treasure.9 勇翔くんに伸びる魔の手
——ご飯とお風呂を終えたわたしは、ベッドの上で体育座りをしていた。壁時計の秒針が、やけに大きく聞こえる。
首だけを右に向けると、宝物を置いた棚が目に入った。
その中にある白い小箱。あの中に入っているのは、お母さんからの最後のおくりもの。そして、わたしの罪だ。
ドンドン。
窓をたたく音がして、わたしはハッと顔を上げる。
ベランダに立っているアモルが、不機嫌そうな顔をしていた。
わたしがカラカラと窓を開けると、アモルがため息をついた。
「何なんだ、今日の態度は」
「態度って……」
「さっきから呼んでも反応しない。というか、何で勝手に帰ったんだ。ファントムに狙われたらどうするつもりだったんだ」
「そ、それは……」
アモルの語気の強さに、わたしはタジタジになってしまう。
何とか話題を変えるために、わたしは必死に話の種を探す。キョロキョロしていると、アモルの足元——靴が目に入った。
……今は閉じているけれど、この木製の翼、絶対にどこかで見たんだよね……
……ん? つま先のところについてるのって、鳥の頭?
「これって……!」
わたしは本棚に手を伸ばして、一冊の写真集を取り出した。お母さんからもらった、世界の宝物の写真集だ。
その中の一枚の写真を見て、わたしは確信した。
「それ、『古代グライダー模型』じゃない⁉︎」
ポカンとするアモルに、わたしは写真をアモルに向ける。
木製のグライダーの模型。頭の部分が鳥の形になっているんだ。
「これのどこが宝物なの?」って不思議に思うよね。
だけど、この模型が作られたのは……なんと紀元前二百年!
そんな大昔に、飛行機の模型が作られてるってこと。もちろん、紀元前に飛行機なんてあるわけない。
「このグライダー模型みたいに、その時代の文明ではあり得ない宝物ことを『オーパーツ』っていうの。この写真集は、オーパーツを集めたものなの!」
「オーパーツ……?」
「その靴に付いてるのは、古代グライダー模型のパーツだよ! 何でそんなに平然としていられるの⁉︎」
「別に……ただ、リーダーからもらっただけだし」
「え⁉︎」
オーパーツは世界の宝。それを手に入れられるファントムのボスって、本当にどういう存在なの⁉︎
アモルもいぶかしげな顔を浮かべてるだけだし! オーパーツの価値が分かってない!
「守里! 開けるぞ!」
お父さんの大きな声がした。わたしがとっさにカーテンを閉めるのと、部屋の扉が開いたのは同時だった。
あせった様子のお父さんを見て、わたしの全身にイヤな予感がかけめぐる。
「どうしたの?」
「勇翔くんが帰ってこないらしいんだ。守里、何か知ってないか⁉︎」
「勇翔くんが……⁉︎」
わたしの全身から、一気に血の気が引く。
……あんな別れ方をしたから?
わたしに原因があるんじゃ……!
わたしは一目散に部屋を飛び出した。お父さんの呼び声が聞こえたけど、振り払った。
お家を出て、がむしゃらに走り回る。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
あんなのが最後の会話になっちゃったら……!
お願い、無事でいて……!
*
わたしの息が切れて立ち止まったのは、公園の前だった。
もう夜だからかな、遊具で遊ぶ子どもたちも、犬と散歩をする大人たちもいない。公園のシンボルであるふん水も静かなままだ。
……こんなところには、いないよね……
「よお、宝月守里」
立ち去ろうとしたわたしの背中に、ニチャニチャっとした声がこびりついた。
相手をバカにするようなねちっこい音に、わたしは聞き覚えがあった。
だけど、その予想には外れていてほしい。
答えを確かめるために、恐る恐る、顔を後ろに向ける。
紫のフードは夜にまぎれているけれど、真っ赤な髪と瞳は、闇をものともせずに燃えている。
わたしの音の記憶は、残念ながら正確だったみたいだ。
「バイア……!」
わたしが一歩ずつ後ずさる度に、バイアは前に進んでくる。だから、わたしたちは同じ距離を保っている。
……どうにか逃げなくちゃ。
そうだ、確かバイアは、目立ちたくないんだったよね。
だったら、どこか人がいるところにかけ込めば……!
覚悟を決めたわたしは、足に力をこめた。地面を思い切りけって、スタートダッシュを決めるために——
「流星勇翔を探しにきたんだろ?」
せっかくためた足の力が、いっしゅんで抜けた。
「どうしてそれを……!」
バイアは「ククク」と笑って、アゴをあげる。
「オレが誘ったからだよ。『宝月守里の秘密を教えてやる』ってな」
「そんな……!」
わたしは首を横にふる。
「勇翔くんは、あやしい話に引っかかる子じゃない!」
「そりゃあ、あやしんではいたさ。だけど、あんたの経歴を言ってやったら固まったよ。それで、話をする気になったみたいでさあ」
「どうして……! 会ったこともない人に着いていくなんて!」
「変なヤツにすがってでも、あんたを守りたかったんだろ。平和の国で育った人間は、他人を守る慈愛をお持ちでよろしいこった」
バイアはペッとツバをはいた。
そんな……!
それじゃあ、勇翔くんはわたしのせいで……!
