようになっていた。
殺しすぎたな、と自分でも思っていた。思って止められるようなものではないことも、その頃には察していた。
機織りの職人は、僕がそれまで出会ったことのないような老婆だった。僕に一から仕事を仕込んでくれた、その姿は今でも覚えている。その人がいつ死んだのかは知らない。
その工房で、僕はまさに運命のような出会いをした。運命だなんて言ったら、相手に叱られると思うけれど。
その工房では、布を織るだけでなく、糸を紡ぐ仕事もしていた。
その日僕は、数年おきに来るという大口のお客さんのために、糸を紡いでいた。紡いでいる間中、老婆を殺したい衝動がどうしても収まらなくて困った。
「今回はどうも暗い子を雇ったね。墨汁のように暗くて、女の子だなんて思わなかったよ」
その人は、にこにこと笑いながら、玄関口に腰を掛けて言った。
どれだけにこにこしていても、殺気が隠しきれていないのが怖かった。
「嫌だなあ、そんなに睨んじゃ。取って食ったりしやしないよ」
「……」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ。単純に、ここのが一番使いやすいだけですから」
「……その子が、どうか?」
「いいえ? このままじゃ、死にそうだと思っただけ」
「僕が死にそう?」
思わず口を挟むと、
「殺す者は殺される。愛す者は愛される。当たり前のことでしょ」
「僕が誰かに殺されるって? そんなの」
少なくとも、今この瞬間において、そんなことが在るわけがない――っ!
「いつ誰が、死なないなんて保証、ないってば」
首筋にぞわりとした感触。一歩でも、一ミリでも動けば、頸動脈がすぱっと逝く。
「ああ、死になれてないわけじゃないんだ。わかってるんだね」
どうすれば、人が死ぬか、さ。
そう言ってくつくつ笑うその人は、酷く可笑しそうだった。
「ねえ。死にたい?」
「わからない」
「死ぬって、退屈なことらしいよ」
「別に。退屈とか、わからない」
「へえ? 知りたい?」
「楽しいって、どんなこと?」
「僕が教えてあげようか?」
「……」
老婆を見上げると、彼女はひどく狼狽した顔をしていた。
「連れて行っても、いいですか?」
「どうぞ」
こんな不気味な子供、とでも言いたそうな表情をしていた。
「じゃあ、行こうか」
荷物も何も持たずに、僕は手を曳かれた。
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