treasure.5 学校でも大波乱!?

 ——二年一組の教室には、いくつかのグループができている。体育祭の話で盛り上がる男女、ゲームについて語る男子グループ、今日のドラマを楽しみにする女子グループ。

 勇翔くんは、教卓で数人に囲まれていた。体育祭の話し合いかな?

 わたしが自分の席——窓側の一番後ろ——に座ろうとした時、わたしは「あれ?」と言ってしまった。


 わたしのとなりに机がある。

 おかしいな。わたしのとなりの人っていないのに。


「守里ちゃん、おはよう」

 ハンドベルみたいに、可愛らしくてキラキラした声がふってきた。

 わたしが顔をあげると、小さな身体に大きな瞳の女の子が立っていた。ふわふわのウエーブがかかった髪からは、お花のいい香りがする。

「おはよう、静葉しずはちゃん」

 花森はなもり静葉ちゃんは、中学生になってからできた友達だ。森の妖精さんみたいな愛らしさとおっとりさがあって、守りたくなるんだよね。

「守里ちゃん、知ってる? 今日、転校生がくるんだって」

「転校生?」

 わたしは首をかしげつつ、納得した。


 もしかして、突然現れた、わたしのとなりの机は、転校生のものなのかな?

 ということは、わたしのとなりに転校生が座るのか。

 どんな子だろう。ドキドキするな。


「そうだ、守里ちゃん。月末にね、わたし、家族で遊園地に行くんだ」

「へえー! 楽しんできてね!」

「それでね、守里ちゃんへのお土産、何がいいかなーって」

 静葉ちゃんはにこにこしている。「お土産」という言葉に、わたしの心臓がゆれた。最後に見たお母さんの顔が頭をよぎる。ハツラツとガッツポーズをしながら、八重歯を出して笑っていたお母さん。……

 わたしは頭をぶんぶんと振って、お母さんの映像を消した。

「お土産はいらないよ、わたし。静葉ちゃんが楽しんできてくれれば」

 静葉ちゃんは、右の二の腕をぎゅっとつかんだ。ふっくらとしたくちびるを震わせて、か細い息を吸い込む。

「……守里ちゃんは、いつもそうだね」

 ふわふわの妖精さんが言うには、あまりにトゲトゲしいセリフだった。

 面食らったわたしは、言葉を返すのが遅くなってしまう。なにを言おうか考えているうちに、時間切れを告げるチャイムが鳴った。


「みんな、席についてねー」

 どこか気の抜けた声と共に教室に入ってきたのは若王子わかおうじ先生。はじめてクラス担任になったっていう、名字通りの若い先生だ。背は高いけど、顔や雰囲気は子犬みたい。

「今日からこのクラスに、新しい仲間が増えるからねー。ちょうど体育祭も近づいてきたから、仲良くするんだよー」

 先生がとびらの方を見て手招きする。クラスのみんなの視線が入口に集まっている。もちろんわたしも同じところを見ていた。

 中に入ってきた人の姿を確認した時、わたしは思わず立ち上がりそうになった。

 スラっとした立ち姿、落ち着いた歩き方、ツヤのある黒髪に隠された右目、サファイアみたいにキレイな左の瞳。

 クラス中がザワザワしている。特に女の子たちが。だけど、わたしだけは混乱していた。


 ……ど、どうして、私のクラスに——


「彼は羽陽うようアモルくん。みんな、色々教えてあげてね」

 先生はニコニコしているけれど、わたしは口をパクパクさせて困惑することしかできない。

「席は宝月さんのとなりが空いているから、そこに座ってね」

 先生の言葉で、わたしは思い出した。


 そうだった! 転校生の席って、わたしのとなりだった!


 何食わぬ顔で歩いてきたアモルは、そのままわたしのとなりの席に着いた。

 先生が今日の予定を話している中、声をあげるわけにはいかない。だけど聞かずにはいられなくて、わたしはノートのはしっこに疑問を書きなぐり、アモルの机に差し出した。

『どうして、わたしのクラスに?』

 わたしの文字を見たアモルは、その下に流れるような字を書いて、わたしに返してくる。

『学校でファントムに狙われてもいいように』

『そうじゃなくて』

『じゃあ、どういう意味』

『どうやって転校生になれたのかってこと。わたしてっきり、いっしょに登下校してくれるだけかと思ってたのに』

『ファントムは社会の裏側とつながってる』

『権力とかコネとかってこと?』

『そういうものだ』


 いやいや、ファントムってすごい……というか、怖くない!?