……いや、自分を責めるのはあとだ。今やるべきことは——
「勇翔くんはどこにいるの? 勇翔くんを返して!」
できる限り強く、ハッキリと言った。怖がってるのがバレたら、この場をバイアの好きにされると思ったから。
バイアはフッと笑ってから、パチンと指を鳴らせた。
ガシャン、ガシャン——
金属のこすれるような乾いた音がして、わたしは左に身体を向ける。
木のカゲから何かが姿を現した。こっちに向かってきている。ソレが動くたびに、ガシャンガシャンと音がする。
ソレが近づいてきたことで、見た目が分かってきた。全身に銀色のヨロイをまとっている。右手には青銅でできた剣をにぎっている。背の高さは、わたしより一回り大きいくらい。
「な、なに……?」
このヨロイの騎士って誰なの……?
戸惑うわたしを、バイアは「ハハハ!」と手をたたいてあざ笑った。
「おいおい! カワイソウなこと言ってやるなよ! ガキのころからいっしょなんだろ?」
「わ、わたし、ヨロイの人なんて知らない……!」
『……マ……モリ……?』
ヨロイの中からくぐもった声がした。わたしは口を両手でおおって、息を止めてしまう。
カタコトだったけど、声の高さや色は、慣れ親しんだものだった。
小さい時からも、お母さんがいなくなってからも、わたしに寄りそってくれた、強くて、優しくて、まっすぐな声……
「勇翔くん、なの……⁉︎」
「やーっと気づいたのか! コイツもアワレだよな! 盗賊に身を売ってでも守りたい大事な女から、自分だって気づいてもらえないんだからよ!」
わたしの中で、黒い炎がグツグツとにえてきた。
「勇翔くんに何をしたのよ!」
「オレの力で、タカラナイトになってもらったんだよ」
「タカラナイト……⁉︎」
「オレの思い通りに動く騎士になったんだよ。ほら!」
バイアが指を鳴らすと、ヨロイの人——勇翔くんが「がああああ!」と苦しそうにさけんだ。
「勇翔く——」
わたしが呼び終わるより前に、勇翔くんはわたしに突進してきた。剣を思い切り振り下ろしながら。
着ていたパジャマの胸元が、大きく切れた。
「……え?」
ぼうぜんとするわたしの前に、バイアが歩いてきた。わたしのあごに左手をそえて、くいっと持ち上げる。
「てめえがとっとと宝を出さねえから、一般人に手を出すハメになったんだ。自分の欲望のせいで、なんの罪もない人間が傷つく感覚はどうだ? 辛いか? 苦しいか? それが、欲望を抱いたバツだ」
さっきまでの人を見下す笑顔とは一変、バイアはいたって真剣な顔つきだ。
「あんたらの平和で幸せな生活はな、オレたちのような貧しい人間のギセイで成り立ってるんだよ。あんたが何かひとつ欲を満たす度に、その裏で、幸せを奪われてる人間がいるんだ」
バイアの正論は、わたしの罪をえぐってくる。
わたしのワガママのせいで、お母さんを事故に巻き込んだ罪を。
バイアは右手をポケットに突っ込んで、ナイフを取り出した。
「流星勇翔を助けたかったら……宝を出せ」
ナイフの刃先が、わたしのノドに向けられる。あと数センチで突き刺さるほどスレスレだ。
……なみだがあふれてくる。
これは何のなみだなの?
怖さ? 勇翔くんへの申し訳なさ? お母さんへのザンゲ?
こんなことになるなら、最初から宝物をわたせば良かったんだ。
「お母さんとの思い出だから」って、わたすのをこばんだせいで、勇翔くんがこんな目に……!
けっきょくわたしは、また、自分のワガママで誰かを傷つけて……!
「……いってえなあ!」
バイアが右手をおさえてうずくまった。バイアの持っていたナイフが、空中に放り出される。くるくると回転しながら、弧を描いてとんでいき、地面に落ちた。
なに? どうしたの?
「きゃっ!」
混乱するわたしの身体は、誰かに抱え上げられた。まるでお姫さまみたいに。
顔を上げたバイアが、わたしたちをキッとにらみつけた。顔中のシワと血管をむき出しにして。
「アモル……!」
サファイアのような青い左目を見て、わたしはやっと気がついた。わたしを抱えているのはアモルだって。
攻大のサインボールを取り返してくれた時みたいに、バイアの右手を攻撃したんだ。そうしてナイフを引きはがしてくれた。
「どうしてジャマすんだよ! 表の世界の人間がどうなろうが、オレたち盗賊には関係ねえだろ!」
「……」
「リーダーの座に興味がねえなら、てめえは、なんでこの試験を受けてるんだ!」
アモルは答えなかった。アモルの靴についたグライダー模型の翼が開く。そのままアモルがジャンプすると、街が小さく見えるくらい高く飛び上がった。
「待って、勇翔くんが——!」
「あいつが生んだタカラナイトをもとに戻す方法が分かっていない。出直すしかない」
「そんな……!」
わたしは下を向いた。もう、勇翔くんも、バイアも見えなくなっている。
わたしのワガママのせいで、こんなことに……!
夜の冷たい風が、わたしの全身にぶつかってくる。まるで、罪を犯した人間への刑罰のように。
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