パズルが嵌まるように

 「湖の宮殿」の会議室。再びこの会議室に、暗澹――とも少し違う戸惑いというべき雰囲気が満ちていた。

 クーガー絡みの会議ともなれば、こういった雰囲気になるのも仕方ないだろう。


 何しろクーガーは説明できない男であるので。


 ただ今回は、その婚約者のスイーレが理路整然と混乱を巻き起こした手腕の方が、厄介であるかもしれない。


 その証拠にルティスが最初に告げたのは、王国内部に入り込んでいる帝国の密偵についてだったのだから。


「……と言っても、現状ではイラッハ伯の調査も終了したとは言えない。ここで、さらに追及していくと、政務が滞る恐れもある」

「では……追求しない、と?」


 実際に対応することになるだろう担当者から声が上がった。

 ルティスは疲れたような笑みを浮かべる。


「ルースティグ伯令嬢も『いつ記録の改竄が行われていたのかは不明』と報告してきているからね。もう湖の宮殿ここには席の無い者という可能性もある。それなら、わざわざ掘り返すことは無いだろう――と陛下からも許可をいただいた」

「なるほど」


 国王がそう判断したというなら、もう是も非もない。

 粛々を受け入れるだけだ。


「幸い弟たちの活躍で、その被害がこれ以上大きくなることは無いだろう。それも理由の一つだね。ただし――」


 ルティスが口の端を曲げた。


、という認識を皆に持ってもらいたい」

「「「ハッ!!!」」」


 ルティスの注意に全員が声を揃える。

 それに気を良くしたらしいルティスが、さらにダメを押す。


「もちろん、イラッハ伯との繋がりが判明した者は、この記録改竄についてはきちんと調査するよ。ペルフェク島についてだけを追求しない、ということだ」


 それは当然の話だったので、これにも全員が問題なく頷いた。

 以前と比べれば、この会議の出席者の粒がそろって来ているようだ。これもまたクーガーたちの影響という事になるだろう。


「――して、ジョカイでしたか。その他、捕虜たちやアハティンサル領に割譲に際して明らかに条約違反が判明したわけですが」

「うん。それは基本的に賠償金で済ませることにしておこうと思っている。帝国は新王国派とも言うべき派閥が力を強めていてね」


 次期皇帝を巡る外戚同士の争いから、派閥抗争になっている帝国。それは帝国における通常状態とも言えるのだが、今そういった派閥争いに影響を与えているのは、間違いなく王国の安定にある。


 帝国の対王国戦略を跳ね返してしまったのだから。


「それで新王国派に貸しを作る意味でジョカイの身柄だけは持っておこうかな、と考えている。王国に敵対しようとしていた派閥大失敗の生きた証人だからね。賠償金ぐらいで手放すのは惜しい」


 上手く使えば、帝国の外交に干渉できる可能性が出てくるわけで、そこまで想定するとはした金で手放すのは確かにもったいない。

 そこで出席者が声を上げた。


「それは結構な考えだと思いますが、実際に功績を挙げられたクーガー殿下、それに伯爵令嬢が納得してくださいますかな?」

「弟たちを気遣ってくれてありがとう」


 その声に、ルティスはまず礼を言った。


「ただ……伯爵令嬢はもっと大きな事を考えているみたいでね。私もそれに乗っかろうと思っている」

「乗っかる、ですか?」

「これは事前に書類にして配れなかったんだけどね……」


 そこでルティスは、帝国の輸出品を神聖国に流すというスイーレの政略を披露した。その頬は上気しており、まるで発熱したかのようではあるが、それでルティスに声を掛ける者はいない。


 出席者の全員が興奮してしまっているからだ。


「……とまぁ、こんなことを考えているらしいよ。私たちは別に応援する必要もないところが素晴らしいね。ただ私たちは黙認しておけばいいんだ。ジョカイの身柄を押さえておくのが援護と言えば援護かな? 新王国派は我々に媚びを売るために、通商を盛んにしたいだろうし」

「黙認となれば、間で徴収する通行料も……」

「うん。それがジョカイの身の身代金わりになるだろう。その他の連中の身代金は折半といったところかな?」


 それは納得の着地点ではあるのだが――


 と、会議室の雰囲気が再び戸惑ってゆく。何しろ、会議で自然とその着地点に辿り着いたのではなく、最初から最後までコントロールされた印象が拭えないからだ。


 それがルティスの為したことを考えることが出来るならまだしも、一介の伯爵令嬢が、と考えてしまうとなんとも座り心地が落ち着かない。ましてや、その伯爵令嬢の婚約者がクーガーなのである。


「……それでペルフェク島については? 帝国から何か言ってくる可能性もありますが」


 出席者が逃げ出すように、他の問題点を指摘する。

 それはルティスにとっても答えを見出せない点ではあった。


 割譲に際しての条約にペルフェク島は明記されていない。そのため帝国の支配下にあると言い張ることは可能ではあるのだ。

 ルティスはその問題を認めた上で、


「帝国がもう管理できないだろうし、実効支配という事で良いと思う。帝国で誰かが失地の責任を取らされるというなら、それは王国われわれにとっては願ったりだ」


 と、かなり雑な考えを披露した。

 雑とは言っても、アハティンサル領の民たちがペルフェク島だけ帝国領などとは認めるとは思えないから、自然とそうなるだろう、とルティスは考えている。


(それに……)


 何か問題があればスイーレが何とかするだろう、とルティスは心の内で気楽に考えていた。

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