 転校生として泥棒がもぐりこめちゃうってことでしょ!?

 そんなにファントムのボスってエラい人なの!? 全身金色の豪華な服を着て、王様みたいに高級なイスに座って、札束のうちわであおいでるような人なのかな!?

 ……こんなふうに好き放題できるのが「ファントムのボス」なら、絶対に次のボスになりたい! って盗賊もいるよね。

 そんな人たちが、わたしを強引にでもつかまえて、わたしの宝物を奪おうとするんだ。

 ……アモルも、ファントムのボスになりたいんじゃないかな?

  だったら、どうしてわたしを守ってくれるんだろう? さっさと宝を奪ったほうがよくない?


 それを聞こうと思ってシャーペンを持った時、先生の「それじゃあ、今日も一日がんばりましょう」という声で、朝学活が終わってしまった。

 一時間目の国語が始まるまでの間、アモルはクラスのみんなに囲まれていた。

「羽陽くんってどこから来たの? 外国の人?」

「父親がフランス人なんだ」

「へえー! じゃあ、フランス語もペラペラなのー!?」

「日常会話レベルだよ」

「えー、すごーい!」

 アモルはおだやかに笑っている。わたしは軽くほっぺをふくらませる。


 なによ、わたしと話す時は無愛想で、笑うことなんてないのに。

 「アモルってば、にこにこしてるけど、本当は泥棒なんですー!」って言っちゃいたくなる。


「守里ちゃん、どうしたの?」

 わたしの席まで来ていた静葉ちゃんがきょとんとしている。

「ううん。なんでもないの」

「なあ、守里」

 わたしの机に、少し強めに手が置かれた。手のぬしは、口をとがらせた勇翔くんだ。

「あいつ、うちの学校にも来るのか? てっきり、少しの間、守里の家にいるだけかと思ってた」

「うーんと、わたしも知ったばっかりっていうかー……」

「え? 守里ちゃんと羽陽くんて、知り合いなの?」

「知り合いというか、まあ、遠い親戚みたいなかんじかなー……あはは」

 腕を組む勇翔くんと、首をちょこんとかしげる静葉ちゃんの間で、わたしは苦しい笑いを続けるしかない。

「な、なあ、親戚同士って結婚できるんだっけ?」

「どうしたの、急に」

 やけにあわてたようすの勇翔くんは、なんだかめずらしい。

「いとこ同士は大丈夫だって聞いたことあるよ。お父さんやお母さん、兄弟姉妹、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんはダメだったと思うけど」

