第5話 春
あれから時は過ぎ、高校生活三度目の春が来た。新入生たちも続々と入部してきていた。思えば、高田も、一年生の頃は、控えメンバーだったが、二年生の夏にはレギュラーに名を連ねるほどになった。
まだ完全にイップスの症状を抑え込めるようになったわけではないが、ほぼ、症状は出なくなっていた。課題だった打撃も、全盛期のようにホームランを飛ばせるようになった。
野球部に入ったばかりの頃は、チームメイトから文句を言われることもあった。監督にマンツーマン指導してもらっているくせに、なんでそんなに下手くそなんだ。とか、小学生レベルにも達してない。とか、言いたい放題だった。高田も傷つかないわけではなかったが、園田、沢渡、監督のサポート、しっかりとした目標。そして、少しずつではあったが、前に進んでいるという実感があったため、気にすることは無かった。
二年生の夏は負けてしまったが、チームの核として、また、精神的支柱として、高田は大きく成長していた。
去年の夏の大会終了後、当時の三年生が引退し、新チームが発足した。キャプテンは沢渡だった。沢渡は、よく監督に怒られてはいたが、明るく、下級生の面倒見もよく、人望があった。高田が悩んでいる時も、自分の時間を削って、練習に付き合ってくれた。沢渡がキャプテンになるのに反対意見は一切出なかった。
三年生なった今でも、高田は朝練を続けていた。一年生の頃と違うのは、一人ではなくなったということだ。毎朝三人、地元のグラウンドで一時間ほど汗を流してから、学校に行っていた。今日も三人で学校に向かう。
園田と高田の関係は、一年生の頃からほとんど変わっていなかった。一緒に練習はするものの、二人で遊びに行ったりなどは無かった。そのことについて、沢渡はとてもモヤモヤしていた。
沢渡は二人の煮え切らない関係に、早くくっつけよこいつら……と心の中でいつも思っている。お昼のお弁当も三人で食べていたが、最近は別の友達と食べるようにしていた。するとどうだろう、残された二人も別々で食べるようになっていた。
なんでだよあいつらっ! もしかしたらお互い気にしていない? とも考えたが、観察すればするほど、お互いがお互いを意識しているように見える。チームメイトたちもいつ二人がくっつくかでジュースを賭けていた。
もうこうなったら高田に直接聞くしかないと、昼休みに高田を中庭に呼び出す。ベンチに座って待っていると、高田が来た。
「ごめんごめん、担任に頼まれごとしてて遅れた」
「おう、それはいいよ」
「で、用って何?」
「単刀直入に聞くわ、お前、紗香ちゃんのことどう思ってるんだよ」
「どうって……」
「あれだ、恋愛的な意味で好きか嫌いか、だ」
「それは……その、」
この期に及んでまだ、まだ言い淀むかコイツ……
「だぁぁぁぁぁ!もう!高校に入ってから陰キャが過ぎるぞ!そろそろはっきりしろ!」
「そんなん好きに決まってるだろ!」
「じゃあ告白しろ!今すぐにしろ!」
「なんでだよっ」
「告白すりゃぁいいじゃねぇか」
「ダメだ、俺は紗香にいろいろなものをもらった。だが、まだ何も返せてない。俺の想いを優先するのは、紗香の夢を叶えてからでいい」
「そんなものかね」
「そんなものだよ」
そう言うと、高田は教室に帰ってしまった。沢渡は大きなため息を一つ付き、二人がくっつくのは県大会終わった後かなぁ。なんて思いながら教室に向かっていった。
中庭に面した校舎の中。少し頬を赤らめた女の子が一人……
「私の想いはどうなるのよ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
沢渡に紗香が好きかどうか聞かれた日から、紗香の様子がおかしい。おかしいというか、避けられている。ショックである。学校で顔を合わせてもそそくさとどこかに行ってしまうし、一緒に登下校している時も、心なしかいつもより離れて歩いている。朝練しているときもそうだ、練習には付き合ってくれるが会話がない。話しかけても、逃げる。
高田は自分が何かしたのではないかと考えるが、心当たりはない。純粋に嫌われた? でもこの前までは普通だったよな……と思う。
よくよく考えてみれば、入学したての時は、俺が避けていたんだよな……と思い、こんなに傷つける行為だったのかと、高田は反省した。
ある日の練習終わり、いつも通り、三人で帰っていた。やっぱり、二人の距離は、少しいつもより空いている。
「あっ、俺そういや、ちょっと予定があるんだった。すまん、今日は二人で帰ってくれ!」
そう言って沢渡は走っていってしまった。
沈黙が続く、駅までが遠い。
「高田君」
「どうした」
「この前沢渡君と中庭で話してたことって、ほんと?」
…… 聞かれていたようだ。
高田は立ち止まる。
「聞いていたのか」
「ごめん、聞こえてきちゃって」
「そうか。だけどまだ言うわけにはいかない。俺はまだ何もできていない。約束を果たしてから言わせてほしい」
「そう」
「だから、それまで待っていてほしい」
「うん、分かった。それまで待ってるね。でもこれは私の気持ち、一方的に知ってるのはずるいから」
紗香は高田のもとに駆け寄り、唇にキスをして、走り去っていった。
ファーストキスの味は分からなかった。
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