自由と責任
東の海――王国風に言うなら「オリエンテム海」を介しての、帝国との通商路が開いた。王国側の窓口になるのはもちろんアハティンサル領だ。
国と国との間の交渉はまだ落着していないが、民間では商売がしばしば優先されるものだ。ただしこれから冬になるので、スイーレが考えている「ニガレウサヴァ伯領を通じて~」というプランは保留という事になっている。
海流の向きがよろしくないのがその理由だ。
それでも王国との海路での通商路が開いたことは大きい。逆に王国からの輸出品のラインナップが貧弱過ぎるので、これは後々に問題になる可能性はあるが――とりあえず問題は片付いた、と見ても良いだろう。
~・~
そしてそれを象徴するかのように、ケイショウ、ギキ、ヨウマンの三人が揃って庁舎に訪れていた。
三人はクーガーの前で座り込むと揃って頭を下げる。それだけで庁舎の執務室は物々しい雰囲気になるが、部屋の主であるクーガーに全く緊迫感が無い。
『わざわざ何だよ?』
『は! 我らお代官様に心底参った、と――』
いつかの取り決め通り、ケイショウが代表して応対するらしい。
クーガーはそれに対してうんざりした表情を浮かべてみせた。
『その辺りのニュアンスはわかんないなぁ。とりあえず立ってくれ。で、それだけで来たなら……』
『い、いやそれだけじゃないんだわ』
慌てて立ち上がりながら、ギキが声を上げた。
三人が執務室に姿を現した目的は、もちろん代官であるクーガーに、今更ながらきちんと挨拶する事。そして感謝を伝える事。
それが一番であることは間違いないのだが、他に相談したいこともあった。
それはもちろん、ヘーダの処罰についてである。代官としてはどうするつもりなのか? それを長老たちは確認しにきたのである。
あの日から結構な日数が経っているが、クーガーは「親衛隊」にもそういった話を全くしない。
そのせいでクーガーはヘーダの事を忘れてしまっているのでは? などと言われていたのだが……
『あいつの事は皆で決めてくれ。俺はそこまで口出すつもりはないよ。どうとでも処罰してくれ。ああ、処罰無しはさすがに困るけど』
『そ、それはもちろんです。ただそれをどこまで……』
ヨウマンが怯えたような声を上げる。いや、実際怯えているのだろう。あとからクーガーが「それはダメだ」と言い出したら、どこに飛び火するのかわからない。
クーガーはそんなヨウマンの姿を見ながら、首を捻る。
『俺は
『それでは――例えば、役職に就けない、ということでも?』
ケイショウが具体的な処罰を例に挙げてみた。
それは、圧倒的に軽い処罰と言っても良いだろう。やらかしたことに比べれば処罰になっているかも怪しい。
しかしクーガーはおもむろに頷く。
『皆がそう決めたのなら』
『そ、それじゃあ、家族もまとめてて、その……これでも?』
ギキが自分の首に手刀をあてる仕草を見せる。
今度はケイショウとは逆に、最も重いと思われる処罰を例に挙げてみたようだ。
しかしそれでもクーガーの対応は変わらない。
『皆がそう決めたのなら。――俺は黙って頷くだけだ。シンコウたちを見ていればわかるよ。このアハティンサル領はおかしなことはしないって』
それは代官であるクーガーから圧倒的に信頼されているという事。
それと同時に、非常に厳しい対応をされているという事。
帝国の支配下にあった時は、必然的に判断の責任は帝国が持つことになっていた。それが例え派遣されていた行政官が判断したことであってもそれは変わらない。
だからアハティンサル領は、無責任に帝国の悪口を言っていればよかった。
しかし、クーガーの方針ではアハティンサル領は、アハティンサルの民たちによって運営される。それはアハティンサル領の
――それには「責任」が重くのしかかってくる。
アハティンサルの民たちは、改めてそれを自覚しなければならない。今はまだ責任を誰かに預けてしまいそうになるが、それではいけないのだ。
長老たちは改めて頭を下げた。
クーガーたちがアハティンサル領に派遣された幸運を利用してやると強かに考えながら。
そして強かさについても、クーガーはアハティンサル領を上回っていた。
『……それでさ。俺たちの事もあまり気にしないで欲しいんだよ。いや、俺は良いんだけ、スイーレがなぁ』
取引を持ち掛けるクーガーの視線が横に流れる。
その視線の先には――書類の束や本にうずもれているスイーレたちがいた。机があるはずだが、それはもう見えなくなっている。
実は執務室はスイーレに実効支配されており、クーガーと長老たちとの面会も執務室の片隅で、小さく行われていたりする。
アウローラはもちろんキンモルまで徴収されてしまっていて、今のクーガーは非常に可哀そうな状況ではあるのだ。
『もう少ししたら収まると思うんだよ。それも皆の協力が必要なんだ。道とかさ。スイーレに大人しくなってもらうには。だから……頼むよ』
要領を得ない頼み事ではあるが、それだけに涙を誘う願い事だった。
いざとなれば泣き落としも使えるというのは――やはりしたたかさの範疇なのだろう。
だから長老たちは顔を見合わせて笑った。
本当にアハティンサル領は運が良いらしい、と。
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