 静葉ちゃんの答えを聞いた勇翔くんは、わたしの肩をつかんできた。

「ま、守里、その、まさか、あいつのこと、好きじゃないよな?」

「は、はあ!?」

 急に大きな声を出したからだろう、みんながわたしたちに視線を向けてきた。あわてて自分の口をおさえたわたしは、呼吸を落ち着かせてから、小声で答える。

「アモルは、どろ——ただの親戚だよ」

「本当か?」

「本当だって。どうしたの、勇翔くん。そんなにあせったかんじで……らしくないよ」

「あ、ああ。ごめん」

 わたしたちの声のトーンが落ち着いてくるにつれて、みんなの眼差しから解放されていく。

 口元に手を当てている静葉ちゃんが、「ふふ」と笑う。

「流星くんは、本当に守里ちゃんが大切なんだね」

「ま、まあ、守里は俺が守るって、約束してるから」

 勇翔くんは、首元をかきながらそっぽを向いてしまう。


 ……お母さんが行方不明になった当時、わたしは泣いて、ふさぎこんでしまった。

 誰とも会いたくない。わたしを見てほしくないって思ってた。

 お母さんへの罪が、バレてしまうのが怖かったから。

 お母さんがいなくなったのはわたしのせいだって、自分の部屋に閉じこもって、うずくまって泣いていた。

 外に出られなくなったわたしに、ベランダから毎日声をかけてくれたのが勇翔くんだった。

『守里のお母さんはもどってくるよ』

『もしも帰ってこなかったとしても……俺が守里のそばにいるから』

 当時のわたしは、首を横に振った。

『だって、わたしのせいで、お母さんが』

『どうして守里のせいなの? お母さんは事故に巻き込まれただけだ。守里のせいじゃない』

 わたしは罪を隠し続ける。

『……俺は、守里が、わざと誰かを傷つけるだなんて思わない。周りの人がなんて言おうと、守里の味方であり続ける』

 そんなわたしに、勇翔くんは優しくあり続ける。

『だから、守里に、もう一度笑ってほしいんだ。俺、守里のことが、大切だからさ』

 それからわたしは、勇翔くんと一緒に外に出るようになった。こうして学校に通えるようになったのも、勇翔くんのおかげ。

『いつか、守里の心が治ってからでいいからさ、守里が自分を責める理由を教えてくれないか』

 お母さんがいなくなって一年が経った時、勇翔くんはそう言った。

 だけどわたしは、まだ、自分の罪をこくはくできずにいる。勇翔くんにも、静葉ちゃんにも、お父さんにも、攻大にも。

 みんないい人だから。ワガママ言ってお母さんを事故に巻き込んだ、わたしとは違う。

 だから、この罪を打ち明けたら、絶対に嫌われてしまうから。……


 *


 午後の授業は体育だった。体育祭に向けた種目の練習だ。五月のグラウンドには日光が突き刺さっている。

 女子が百メートル走のタイムを測っているとなりで、男子はハードル走の練習をしている。

 わたしの番は無事に終わった。暑い空の下で全力疾走すると、息が乱れてのどがかわく。

「すげえー!」

「速っっ!」

 ひざに手を置いて呼吸を整えていると、男子たちの興奮した声が聞こえてきた。何があったんだろう?

 顔を向けてみると、六人の男子たちがハードル走をしていた。真ん中のレーンの走者が、ひときわ抜きん出ている。軽やかにハードルを超えていく姿に、わたしは昨日の出来事を思い出した。


