第6話 思い

 春を越え、夏が顔を覗かせていた。新入生もチームに馴染んできた。


「集合!」


 沢渡キャプテンの大きな声がグラウンドに響く。選手たちは駆け足で集まる。


「来月の大会のメンバーを発表する」


 監督がそう告げると、選手たちは緊張した面持ちになっていく。スターティングメンバーは九人、控えメンバーが九人の、合計十八人がベンチに入ることができる。この十八人の中に入ることが出来なければ、試合に出場することすら出来ないのだ。鳥ヶ浦の野球部員は四十人を超えている。半分以上はベンチにすら入れない。


 監督のメンバー発表は終わり、発表前と変わらない顔をしている者、安堵の表情を浮かべる者、悔しがる者、選手たちはそれぞれの表情をしている。高田は四番センター。攻撃の要で守りは外野の中心でどっしりと構える。キャプテンの沢渡は三番ショート。攻撃は強打者の高田の前にチャンスを作り、守りは内野で一番上手な人が守るショートだ。攻守においてチームの核となる重要な選手だ。


「全員よく聞け。これはまだ仮の決定だ。一か月後、大会の直前にもう一度メンバーを発表する。今の時点でメンバーに入っているからと言って安心するな。高田や沢渡であろうとだめだと思ったらメンバーから外す。メンバーに入っていない者も、チャンスはある。周りを蹴落とす気持ちで後一か月練習しろ。いいな!」


「「「はい」」」

「それでは練習に戻れ。解散」


 ベンチ外の選手は希望を胸に、ベンチ入りしている選手は追い越されまいと練習に戻る。


 試合も一週間後に迫り、夏に負けないほどに、選手たちの練習も熱を帯びている。今日の練習は監督とキャプテンは不在だった。代理で高田が練習の指示を出していた。


「よし、みんな一旦休憩で! 水分しっかりとっておけよ~」


 高田が休憩の指示を出す。休憩中に監督とキャプテンが帰ってきた。


「集合!」


 沢渡が号令をかける。


「みんなも気になっていると思うが、県大会の組み合わせが決まった」


 監督と沢渡は、組み合わせの抽選会場に行っていた。


「強豪校とは準決勝までは当たらん。油断はいけないが、準決勝までは実力を出し切れば、まず負けることのない相手だ」


「監督、初戦はどこの高校と当たりますか?」


 高田が聞く。


「円山高校だ。去年ウチと練習試合したな。日程も一週間後の日曜日に決まった」


「トーナメント表もコピーしてきたから、帰ってじっくり見ろよ」


 沢渡がトーナメント表を配っていく。


「一週間前だからメンバーも発表しておこう」


 前に発表されたメンバーとあまり変わっていなかった。


「高田。今日の練習はどこまでやった?」


「はい、言われたメニュー通りやりました。あと、全体守備練習で終わりです」


「そうか。まぁ、今日は軽めにしておこう。まだ十五時だが今日の練習は終わりだ。帰って休むなり、遊んでリフレッシュなりしておけ」


「「「はい」」」


 その日はストレッチだけして練習は終わった。


 あっという間に一週間は過ぎ、試合の日になった。


「高田君緊張してる?」


 試合会場に向かう電車の中。心配そうな顔で紗香は問いかけてくる。


「まぁね。前は緊張した事なんてなかったんだけどね……」


「一回戦からそんなんじゃ後が思いやられるよ! 沢渡君を見習って!」


 電車の椅子に座る沢渡を見ると、口を少し開けながら眠っていた。試合前なのによく電車で寝れるなぁ、と少し感心した。


「沢渡は沢渡で緊張感がなさすぎると思う」


 正直な感想を紗香にぶつける。


「試合前はこれくらいリラックスできてる方がいいの! あっ、次の駅で降りるよ。高田君、沢渡君を起こして」


「はいはい。おい沢渡、もう着くから起きろ」


 眠りこけている沢渡を揺らして起こす。


「……え~ママ? あと五分だけでいいから眠らせて……」


 えっ、コイツ高校生にもなって、母親のことママって呼んでるのか……頼りになる親友にもこんな一面があるのかと思いつつも、もうすぐ駅に着くため起こさないといけない。


「なに寝ぼけたこと言ってんだ。早く起きろ」


 揺らしても起きないので、頬をペチペチ叩く。


「痛い痛い、ひどいぞ高田」


「そんなに強く叩いてねぇよ。そもそも起きないお前が悪い」


 沢渡は立ち上がり、大きく伸びをする。電車は駅に到着し、扉が開いた。


「うっし!行くか」


 三人は電車を降りて試合会場に向かった。


 試合会場に到着し、準備を始める。いつもより念入りに体を伸ばす。ホームベースの方で監督は相手監督とメンバー表の交換をしている。


 戻ってきた監督はメンバーを集めた。


「今日は初戦だから緊張すると思うが、ケガだけは無いように体はほぐしておけよ」


 監督が言い終わると、メンバーは円陣を組む。


「ケガと後悔だけは無いように、絶対勝つぞ!」

「「「オー」」」


 気合は十分だ。


 試合は鳥ヶ浦の攻撃から始まった。先頭打者がフォアボールで出塁、すかさず二番打者が送りバントを決め、一アウト二塁。次は三番打者の沢渡だ。初球をセンター前に運び、一アウト一三塁のチャンスを作り、高田に回す。


 ゆっくりと打席に向かう。味方が初回から作ってくれたチャンス。高田は四番バッター。攻撃の中心選手である。自分だけじゃない、紗香、沢渡。ベンチ入りできなかった選手の思いも背負っているのだ。


 打席でどっしりと構える。一球、二球見逃す。足の速い沢渡が一塁にいるが、盗塁の構えすら見せない。高田を信じて動かない。


 三球目甘く入ったストレートを力強く、なおかつコンパクトに振りぬく。打ち返された打球は物凄いスピードで外野の頭を越え、ライト側のスタンドに吸い込まれていった。相手チームの選手ですら、息を飲んで見つめるほどの、完璧なホームランだった。


 高田のホームランで始まった試合は、五回コールド十二対〇で鳥ヶ浦が勝利した。


 初戦で勢いに乗った鳥ヶ浦は、危なげなく勝利を重ね、準決勝に駒を進めていた。高田も打率は七割を超え、五本のホームランを放つなど、大活躍していた。

 

準決勝、高田にとって大きな試練が待ち構えていた……


 

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