第2話 魔法と涙の勇者

 俺たちは美優の家で、『魔法と涙の勇者』を見ることになった。美優の家に行くのは初めてで、オタクとはいえ女の子の家に上がるのだから、俺の脳内はパニック状態だった。美優の家は六階建てのマンションで、部屋は2LDKくらいだ。あちらこちらに『推し』のフィギュアがショーケースに保管されており、壁一面にはアニメキャラクターのタペストリーが飾ってある。本棚には透明なブックカバーがされた漫画やライトノベルがずらりと並び、ブルーレイまで揃えている。ガチだなこりゃ。


「私、一人暮らしだから、自由にその辺に座って」と言うが、座る場所がない。散らばった服、下着まである。見てはいけないと分かっているが、つい見てしまう。食べかけのポテトチップスや未開封のお菓子が床に散乱している。


「座れねぇわ!少し片付けるからな」

「ありがとう、助かる」


 はいはいと言いながら俺は美優の部屋を片付け始めた。げっ!という俺の声に、いつの間にか下着姿となった美優が「どうしたの?」と駆け寄ってくる。俺は思わず「服を着ろ!」と追い返すが、本人は満更でもない様子だった。飲み終わったペットボトルが東京タワーのように積まれていて、思わず声を上げてしまった。


「ぷはぁー。片付けをした後の炭酸飲料は最高だね!拓哉もそう思わない?」

「掃除したのは俺だけど。なんでまだ下着のままなんだよ!せめて上着を着てくれ」

「えー、いいじゃん。拓哉になら見られても…問題ないし」

「そういう問題じゃない!」


 美優はリモコンを手に取り、部屋を暗くしてプロジェクターを操作し始めた。「お菓子とかいる?飲み物は?」


「いらない」


 アニメは『もし魔法が使えたら』というセリフから始まる。この『魔法と涙の勇者』は、ある厨二病男子が魔法が使えたらどうしたいかを描いたアニメだ。主人公のアルは厨二病で、それを隠しながら平然を装っているが、時折ボロが出てしまう。例えば、かすり傷を負っただけで「くっ、邪竜が封印から解き放たれるぞっ」と言い、パーティメンバーはパニックになる。街の人々も「なんだって、邪竜だと!それは大変だ。すぐに街から離れないと」と混乱する。「いや、あの、すみません、聞いてください。これは…」とアルが弁明しようとする場面で終わる。異世界転生モノだ。


 隣から「ズビィィ」という音が聞こえ、次にティッシュを勢いよく取る音が続いた。


「いや、コメディ系としては面白かったけど、泣けるシーンなんてあったか?」

「あるよ、すごく感動的だったんだよ。泣かない方がおかしいって!」

 部屋の電気がつき、ふと時計を見ると、もう七時を過ぎていた。


 美優は下着姿のままパーカーを一枚羽織り、「何か作るよ。夕飯、食べていって」

「いいのか?」

「うん、一人だしね。きゃめんライダーの考察もしたいし」

「なるほど、それじゃあ一緒に付き合うよ」


「まず、あの最新話で出てきた敵だけど、私的には好きなデザインなんだけど、すぐに倒されちゃったのがちょっと残念だな。でも、人の体に乗り移って生き延びるっていう設定があって、あの敵、きゃめんライダーのエネルギーとして使われると思うんだ。拓哉はどう思う?」

「そうだな、あっけなかったけど、俺もきゃめんライダーのエネルギーとして使われて新たなライダーとして出てくる可能性は高いと思う。今回もいい考察だな」


 美優が手際よく料理をしているのを見ていると、俺たちはまるで夫婦のようだと感じた。料理をする美優の横顔が何とも言えず可愛らしい。

「もしかして、変なこと考えてる?エッチだね。でも、そういうところも好きだよ」

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