 ……昨日わたしを助けてくれた時もそうだけど、アモルってジャンプ力が高すぎる気がする。

 屋根から屋根へ飛び移れるんだから、ハードルを越えるなんて造作もないよね。


 走り終えた彼——アモルは、息ひとつ乱れていない。

「羽陽って、なにかスポーツやってるのか?」

「ううん、やってない」

「対抗リレーの代表、アモルくんでもいいんじゃない?」

 アモルは男子の中に溶け込んでいる。普通で自然な中学二年生だ。「盗賊だ」なんて、言われなかったら分からないよ。


「きゃっ!」

 高い声と、ドサっという鈍い音で、わたしの意識が女子組の方にもどった。

 音の発生源はレーンの真ん中だ。白い肌の女の子——静葉ちゃんが、突っ伏すようなかたちで転んでいた。

「静葉ちゃん!」

 わたしは急いでかけよった。

「大丈夫? 立てる?」

「ちょっと、すりむいちゃった……」

 顔を上げた静葉ちゃんは、まゆをゆがめて、目尻に涙をためている。

 わたしは静葉ちゃんに背中を向けてから、すっとしゃがんだ。

「静葉ちゃん、わたしの背中に寄りかかれる? 保健室まで連れて行くから」

「でも……」

「平気、平気。攻大のこと、散々おんぶしてきたし」

 わたしがうながすと、静葉ちゃんが、ゆっくりとわたしの背中にしなだれかかった。

 静葉ちゃんをおぶったわたしは、保健室を目指して歩き出す。


 授業中だから、廊下には誰もいない。

「ごめんね、守里ちゃん」

「どうして謝るの? 怒ってないよ」

「だってわたし、いつも守里ちゃんに助けてもらってばかりだから。入学式の時から、緊張してるわたしに声をかけてくれたり、落とし物を探してくれたり」

「そんなの、わたしがそうしたいから、そうしただけだよ」

 わたしがいくら言い聞かせても、静葉ちゃんの声は明るくならない。

 保健室の前まで着いた時、静葉ちゃんが言った。

「どうして?」

「え?」

「どうして助けたいの?」

 静葉ちゃんの問いかけに、わたしは立ち止まってしまう。


 ……これは罪滅ぼしなんだ。

 わたしは悪いことをした。だから、つぐなわないといけない。

 わたしのワガママのせいで、お母さんはあの事故に巻き込まれた。だからわたしは、「自分のため」を封印して「誰かのため」に行動しなきゃいけないんだ。

 でもそれは、静葉ちゃんには言えない。

 この罪を白状したら、静葉ちゃんはわたしをケイベツするから。


 だからわたしは答えられない。

「……」

 だから静葉ちゃんもだまっている。

 目の前のドアが、ガラガラと開いた。

「あら、どうしたの?」

 中から出てきた保健の先生の声で、わたしは反省会を終える。

「静葉ちゃんがケガをしちゃって」

 ベッドに静葉ちゃんを下ろしたわたしは、先生にペコリとお辞儀してから、保健室を出る。伏目のままの静葉ちゃんを残して。


「……宝月守里」

 保健室のとびらを閉めた直後、チェロのような、落ち着いた低い声が聞こえてきた。

 声のした方を見てみると、腕を組んだアモルが、壁に背中を預けた状態で立っていた。

「どうしたの、アモル」

「お前から目を離すわけにいかない」

 アモルが歩き出したので、わたしも半歩後ろをついていく。

 足元を見ながら歩いていると、アモルの靴に何かついているのが見えた。両方の靴についているのは、まるでグライダーの翼みたい。今は折りたたまれているけれど。素材は、木材かな?

 ……木製のグライダー……って、見たことある気がするんだよなぁ。


 アモルは何も言わない。みんなの前では、自然に笑って、ふつうにお話ししてるのに。

「みんなとは楽しそうだよね」

 のどまでかけ上がってきた疑問が、そのまま口から出てしまった。

「あやしまれると、やりにくいからな。ふつうを演じているだけだ」

 アモルの声は冷めている。抑揚がない。これが当たり前だと言わんばかりだ。

「いつからそうなんだ」

 わたしは「え?」としか返せなかった。アモルが何を聞きたいのか分からないから。

 それが伝わったのか、くるりと振り返ったアモルが、問い直してくれた。

「そうやって、献身を押し付けるようになったのは、いつからだ」

「献身……? 押し付けるって?」

「他人のための行動を、望まれてもいないのに続けるのは、ほどこしの押し付けだ。一方的に渡されるだけなのは、疲れる」

 アモルはあきれたような、諦めたような顔で、ため息をついた。

 なんだかすごく責められている気がする。わたし、いい子でいるために頑張ってるのに。

 わたしは一歩前に出て言い返す。

「押し付けてなんか……!」

「さっきお前が助けた花森静葉は笑っていたか?」

 アモルの言葉は、わたしの急所を的確に攻撃してきた。


 ……わたしのワガママのせいで、お母さんがいなくなっちゃった。

 だから、反省して、いい子でいるのに。笑ってくれる人は誰もいない。

 どうしてか聞きたいのはわたしなのに。


「……わたしは、自分の望みのために、誰かを傷つけるようなことはしたくない。昔、そうしちゃったことの罰として、今は誰かの望みのために動いてる。それだけだよ」

 くちびると拳にぎゅっと力をこめて、わたしは精一杯の抵抗をした。

「自分の罪滅ぼしに、他人を利用しているわけか」

 アモルは苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「中途半端に優しさを与えておいて、その後は知らないふりか」

「何よ……さっきからイヤな態度ばっかり。みんなの前ではニコニコしてるのに、わたしにだけ……!」

 わたしは顔を左右にふって、髪を乱しながら続けた。心臓からふき出してきた言葉がふみとどまってくれなかったんだ。

「アモルと違って、わたしは、泥棒なんかじゃないんだから!」

 身体中の空気を吐き出したわたしは、はあはあと肩で息をする。

 アモルは何も言わない。星どころか、月も見えない夜の海のように、にごった青の瞳を閉じただけだ。

 わたしの全身で、良心が暴れ出す。


「守里……?」

 わたしが動くより前に、どこか困惑しているような、不安定な声がした。

 名前が聞こえた方を向くと、ぼうぜんとした勇翔くんが立っていた。

「泥棒って、どういうことだ?」

 こっちに向かって歩いてくる勇翔くんのまゆ毛が、どんどんつりあがっていく。


 ど、どうしよう! ここでアモルの正体をバラすわけにいかないよ!

