第一部 8歳 偶然、もしくは必然

001 人殺しに向いている

 気づいたときには、闇の中だった。その闇が、生まれるという事だと、後に知った。


 帝国の山奥に、小さな修道院が有った。多くの修道院と同じように、親と身寄りのない子供たちを保護する施設も付随していた。

 僕はそこで、殺すということを知った。

 物心ついたときには既に、何かの生命を消し去る方法を考えていた。庭で遊びながら、舞う蝶々を捕まえて羽を折り取る方法を、畑作業の手伝いをしながら、畑に迷い込んだ鳥の羽根を一本一本抜き取る方法を考えていた。

 初めて生命を手に掛けたのは、生まれてから四つの年を重ねた日だった。


 畑にやってきた兎が居た。作物を守るために、畑の周囲を取り巻いていた縄があった。なんの因果か、兎はその縄に首を絡ませて藻掻いていた。

 楽にしてやろうとか、早く殺してやろうという気持ちはなかった。ただ、「そうすれば死ぬ」ということがわかっていた。

 だから、殺した。


 死んでしまったな、と冷めた気持ちで兎だったものを眺めていると、やってきたシスターが僕に訊いた。

「どうしてその兎は死んでいるのですか?」

 わかっていて訊いたのだと思う。そのシスターは、何も思っていない顔をしていた。

「僕が殺したから」

 手に持っていた縄を示すと、シスターは無感情にうなずいて、兎だったものを持ち上げた。一寸それを検分して、すぐに地面に降ろす。

「院長がお呼びです」

 僕は縄を捨ててついて行った。


「エリス」

 院長に会うのは、朝振りだった。誕生祝をしてもらったばかりだったから。

「この兎を殺したのは、君か」

 一つ、頷いた。悪いことだなんて思わなかったし、不思議とそれが原因で叱られるとも思わなかった。

「どうやって殺した」

「畑の柵の縄」

「そうか」

 何が言いたいんだろう、と思った。かなり生意気な子供だったから。

「悲しいか?」

「まったく」

「お前は向いている」

 気味の悪い子供だ、とも言われた。ここまで殺したことに衝撃を受けず淡々としている子供は、院長も初めて見たという。 ――多分、それだけじゃないけれど。

 僕は、何に関しても何も思っていないだけだ。だから、殺しても何も思わなかった。


 僕のような子供は、これまでもいたらしい。憎しみのような感情を何ら抱かずに、ごく自然に何かを殺すような子供は。その中でも、殺したことに対して同様の感情を一切見せないのは、常軌を逸していると言われた。

 だから、向いていると。

 人殺しに。

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