 なんとか言い訳を考えなきゃ!


「あ、あのね勇翔くん、そのー……今朝! 今朝ね、アモルがわたしのチョコレートを食べちゃったの! だから泥棒みたいだなーっていうだけで——」

「あんたが守里にウソをつかせているのは、分かるよ」

 わたしの苦しい言い訳なんておかまいなしに、勇翔くんはするどい声で話し始めた。わたしは軽く手を引かれて、勇翔くんの胸の中に飛び込むような体勢になる。

「今日だけで分かるよ。あんた、猫被ってる。転校初日で緊張してるとかじゃない。悪知恵を隠そうしているような……そういう汚い顔はにじみ出る」

 わたしは顔を上げて、勇翔くんの表情を確認する。厳しくて、直線的な眼差しは、犯罪者を追い詰める刑事さんみたいだ。

「……ずいぶんな言い草だな」

 アモルの声が一段階低くなった。勇翔くんに演技は通じないって分かったんだろう。

 アモルはフッと息をもらす。

「正義はぜいたく品だ。衣食住が満たされているからこそ生まれるもの。世の中、お前みたいな幸せ者ばかりじゃない。生きるために、心に傷を負わなきゃいけない人間だっている。そんな人間に、正義感を買う余裕はないんだ」

「あんたの環境を根掘り葉掘り探るつもりなんてない。そんなデリカシーのないことしないよ。だけど、守里を巻き込むつもりなら、俺がさせない。守里は俺が守る。今までも……これからも」

 二人の間に流れる空気は、真冬のつららのように冷たくて、するどくて、わたしが割って入れるものではなかった。

「行こう、守里」

 勇翔くんに手を引かれるまま、わたしはグラウンドに向かって歩き出す。

 ちらりと後ろを見ると、アモルがスッとうつむく瞬間が映った。


 ……わたしが一番嫌な子だ。

 アモルに助けてもらっているのに、痛いところをつかれたからって、泥棒のくせになんて言って。

 盗賊がいい職業だとは思わない。盗みが許されるとも思わない。

 だけど、さっきのアモルの言葉を聞いて、考え始めている。

 『正義はぜいたく品だ』——そういう結論になっちゃうような人生を、アモルは送ってきたんだ。

 それに、わたしをおどして、宝物を奪おうとすれば、できるはずなのに……アモルはそうしない。

 ……アモルって、本当にただ、自分のワガママのために物を盗んでいるのかな。

 もし、そうじゃないんだとしたら。

 ワガママのせいでお母さんを傷つけたわたしのほうが、よっぽどひどい人間だ。


「あいつに何かされそうになったら、絶対に俺に言うんだぞ」

 突然、勇翔くんが立ち止まった。わたしの肩を優しく、だけどしっかりとつかんで、まっすぐな目線を向けてくる。

「守里のお母さんが行方不明になってから、守里はずっと、ガマンしてるって分かるんだけど……せめて、守里が傷つくようなことだけは、ウソつかないで教えてほしいんだ」

 勇翔くんの声と、くちびると、手がふるえている。

「もう、後悔したくないんだ。誰かを守れなかったって、自分を責めたくない」

 こんなに弱弱しくて、痛々しい勇翔くんを、わたしは初めて見た。

 だからわたしは、

「分かった」

 って、とっさにうなずいてしまった。

「ありがとう」

 わたしの答えを聞いた勇翔くんは、穏やかな表情を取りもどした。


 廊下の窓から陽の光が差し込んできた。わたしと勇翔くんの間に、切れ線を入れるかのようだった。

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